どつき合い
「もう許さない」
麗子が掴みかかる。
「それはこっちのセリフだ」
宮間も負けていない。二人の掴み合いが始まる。
「テメェ、これでもくらえ」
宮間がエックスチョップで麗子に飛び掛かる。そして、久々の取っ組み合いの喧嘩が始まった。
「やっぱりだめだったか・・」
野田が諦め顔で呟く。最近、掴み合いになるような大げんかはなかったが、ここに来て二人の平和協定はかんたんに崩れた。
「そんなのんきなこと言ってる場合じゃないですよ」
繭が野田たちに言う。
「やめてください。やめてください」
繭が二人の間に入って必死にとめる。だが、そんなことでかんたんにとまる二人ではない。
「わあっ」
逆に二人の勢いに、繭が吹っ飛ばされてしまう始末だった。
「いててて」
繭は後頭部を押さえながら上体を起こし、顔をしかめる。
「あっ、あれは伝説の大技。パロスペシャル」
野田が大きな声で解説するように言う。倒れる繭など関係なく、二人の喧嘩は続いていた。麗子が宮間の背に乗り、その手を後ろに広げるように持ち上げる。
「うううっ」
宮間の顔が苦痛に歪む。
「完璧に決まった」
仲田が目を見張る。これほどきれいに決まったパロスペシャルはなかなか見れない。
「私だって色々と研究していたんだから」
麗子が宮間の背に乗りながら得意げに言う。平和な間、麗子は、やはりこんな時のために色々と考えていたらしい。
「ここのところ喧嘩がなかったと思ったけど、やっぱり、ただの休火山だったか・・」
野田が呟く。
「うぐぐっぐっ、てめぇ」
だが、宮間もただ負けているだけの人間ではない。
「あっ、あれは、これも伝説の大技ロメロスペシャル」
野田がまた大きな声で解説するように言う。今度は宮間が、麗子を背中から力技で倒し、その四肢を後ろ向きに引っ張り持ち上げる。
「す、すごい、大技の連続」
仲田が感心する。
「こんな完璧なロメロスペシャルは見たことない」
野田と仲田は感動する。野田と仲田はプロレス好きでもあった。
「感心してる場合じゃないですよ」
繭が叫ぶ。
「おお、そうだった。宮間さん、麗子さんやめてください」
野田、仲田、志穂がとめに入る。
しかし、勢いに乗る二人の喧嘩はとまらない。
「あっ、空手チョップ」
「今度は、モンゴリアンチョップ」
また野田が解説するように言う。
「あっ、アッパーカット」
「あっ、コークスクリューパンチ」
そして、今度はもう、どつき合いが始まる。もう無茶苦茶だった。
「ク、クロスカウンター」
二人のパンチがお互いの頬を同時に打ちつける。
「す、すごい・・」
あしたのジョーばりに、二人のあまりにきれいに決まったクロスカウンターに、かおりが感嘆の声を上げる。
「二人とも進化してるなぁ」
野田が腕を組み感心する。
「ていうか何で進化してるんですか。サッカーで進化しましょうよ」
志穂がツッコむ。
「今日はとことんやってやるわ」
「おう、受けてたってやるわ」
麗子がいきり立つと、宮間もすかさず返す。
「もう、やめてください。やめてください」
繭だけが必死でとめに入っている。だが、さらに過激に興奮している二人が、繭一人でとまるはずもない。
「あっ、大外刈り・・、からの巴投げ」
また、野田が解説するように言う。二人は連続技の繰り返しで、倒したり投げたりをお互い繰り返す。
「すごい試合だな」
そのあまりのお互いの技の流れの見事さに、思わず野田が感嘆の声を上げる。
「試合じゃないでしょ」
その隣りで、そんな野田に志穂がツッコむ。
「やめて~、やめて~」
あまりに見事な技の連続に、そんな周囲がのんびり観戦状態になっている中、やはり、繭だけが必死で二人をとめようとしていた。だが、二人にはその声さえ届いていない。
「やめてくださいっ」
繭は叫ぶ。
「やめて~、やめて~、もうやめて~」
繭は叫ぶ。
「やめて~、うわああああ」
そして、あまりにもとまらないので、とうとう繭は、泣き出した。
「こんなの最低だよ」
「・・・」
さすがにその姿に宮間も麗子も喧嘩の手をとめた。
「あいつ意外と正義漢だな」
「ああ・・」
野田が繭を見て言うと仲田がうなずく。
「宮間さんが一言みんなにあやまれば済むことじゃないですか」
志保が喧嘩の手をとめた宮間に向かって言った。
「そうですよ、どう考えても今回は宮間さんが悪いんですから」
仲田が続いた。
「うるせぇ」
しかし、素直に謝る宮間ではない。そして、宮間はみんなに背を向ける。
「どこ行くんですか」
驚いて野田が訊く。
「帰る」
「えっ」
みんな驚く。しかし、宮間はそう言って本当に帰って行ってしまった。
「・・・」
全員、言葉もなく黙ってその後ろ姿を見送った。
「これから練習なのに・・汗」
かおりがその背中に呟く。
「素直じゃないんだからなぁ」
野田が呆れ顔で呟く。
「一言でいいのに」
仲田がその横で同じように呟く。
「滅茶苦茶負けず嫌いですからね・・」
最後に志保が呟く。
そこに、カラコロと下駄を呑気に鳴らしながら、もそもそと熊田がやって来た。
「おっ、今日はみんな気合いが入っちょうな」
選手たちの汚れたユニホームと荒れたグラウンドを見て、熊田は一人勘違いしてトンチンカンなことを言う。練習前に激しい自主練をしていたと思ったらしい。
「よ~し、おまんらの思いを汲んで、今日は目いっぱいしごいちゃるからな」
熊田が、その場の空気をまったく読まずうれしそうに言う。
「せ、先輩・・」
たかしが困惑気味にそんな熊田を見る。
「ん?どうしたたかし」
しかし、熊田はまったく分かっていない。
「ん?おいっ、宮間がおらんやないか」
熊田がそこでさっそく気づいて言った。
「あいつはどこ行った」
「あの・・、帰りました・・」
熊田の近くにいたかおりが言い難そうに言った。
「何?帰った?あいつはサッカーなめとんか」
熊田が怒髪天に怒り出す。
「もうあいつは試合に使わんぞ」
「先輩お言葉ですが、今日電話で説明した通り、宮間は使いたくても、三試合出場停止でして・・」
たかしが言う。
「そんなもん関係あるか。わしが使ういうたら使うし、使わん言うたら使わんのじゃ。出場停止なんかなんぼのもんじゃ」
「・・・」
たかしは困惑する。相変わらず、熊田の理屈は独特で無茶苦茶だった。