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金城町商店街女子サッカー部  作者: ロッドユール
109/122

決壊

 宮間が抜け、十人になった金城は、ただでさえ悪い形勢がさらに悪くなった。劣勢の上のさらなる劣勢。しかも、試合中ほぼ消えている大黒もいるので、金城は実質九人だった。さらに、実質監督の熊田も退場になっている。もう、ボロボロだった。

「監督指示を」

 この危機的現状に、信子さんが隣りのたかしを見る。今こそ、しっかりとしたリーダーシップが求められる場面だった。

「僕が指揮を?」

 だが、たかしは驚いた顔で信子さんを見返す。本来自分が監督であることをすっかり忘れているたかしだった。

「監督、しっかりしてください」

「いや、しかし・・」

 たかしはうろたえる。本来、指揮を執ることが仕事で、立場的にも肩書的にも立派な監督なのだが、たかしはにもかかわらず、おろおろとそれを回避しようとする。しかし、実質監督をしていた熊田は、退場にぶちギレ、そのままやけ酒でも飲みに行くのか、「なんでわしが退場なんじゃ」と、大声で叫びながら、試合を放棄しスタジアムを後にどこかへ行ってしまった。

「う~ん」

 たかしは唸る。

「いや、監督が監督でしょ」

 普段自己主張しないタイプの志穂、かすみのベンチメンバーにすらツッコまれる始末だった。

「う、うん・・」

 渋々指揮を取り始めたたかしは、とりあえず、フォワードの繭を一つ下げ、本業ではない麗子をボランチにして、ディフェンスの形を作る。そして、たかしは熊田のサッカーから、百八十度転換して、ディフェンスラインを思いっきり下げた。カウンター対策とまず守備から立て直そうという、王道的な考えだった。

 しかし、ベッキーにそんな俄か戦術は通用しなかった。ベッキーは、ヘディングも強く、高さで金城の下げたディフェンスにもものともせず得点を決めてきた。

「ダメだぁ」

 たかしは頭を抱える。

「しっかりしてください」

 そんなうろたえまくるたかしを隣りから信子さんが支える。

「う、うん・・」

 しかし、たかしからは力ない返事しか返って来なかった。たかしは、信子さんが隣りで支えなければ、そのまま倒れてしまいそうだった。

「た、頼りない・・汗」

 志穂とかすみが思わず呟く。それは、指揮官としてあまりに頼りない姿だった。

「かおりっ」

 すると、退場になりベンチにいた宮間が立ち上がり、そんな頼りないたかしを飛び越えるようにして、前に飛び出すとピッチに向かって叫んだ。

「かおりっ、お前がベッキーにつけ」

 そして、宮間が、たかしよりも前に立ちピッチの選手に指示を出し始める。我の強さと、自己主張の強さはやはり、熊田のそれと同じレベルだった。

「お前がベッキーを抑えろ」

 それは有無を言わせない言い方だった。

「えっ」

 かおりは突然の指令に戸惑う。

「いや、だから」

 ベンチ側のサイドにいた野田が、その指示にツッコミを入れようとする。「お前があいつを抑えるんだ」

 たが、宮間は話を進めてしまう。

「いや、宮間さん」

 かおりをベッキーにつけるというその話はさっき否定されたはずだった。

「お前がチームを救うんだ。分かったな」

 だが、宮間はまったく理解していない。そしてさらに、宮間は、かおりにすべての重責を背負わせまでする。

「は、はい・・」

 戸惑いながらも素直なかおりは指示に従う。

 しかし、野田や仲田が宣告忠告した通り、同じ高さを持つかおりを急遽マンツーマンでベッキーにつけるが、かおりはヘディングが病的にダメで、まったく戦力にならなかった。

「何だあいつは、全然使えねぇじゃねぇか」

 宮間がそんなふがいないかおりにブチギレる。

「いや、だから、何度もダメだって言ったじゃないですか・・」

 野田が困惑気味に隣りでツッコむ。ついさっき、その話をしたばかりだった。

「何でお前はヘディングがダメなんだよ」

 だが、宮間はかおりに八つ当たりする。

「す、すみません」

 作戦が無茶なのであってかおりは全然悪くないのに、人のいいかおりは、その長身を縮込めるようにしてあやまった。

 その後、金城はできうる限りの方策を様々試す。宮間の独断と思いつきで――。しかし・・、

「・・・」

 当たり前だがまったくダメだった。打つ手なし。相手はもともとディフェンスが固く、さらにリードしているので前に出ていく必要がない。だから、よりディフェンスは強固になり、いくら金城が攻め立ててもびくともしない。しかも、金城は人数が少ない。さらに無理して攻めるとカウンターの餌食だった。 

 そして、絵に描いたようにその餌食になっていく。

「あちゃ~、またか」

 ベンチメンバーが、顔を覆い見ていられないほどおもしろいように金城は点を取られていく。

 しかし、それでも負けているチームの性で金城は点を取りに行かねばならない。引いてばかりもいられず必然的に前に出る。だが、それを奪われ、カウンターをくらい、また失点する。もうどうしようもない地獄の負のループに入っていた。

 もう本当に救いようのないほど、金城はボロッボロッだった。

 成す術なく、次々と失点だけが重なっていく。もう誰にもとめられなかった。決壊したダムのように、その崩壊の勢いは誰にもとめられなかった。

「志穂、かすみ」

 そんな中、宮間がベンチメンバー二人を呼んだ。

「行け」

「えっ」

 普通ベンチの選手は試合に出たくて出たくてうずうずしているものだが、二人は、露骨に行きたくない表情をした。今入っても、惨禍に巻き込まれるだけなのは火を見るよりも明らかだった。

「行け」

 だが、まごつく二人を叱咤するように宮間は怒鳴る。

「は、はい」

 二人は慌てて準備をする。

「というか、なぜ宮間さんが交代決めてるの?」

 二人はそう疑問に思いながらも、大黒と麗子に代わってピッチに入った。宮間はただの選手でしかも退場した選手だった。 

「せめて一点とれ」

 宮間がピッチに向かって叫ぶ。しかし、それすらが出来なった。攻撃の形すらを作ることができなかった。

 繭やかおりといった今年新しく入った個性も、この状況では輝きようもなかった。崩壊していくチームの中で、ただ、無駄な個人技でもがくことしかできなかった。

 金城の誰しもが、もはや勝敗などどうでもいいから早く終わってくれと願うような状況だった。ボクシングの試合なら、なんの迷いもなくタオルを投げ込むような、目も当てられない試合状況だった。

「早く終わってくれ・・」

 金城のメンバーの誰しもの頭にその願いが浮かんでいた。


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