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金城町商店街女子サッカー部  作者: ロッドユール
110/122

調子に乗る選手たち

 ピーッ、ピーッ、ピーッ

 そして、やっと、やっと、試合は終わった。

 二十二対0。前回の大敗よりももっとひどい点差での大敗だった。

「終わった・・」

 終わった瞬間、金城の選手たちは全員、身体的疲労だけではない、何か強烈な心の芯から湧き出すような疲労感でぐったりとその場で膝に手をつく。 

 さすがに、十人ではどうすることもできず、結局宮間の退場が祟り、金城は大差で負けてしまった。これでついにこれまで続いていた連勝もとまってしまった。

 そして、それだけではなかった。この大差の大敗は、金城の選手たちの自信とプライドと自尊心をことごとく破壊した。

「メンタル来ますね」 

 基本明るい性格の繭もかなり凹んでいた。繭は高校時代強豪校にいたので、これほど大差で負けることは今まで経験がなかった。このチームに来てからも、繭が来てからは連勝が続いていたし、ここまでの徹底的に負ける経験は人生初だった。

「立ち直れないかも・・」

 隣りのかおりも膝に手をつき、うなだれる。宮間の無茶ぶりで、ベッキーにマンツーマンでつかされ、その結果を出せなかったのも、責任感の強いかおりの心を苛んだ。

 二人は今日、何もできずに終わった。何かしようにも、ボールすらがほとんど前線にやって来なかった。

「先輩のサッカーは勝つ時は豪快に勝つけど、負ける時も豪快に負けるからな・・」

 たかしがうなだれながら呟く。

 熊田の全員攻撃サッカーも諸刃の剣だった。攻めきれれば強いが、そうでない場合カウンターの餌食だった。それが今まではうまくはまっていたが崩れると脆い。試合中、たかしが指揮をとり、戦い方を急遽変えたが、それほどすぐにチームが、戦術を理解できるはずもなくそれも焼け石に水だった。だが、その戦犯の熊田本人はもう現場にいない。

 そして、なんといってもベッキーという強烈な個性が、すご過ぎた。

「あんなのとめらんねぇよな・・」

 野田が相手ベンチに帰っていくベッキーを見ながら諦め顔で呟く。

「ああ・・」

 隣りの仲田がそれに同意する。二人とも、たった一試合で体重が大幅に減ったみたいにげっそりとしている。 

「ったく、情けねぇ」

 しかし、そんな空気の中、一人憤懣やるかたなくふくれている人間がいた。それは、もちろん宮間だった。

「どんだけ大敗してんだよ」

 ベンチ前で仁王立ちしていた宮間が帰ってくる選手たちに怒鳴る。

「何負けてんだよ。もっと、戦えよ」

「いや、宮間さんの退場さえなければもう少しまともな試合に・・」

 それに対し、野田が愚痴るように言い返す。当然の言い分だった。

「あ?」

 それを目ざとく聞き逃さず鋭い視線を宮間が野田に向ける。

「十人でも勝つんだよ」

「そんな無茶苦茶な」

「ほんと、何やってんだよ。お前ら」

 宮間の怒りは収まらない。その怒りは四方八方相手関係なく向けられる。

「あんたが、退場なんかしているからあたしたちが大変な思いしたんでしょ」

 あまりの言いように麗子がブチギレる。

「一人が一・二倍動けばいいだろ」

「何偉そうに無茶苦茶言ってんのよ」

「そうですよ、今回は完全に宮間さんのせいじゃないですか」

 これにはさすがに仲田もキレる。

「そうですよ」

 他の選手たちも、さすがに黙っていない。

「何であたしがボランチなんかやらなきゃいけないのよ」

 麗子もなれないポジションで、まったく機能せず消化不良で落ち込んでいた。しかも途中交代。

「何であたしが守備なんかしなくちゃいけないのよ」

 さらに麗子がキレる。

「いや、それはしましょうよ・・汗」

 それには、左サイドバックの仲田がツッコむ。左サイドハーフの麗子は、責めたら攻めっぱなしで、いつもまったく守備をしないので仲田の守備負担はいつも相当高かった。この時代には、トータルフットボールという概念も浸透しつつあり、全員が守備をするというのは当たり前になっていた。

「根性が足りねぇんだよ」

 宮間は、しかし、自分の責任などものともせず、まったく怯まず言い返す。

「根性の問題じゃないでしょ」

 麗子も言い返す。これはいつもの展開だった。しかし、今日は二人をとめる人間はいない。みんな麗子の味方に立つ。というか宮間の敵側に回る。

「精神力なんだよ」

「しかも、何であんたが交代メンバー決めてんのよ」

 宮間によって麗子はベンチに下げられていた。

「お前が動かねぇからだよ」

「なんですってぇ~」

「宮間さんさすがに酷過ぎますよ。私たちが宮間さんの退場でどんだけ大変だったか」

 野田が言う。

「そうですよ。宮間さんが退場しなければ負けるにしてもここまで失点はしなかったですよ」

 仲田。

「そうですよ」

 志穂までが言う。

「人のせいにすんな」

「それはこっちのセリフでしょ」

 麗子がブチギレる。そして、お互い睨み合う。

 またもや宮間一人VS金城の選手全員というケンカが始まりそうになっていた。もちろん宮間は、まったく怯むこともあやまる気配もない。その自信がどこから来るのか、宮間はどこまでも勝ち気で強気だった。

「あわわわ」

 この一触即発の事態に、監督であるたかしは慌てるばかりで何もできない。

「どうしようどうしよう」

 たかしはおろおろするばかりだった。

「ぐぐぐぐっ」

 そんなたかしの目の前で、選手たちは激しく睨み合う。大敗して負けた上に仲間割れを起こすという、情けないを通り越して悲惨な姿をさらす、金城の面々だった。

 そして、お互いの緊張が高まり、さらにその緊張が頂点まで高まりに高まり、もうそれは、あとぶつかり合うしかないところまでいった時だった。

「ハ~イ」

 そこに突然、何とも呑気な声が響き渡った。

「ん?」

 全員がその声の方を見る。

「わっ」

 その声の主を見て、みんな驚く。

「ハ~イ」

 それはベッキーだった。ベッキーは、いきり立つ金城の面々を見下ろし、ニコニコと笑っている。それはあまりにこの緊張した状況にそぐわない、呑気な笑顔だった。

「おおっ?」

 金城の面々は、突然現れた異人種に、全員その長身を見上げ、ケンカも忘れどう反応していいものかポカンとする。

「ケンカよくないね」

 すると、ベッキーがそんな金城の面々に対して笑顔のまま陽気に言った。

「・・・」

 全員さらにポカンとする。どうやらベッキーはケンカをとめに来たらしい。

「・・・」

 宮間も他のメンバーも全員固まる。

「なぜ?」

 この予測し難い状況に全員の頭に?マークが浮かぶ。

「ラブ&ピースね。ピース、ピース」

 そう言って、ベッキーはしきりと、金城の面々の前にピースサインを繰り出す。ベッキーは、戦争ばっかりやっているアメリカ出身のわりに平和主義者らしかった。

「・・・」

 だが、金城の面々は宮間も含めみんなポカンとするばかりだった。

「は~い、みんな仲よく。はい握手握手」

 だが、ベッキーはそんな空気などまったく読まず、マイペースで金城の面々の手を取ると、強引に握手させていく。そのベッキーの妙なテンションと勢いに、選手たちはみんな訳の分からないまま、強引に握手させられ、仲直りさせられていった。

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