荒む宮間
「何しに来たんじゃ」
次の日、練習にやって来た宮間に熊田が横柄に言い放った。
「なんでもねぇよ」
「あっ、宮間さん」
宮間はブチギレそのまま踵を返すと、帰って行ってしまった。
「ああ、宮間さん・・」
繭が声を出す。しかし、宮間は、一度も振り返ることなくそのまま行ってしまった。
「先輩」
たかしが、慌てて熊田の下に駆け寄る。
「うちはただでさえ人がいないわけで・・」
たかしはおどおどと熊田に気を使いながら言う。
「関係あるか。そんなもん」
「ええっ、しかし・・」
「十人でも九人でも勝ったるわ。選手の数がなんぼのもんじゃ」
「ええっ」
「わしのサッカーはそんなやわやない」
「・・・」
熊田に常識は通用しなかった。そして、宮間の背中はフェンスの先に消えた。
「宮間さん・・」
繭が心配そうに、その宮間の背中を見送った。
「なんか宮間さん、あの日以来元気ないですね」
繭が言う。宮間は、表向きいつものように気丈にふるまっているが、あの喧嘩した日から、どことなくいつもの元気がなかった。それを、繭が見ていて気にかけていた。繭は、普段宮間に無茶苦茶されているのに、意外と先輩思いだった。
「宮間さんあれで、反省してんだよ」
野田が言う。野田、仲田、志穂のいつもの三人はいつものように繭の部屋でだべっていた。
「そうなんですか」
「そうそう、あやまるタイミングがなくてさ。困ってんだよ」
仲田が言う。
「あれで気が小さいとこあるからな。宮間さん」
野田。
「意外とナイーヴなんですよね。ああ見えて」
志穂が言う。
「そうなんですか」
「うん」
「以外・・」
繭は驚く。全然そう見えなかった。
「麗子さんともかなりやり合っちゃったしな」
野田が言う。
「そうだな、久々にすごかったな」
仲田。
「そういえば、麗子さんて、お金持ちのお嬢さんで、黙ってれば上品に見えなくもないのに、すごい武闘派なんですよね」
繭が首を傾げながら言う。
「宮間さんとも肉弾戦とかするしな」
仲田。
「そこが、変わったところだよな」
野田も首を傾げる。
「そもそも何でヘリで会場まで来るくらいお金持ちなのに、こんな場末のサッカーチームでサッカーやってんですかね」
「場末で悪かったな」
野田が言う。繭はさりげなく口が悪い。
「金持ちの道楽なんじゃねぇのか」
仲田。
「道楽でサッカーですか」
繭にはまったくその心が分からなかった。
「まあ、金持ちの考えることは分からん」
野田。
「なにしろ、麗子さんは芦山の人ですからね」
志穂が言った。
「芦山?」
繭が志穂を見る。
「超金持ちの集まる町さ」
仲田が言った。
「へぇ~、そんなとこがあったんですね」
繭は、今年ここに越して来たばかりで、まだその辺の事情を知らなかった。
金城町の隣りの隣りの町に、芦山町という日本有数のお金持ちの集まる町があった。麗子の家はそこにあった。
「しかも芦山のさらに山の手らしいぜ」
野田が言った。
「そこはすごいんですか」
「ああ、芦山町は、山の上に行けば行くほど金持ちらしい」
「麗子さんてやっぱりすごいお金持ちなんですね」
「なんか東京にビル持ってるらしいぜ」
仲田。
「ビルですか」
「ああ、高層ビル」
「すごい」
「ニューヨークにもあるとか言ってなかったか」
野田が言う。
「にゅ、ニューヨーク?」
繭は、もちろん行ったこともなく、テレビでしか見たことがない。
「ニューヨーク・・」
金持ちのレベルが違っていた。繭は驚くというより呆然としてしまう。
「そんな人がなんで、こんな無茶苦茶なサッカーチームに」
「無茶苦茶で悪かったな」
野田が怒る。繭はやはり、さりげなく口が悪い。
「やっぱ、金持ちの考えることは分からんな」
仲田が言った。
「確かに」
そこで全員首をかしげた。
「ところで宮間さんは昼間何やってんですか。みんなと同じ工場で働いてるんですか」
「あの人が、工場労働なんか務まる訳ないだろ」
野田が言った。
「えっ」
「あんな自己中で気位の高い人が、誰かの下で働くなんて絶対無理だから」
「そう、無理無理」
仲田も顔の前で激しく手を左右に振る。その横で志穂も静かに顔を横に振る。
「じゃあ、何やってんですか」
「そこが謎なんだよな」
野田が腕を組む。
「野田さんたちでも知らないんですか」
「ああ」
「えっ」
繭は驚いた。
「あんた昼間っから酒かい」
金さんが宮間を見て呆れる。その当の宮間は寮の食堂で昼間から酒を飲んでいた。
「だって暇なんだもん」
「いい若いもんが何言ってんだかね」
金さんはさらに呆れる。
「だって、コーチ自らが練習来るなって言ってんだよ」
「どうせあんたが何かしたんだろ」
金さんはお見通しだった。
「金さんちょっとなんかつまみ作ってよ」
宮間は誰に対しても図々しい。
「まったく、ほんとにしょうがないねぇ」
と言いながら金さんは台所に行く。なんだかんだ人のいい金さんだった。
「ほれ、出来たよ」
金さんが、作ったつまみをもって台所から出て来た。ささっと作った割に煮物や揚げ物などバラエティに富んでいた。
「ありがと、金さん、うっ」
だが、それを見て宮間は驚く。
「・・・汗」
つまみの量も半端なく多かった。
「ちょっとって言ったのに・・汗」
「練習行かなくていいのかい?」
金さんが酒を飲む宮間に言う。
「いいんだよ」
それに宮間がぞんざいに答える。そして、荒々しくかっくらうように酒を飲む。
「あんたも因果な子だねぇ」
金さんは再び呆れる。だが、金さんはこの寮で数々の個性的な人間を見てきただけに、別段動じることもなかった。