ついて来るベッキー
「帰るぞ」
宮間が吐き捨てるように言った。
ベッキーの能天気ともいえる陽気なキャラになんとなく、その場はケンカをするムードではなくなり、白けた金城のメンバーはみんなもそもそと帰り支度を始めた。
そして、着替えが終わり、荷物を担ぐと、金城のメンバーはみんなで駅に向かって歩き出した。
「ん?」
繭が違和感を感じてその方を見る。なぜか、ベッキーがそんな金城のメンバーたちについて来る。
「いいの?」
繭がベッキーを見上げ、そして、手チームのベンチを見る。
「こっちの方が面白そうね」
ベッキーは陽気にそう答えた。
「自由だなぁ・・汗」
その横でそのやり取りを聞いていた野田が呟く。さすが自由の国アメリカの人間だった。
「チームメイトと帰った方がよくない?」
かおりが、やんわりとベッキーに言う。
「ていうか、お前は早くアメリカ帰れよ」
と、ベッキーが答える間もなく、その横からさらに宮間が、遠慮会釈なく思いの丈をどストレートにベッキーに言う。
「私日本大好きね。まだまだ帰らないね」
しかし、ベッキーは天然なのか、そんな宮間のどぎつい言葉にもどこまでも陽気だった。
「ワタシ日本来てよかったね。サッカーに出会えたし。サッカー楽しいね」
「えっ、ベッキーは、小さい頃からアメリカでサッカーやってたんじゃないの?」
繭が驚いてベッキーに訊く。
「やってないよ」
しかし、平然とベッキーは答える。
「えっ」
「ワタシ、サッカー始めたの日本に来てからね」
「えっ」
その答えに金城のメンバー全員が、ベッキーを見上げる。
「それまでサッカーなんてしたことなかったね」
ベッキーは、こともなげに言う。
「だから日本来てよかったね」
「・・・」
全員言葉もなく固まった。
「ということは・・」
野田が恐る恐る計算を始める。
「ベッキーは留学で来たんだよね」
かおりが訊く。
「そうよ」
「ベッキーはいつ日本に来たの?」
恐る恐る繭が訊く。
「去年」
「だよな」
野田が叫ぶように言う。
「・・・」
全員その事実に固まる。サッカー歴一年半ほどしかない。
「それであれなのか・・」
野田が愕然とする。
「やっぱ、才能なんだな・・」
野田がさらに愕然と呟く。
「DNAですね・・」
志穂。
「結局身体能力なんですね・・」
かおり。
「努力ってなんなんですかね・・」
再び志穂。金城の面々は、口々に呟く。
試合の帰り道、まだ駅にもつかない歩き始めのその時に、ベッキーの衝撃的なその事実に、試合の大敗も相まって思いっきり落ち込む金城のメンバーたちだった。
「ということは、去年対戦した時は、サッカー始めて半年・・」
野田がさらに驚愕の事実に気づく。
「・・・」
そして、メンバー全員さらにどよ~んとなる。
「どうした。みんな元気ない。明るく生きよう。人生はこれからだよ」
とぼとぼと歩く金城のメンバーに上からベッキーが言う。しかし、暗くしているその張本人はどこまでも明るいのだった。
「でも、それでシュート下手だったんだな」
野田が言う。今日の試合ベッキーは決定機を何度も外していた。
「そうですね」
かおりが答える。ちょっと、そこで気分を持ち直し始めるメンバーたちだった。
「でも、ベッキー今日それでも十点くらい取ってますよ」
繭が言った。
「・・・」
全員沈黙・・。ちょっと、気持ちを持ち直したのもつかの間、それも無駄だった。
「そうだな。取り過ぎて何点取ったかもう分かんねぇな」
仲田がもはや投げやりに言う。
「とりあえずハットトリック三回して喜んでいたのだけは覚えてますね」
志穂が言った。
「そもそも、こんな三部リーグにお前みたいのが出てること自体が反則なんだよ」
宮間はベッキー本人に逆切れ気味に言う。
「そうそう、核兵器レベルで反則だよな」
それに野田も同調する。
「おうっ、ワタシは核兵器ではありません」
「分かってるよ」
宮間がツッコむ。
「おうっ」
ベッキーはなぜツッコまれたのか、まったく分からないといった反応をして一人驚く。ベッキーはやはり、天然だった。
「今日は、もうヤケだ。飲みまくるぞ」
そして、みんなに宣言するように宮間がやけくそ気味に言った。
「ワタシも行く」
すると、ベッキーが、勝ったチームの人間なのに、金城のヤケ酒に加わって来た。
「何でお前が来るんだよ」
野田がツッコむ。
「おうっ、お前も来い。もういいよ。何でもありだ」
しかし、宮間は、もう完全にヤケになっていた。そして、ベッキーと肩を組みそのまま駅へと歩いていく。
「今夜は飲むぞぉ」
「おう、飲むぞぉ」
二人の身長の合っていないでこぼこコンビが、威勢よくこぶしを突き上げる。
「わああ、今夜は荒れそうだな」
そんな宮間の様子を見て、野田が眉間にしわを寄せ呟く。
「ああ、今夜は大変だぞ」
仲田。
「明日、普通に仕事なんですけど・・」
志穂が呟く。
金城は、試合よりもその後の打ち上げの方が大変だった。