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金城町商店街女子サッカー部  作者: ロッドユール
120/122

玉突き

「今日は交代はないと思えよ」

 試合前、みんなでピッチ上でウォームアップをしている時、隣りにいた野田が繭に言った。

「えっ」

 繭が野田を見る。

「今日は一人だからな。ベンチメンバー」

「あっ、そうか」

 今日の試合は、ベンチにいるのは志穂だけだった。

「うちらはサイドバックだからほぼないな」

 仲田が諦め顔で言った。

「私もフォワードだし、期待できなさそうですね」

 繭が言った。志穂はフォワードもできなくはないが、左のサイドハーフでの出場がほとんどだった。多分交代は麗子だった。麗子は試合中の運動量が多いわけでもないのに、疲れるのがいつも早かった。だが、体力測定でも、普段の練習でも、別段、他の選手たちと比べて持久力がないわけではない。

「けが人と退場が出たらおしまいですね」

 繭が続けて言う。

「終わるな」

 野田が言った。

「というか、試合前に終わってる感じもするがな」

 仲田が二人の話に入って来て言った。交代選手が一人しかいないこと自体普通ではない。

「最悪信子さんを試合に出すという」

 野田が言った。

「またそういう」

 繭は呆れる。またとんでもないことを言い出す。このチームは、無茶苦茶なのは宮間だけではなかった。この人たちは、以前にはあかねのママを試合に出したという前科がある。

「信子さんサッカーできるんですか」

「全然。スポーツ自体全然ダメって感じの人」

「ダメじゃないですか」

「ただ立ってるだけだけど、メンバー足りないよりはいいだろ」

「う~ん」

 どうなんだろう。繭は唸ってしまう。

「邪魔な気もするけど・・」

 究極の選択のような気がした。

「これがまた、こういう時に限って、強豪と当たるんだよなぁ、また」

 仲田が言った。今日の対戦相手は、現在ぶっちぎりで三部のトップを走っている三宅工業だった。

「強いんですか」

 繭が訊く。

「あんなチームが三部にいちゃいけないよ」

 仲田が言った。

「そんなにですか」

「ああ」

「何でそんなチームが三部に?」

「元々一部だったんだけど、ホームスタジアムの改修工事で、そこが使えなくなって、リーグ規約のなんたらかんたらで三部に降格になったんだ。チーム事情って奴だな」

 野田が言った。

「そんなこともあるんですね」

「ああ、まあ、チームとしては不運なことだったんだろうけど、三部のうちらにも、滅茶苦茶はた迷惑な話だよ。まったく」

「中学のサッカー部の大会に、大学生のチームが入って来たみたいな感じだぜ」

 仲田が顔をしかめながら言った。

「そんなに差があるんだ・・」

 繭は、同じくピッチでウォームアップしている相手選手たちを見た。そう言われると急に、強そうに見えてくる。チームもなんか統制がとれている感じが見て取れる。基本自由な気風の金城とはチームの雰囲気が全然違っていた。

「あ、ブラジル人」

 繭が、色の黒い選手を見つけ、指を差して声を上げる。相手選手たちの中にブラジル人の選手がいた。

「そうなんだよ。外国人いるんだぜ。しかも、サッカー大国ブラジル人」

 野田が言った。

「反則だよな」

 仲田。

「補強選手ってことですか」

 繭が二人に訊く。

「そうだよ」

 野田が答える。

「金があるんだよ。おっきい企業がバックについてるからな」

 仲田。

「・・・」

 繭はあらためてブラジル人選手を見る。まだプレーを見たわけではないが、外国人というだけで、なんかすごそうな感じがする。

「ベッキーがいればな」

 野田が嘆くように呟く。

「ベッキーは出れないんですか」

 繭が訊く。

「ああ、その辺はまだ調査中らしい」

 仲田が答える。

「そうなんだ」

 ベッキーはこのリーグであれば、ほぼ核兵器に近い。三宅工業に対しても、相当な戦力になったに違いない。


 試合前の挨拶が終わり、選手がピッチに散らばる。今日は、宮間がいないのでかすみが先発だった。システムはいつもの四・五・一の変形のような四・四・二。今日は、かすみが右サイドに入り、かおりがワントップ気味で、ちょっと下がった一・五列目の繭とのツートップ。しかし、その玉突きの影響で普段トップ下の大黒が宮間の代わりにボランチに入る。

「大黒さん、守備とかできるのかなぁ・・」

 繭が、不安げに大黒を見る。大黒は試合中消えている時間が長い。守備面での不安があった。大黒は相変わらず何を考えているのか、おかっぱ頭の下のその青白いポーカーフェイスに奇妙な薄笑いを浮かべている。もし昼間に幽霊を見るとしたらこんな感じだろうなと思わせる、独特の雰囲気を醸している。

「相変わらず自分の世界を持ってるなぁ・・汗」

 繭が大黒を見ながら呟く。大黒は、やはり、かなり独特なキャラだった。

「大黒さんて、ボランチやったことあるんですか」

 繭は、たまたま隣りにいた麗子に訊いた。

「ないわよ」

 麗子は即答する。

「ボランチどころか、あの子が守備してるとこ自体見たことないわよ」

 自分もほとんど守備をしないことは棚に上げて麗子は言う。

「えっ、じゃあ、どうなるんですか」

「知らないわよ」

 そう言って、麗子は自分のポジションへと行ってしまった。

「・・・」

 このチームはやっぱりすごい・・。繭は思った。 


 ピーッ

 そして、試合が始まった。

「す、すごい・・」

 開始早々、他のチームとのレベルの違いをいきなり繭は実感する。個の実力がやはり半端ない。個の強度が恐ろしく高かった。ボールを奪いに行っても、パス回しが速く、個人のレベルも高いのでそうかんたんには取れない。そして、逆に金城がボールを持っても、プレッシャーが恐ろしく速く、強い。すぐに金城はボールを失ってしまい、ボールを保持することができない。

 元々才能のある選手たちが全国から集められ、強靭に鍛え上げられた精鋭たちだった。やはり、一部でも優勝を争うようなチーム。その実力は半端なかった。

「つ、強い」

 繭は愕然としてしまう。今までのチームとは、チーム自体のレベルも違っていた。個だけでなく、チームとしての完成度も高く、そのまとまり、連帯感、連携、チームワーク、すべてのレベルが違っていた。

「これが実業団・・」

 繭も初めての強豪の対戦相手のその実力に驚く。

「・・・」

 試合開始早々で、すでに繭は、まったく勝てる気がしなかった。

 やはり、いきなりワンサイドゲームになった。金城は押されに押され、まったく押し返せない。ゴール前でボコボコにされていた。守備に追われ、まったくそれ以上のことができない。繭同様、開始早々に相手のレベルの高さに、金城町の選手たち全員が、完全に委縮してしまっていた。

「何ビビッとんじゃ。戦わんかいっ」

 熊田が、ベンチ裏の観客席から思いっきり怒鳴る。その地鳴りのような声がピッチに響く。その大音声に、相手の応援している観客までが驚いて、熊田を見た。

「戦ってるわ」

 野田が、熊田にキレ気味に言い返す。戦っても実力の違いがあり過ぎてどうしようもなかった。ボールをクリアするだけで精いっぱいだった。

「おまんらはナマケモノか」

 熊田はベンチ裏から叫びまくる。

「誰がナマケモノだ」

「誰が木からぶら下がってんだよ」

 野田と仲田がピッチから言い返す。

「おまんら、それでサッカーやっちょるつもりか」

 熊田は、今日はベンチ外でフラストレーションが溜まっているのが叫びまくる。

「うるせぇなぁ、あいつは」

 野田が、大声を出す熊田に眉間に皺を寄せて睨むように見る。熊田の声はデカく、なぜかよく通る。

「あたしたちだって何とかしてぇんだよ」

 仲田が悔し気に呟くように言う。

 金城は、何とか押し返そうとするがいかんともしがたかった。あまりに地力が違い過ぎた。こういう時、負けん気だけは死ぬほど強い、気の強い宮間がいると、また違うのだが、その宮間はピッチにいない。

 そして、懸念していた通り、大黒のポジションはまるで穴でも空いているかのように、人もボールもすっこんすっこん通っていく。まったくプレスもプレッシャーもかからず、そこだけ守備自体が消えているかのような状態だった。

「大黒はどこだ」

 味方も探さねばならないほどに大黒の存在は今日も消えていた。

「やっぱり、無茶だよぉ~」

 トップ下なのに、ボランチの位置まで下がって守備に追われる繭が、嘆く。やはり、大黒のボランチはかなり無理があった。

 

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