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金城町商店街女子サッカー部  作者: ロッドユール
121/122

ベンチ裏

 大黒が消えている分を、静江が、ディフェンスラインの前で一人孤軍奮闘するが、ほぼ焼け石に水だった。二人分のスペースを一人で埋めれるはずもなく、空いたスペースを相手チームにいいように使われてしまう。元々静江は、個人に強いタイプのボランチで、マンツーマンディフェンスで力を発揮するタイプだった。広範囲を走り回りスペースを埋めるようなタイプではなかった。

 退場者がいるわけでもないのに、なぜか一人ビハインドな状態に、フォワードの繭もかおりも下がって、ディフェンスに走り回るが、相手のパス回しの速さもあり、スペースを埋めきれず、プレッシャーもかけきれない。

 金城の守備は、完全に後手後手に回っていた。まったく相手のペースについて行けない。ボールをとっても、サイドラインに何とかボールをかき出すのがやっとだった。

 再開すればまた、子ども相手のお遊戯のように、金城はボールをいいように回される。金城の選手たちはそれにまったくついて行けない。

「く、屈辱的・・」

 ボールを必死で追いかける繭が呟く。それは屈辱的なほどの一方的なボール回しだった。

「何やってんだよ。もっと走れ」

 ベンチ裏から宮間が怒鳴る。

「何やってんだって言われても、みんな必死で走ってるよ」

 ベンチ近くのサイドにいる野田が、必死でボールと人を追いかけながら嘆くように言う。

「繭もっと速く走れ」

 宮間がさらに怒鳴る。

「必死で走ってますよ」

 繭も嘆く。繭は、足下の技術はあるが、やはり足が遅かった。

「おまんら、この試合負けたら罰走じゃからな」

 宮間の隣りで熊田も叫ぶ。

「死ぬほど走らせたるからな」

「よけいに走る気なくすわ」

 野田がツッコむ。自分たちでボールを主体的に回す時の走りと、ボールを回され走らされるのとでは精神的しんどさがまったく違う。ただでさえ、ボールを追いかけまわされてしんどい時に、さらにしんどくなることを言う熊田だった。

「何で私がこんなに走らされなきゃいけないのよ」

 反対サイドでは、息を上げながら、麗子がぼやいていた。それでも、麗子は他の選手たちに比べれば全然走っていない。

「うおぉ~」

 そして、三宅工業の側の観客席から歓声が上がった。

 苦労の甲斐もなく金城はあっけなく失点。 ボールを回され回され、ゴール前でドフリーでシュートを打たれるという完全に崩された形での屈辱的な失点だった。

「ああ~」

 ベンチ前のたかしと信子さんとベンチの志穂が、頭を抱えるようにして同時に嘆きの声を漏らす。

 まだ失点しなければ、格上相手でもカウンターで、一点とって守り切って勝つという可能性もあったが、開始早々その可能性もなくなった。

「力の差が・・」

 繭が息を切らし、膝に手をつきながら呟く。金城の選手全員が繭と同じように膝に手をつく。屈辱的な失点に、みんな開始早々にがっくりとうなだれてしまう。力の差をその身をもって痛感し、絶望感すら感じてしまっていた。

「宮間さんがいてくれたら」

 ピッチ上で繭が手を膝につきながら思わず呟く。

「由香がいてもあの子、普段から守備しないから、似たようなもんよ」

 隣りにいた柴が言った。

「・・・」

 よく考えれば確かにその通りだった。宮間はなぜか、試合の時、いつも前線にいる繭よりもさらに前にいた。

「由香はボランチだけど絶対に守備しないもん。私とめぐみちゃんと静江にまかせっきり。しかも攻めに行ったまま帰ってこないし。でも、試合の中心にはいたいからボランチなの。相手が弱い時はいいんだけど、相手が強い時なんてほんと大変。守備の人数足りなくなるから、私たちの負担がすごいの。それなのに失点したらしたで怒鳴るし」

「なんて独善的な・・」

 あらためて、後ろから見た宮間の無茶苦茶さを知る繭だった。

「死ね」

 その当の宮間は、得点を決め喜ぶ相手選手に向かって、ベンチ裏の観客席から大声で口汚いヤジを飛ばしていた。

「こっち来るんじゃねぇ」

 間の悪いことに、得点を決めた選手は、わざとではないが宮間たちのいる方のピッチサイドに走り寄って来て、喜びのパフォーマンスをしてしまっていた。そこにもちろん他の選手も集まって来る。

「人の前来て喜んでんじゃねぇ。喧嘩売ってんのか」

 宮間はいきり立ってさらにヤジを飛ばす。しかし、相手選手たちは喜びでそんな宮間のヤジもまったく聞こえていなかった。

「ぐぐぐぐっ」

 そのことが余計に宮間を怒らせた。

「くそっ、死ね」

 宮間は、持っていたペットボトルを投げようとする。

「宮間さんっ、やめてください」 

 その様子をいち早く察知した志穂がベンチから慌てて飛び出し、宮間を抑える。長年のつき合いで、宮間を知り尽くした志穂は、察しが早い。そこはさすがだった。

「さっそく終わったな」

 その時、そんな言葉がぼそりと、宮間の後ろ右横の観客席辺りから聞こえてきた。

「まだ始まってもいねぇよ」

 宮間は、その観客に言い返す。

「どっかで聞いたセリフだな」

 それをベンチ前で聞いていたたかしが首を傾げる。何かの映画のセリフに似ているとたかしは思った。

「喧嘩売ってんのか」

 いきり立った宮間は、その相手チームの観客にも喧嘩を吹っかけてしまう。

「宮間さん、やめてください」

 志穂が、一人でそんな宮間を必死でとめる。観客席でも喧嘩を始めてしまう宮間だった。

「なんかやってるぜ」

 野田が、そんなベンチ裏の観客席を見て呟く。

「そうですね・・汗」

 隣りいた繭が答える。その様子をピッチから野田たちが呆れながら見つめていた。試合に出ていなくても、宮間はお騒がせな存在だった。

「やっぱ、どこにいても宮間さんは宮間さんだな」

「はい」 

 宮間は、ピッチの選手たちよりも目立っていた。


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