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金城町商店街女子サッカー部  作者: ロッドユール
107/122

失点

「しかし、あれだけ一対一の決定機を作られて、しかも、PKまで献上して、ここまで失点ゼロっていうのが、すごいな・・汗」

 たかしが感嘆まじりに一人呟く。

 金城は、前半三十分も経っていないうちに、恐ろしいほどの数の決定機を作られ、しかも、PKまで取られているにもかかわらず、奇跡的にここまで無失点で来ていた。

「ほんと奇跡ですね・・汗」

 信子さんもたかしの隣りで言う。もはや、神がかっていた。

 だが、相変わらず熊田の指示で、敵の前線に、ベッキーという強烈な最終兵器がいるのに、金城はライン設定を恐ろしいほどに思いっきり高く設定していた。当然、実際に繰り返されているようにボールを取られたら、即、カウンターで裏にボールを大きく出され、走られる。熊田はそれを承知で、それでも絶対に戦い方を意地でも変えようとしない。

「すごいな。こんな細いラインスペース初めて見たよ・・汗」

 たかしがピッチの光景を見ながら思わず困惑した声を出す。

 金城は強気に、かなり最終ラインを上げる。相手ももちろんカウンターが決まっているので戦い方に自信を深め、ラインは高い。だから、お互いがお互いのラインを押し合うような形で、恐ろしく狭い間隔に選手が密集する。それは圧集と言ってもいいかもしれない。そんな状況がピッチでは現出していた。

 それは異常な光景だった。縦のラインが五メートルほどしかない。その狭いスペースの中に二十人の選手がすべて収まっている。そしてさらにボールに選手が集まるので、その人口密度は、渋谷の交差点レベルだった。

「すごいな・・汗」

 たかしが、その異様な光景に驚嘆する。

 しかし、やはり金城は、前から押し込んでも自分たちのペースは握れない。ちょっとしたミスも許されない、プレッシャーのかかるシビアな状況の中で逆にミスが目立ち、それが元でカウンターというパターンを繰り返す。その負のループから抜け出せないでいた。

「苦戦しているな。せめて、何とか、このままハーフタイムに入って、そこで建て直せたら」

 たかしが祈るような気持ちで言う。やはり、ピンチは何とか奇跡的に回避できても、いつ失点してもおかしくない状況は変わりない。

 だが・・、

 たかしの祈りも虚しく、その時はやはり来た。しかも、それはカウンターでもPKでもなかった。

 やはり、再びやって来たカウンターでの決定機を、ベッキーがまた外し、だが、ボールはのり子に当たってゴールラインを割った。

 それで得た敵の右コーナーキック。キッカーの鋭く蹴ったボールはファーへと飛んでいく。そして、選手全員がそのボールの軌道の先を見る。

「あっ」

 そこにはなぜか、ぽっかりとスペースが空き、そこに三鷹のどフリーの選手がいた。そして、その選手にいい感じでピンポイントにボールが飛んでいった。金城の選手はあまりにノーマークだったので、金縛りにあったみたいに誰も動けない。

 当然その選手は、その飛んできたボールをヘディングで合わせ、ゴールに向かってシュートを放つ。あまりにどフリー、そしてゴールのスペースも広大に空いている。それは当然決まる。

 ゴール。

 三鷹の選手たちは喜び、抱き合う。三鷹からしたら、決定機を外しまくった嫌な流れの中でやっと入った点だった。その脇で金城の選手たちは呆然と立ち尽くす。

「・・・」

 PKまでとめたのに、今までの奇跡がなんだったんだというくらい、選手のポジションミスであっさりと金城は失点してしまった。しかも、一番恐れていたベッキー、全然関係なかった。

「あちゃ~」

 たかしがおでこを押さえでのけぞる。

「まあ、あれだけ決定的チャンス作られたら、そりゃいつかは失点するよな・・」

 ベンチメンバーは諦め顔で呟く。今まで失点しなかった方がおかしいのだ。

「何、やっちょうんじゃ」

 その前では、熊田は怒りを爆発させる。本気で今の戦術で無失点できると思っているらしい。

「何やってんだよ」

 ピッチでは宮間が怒りを爆発させていた。

「誰だよマーク外した奴」

「あそこ、宮間さんのポジションじゃ・・」

 繭が呟く。金城はセットプレーをマンツーマンではなくゾーンで守っていた。ファーのポジションは宮間のポジションだった。

「・・・」

 しかし、誰も何も言えない。 

「もうぜってぇ、失点すんなよ」

 そして、宮間が最後にそう怒鳴って、試合は再開される。

 だが、不思議なことに、今まであれだけの決定機の中、失点していなかった神がかったかのような奇跡の金城のディフェンスが、一回失点しただけで、ダムが決壊したようにそこから雪崩を打つ。失点してから、立て続けに二失点。あっという間に三対〇になった。

「・・・」

 金城側は選手、ベンチ含め、言葉もないほど、一気に重苦しい空気になる。

「何やっちょうんじゃ、あいつらは」

 熊田は怒りを爆発させる。

「だから、今日はぜってぇに勝つって言ってんだろ」

 宮間もピッチ上で怒りに任せ吠えるように叫ぶ。

「・・・」

 しかし、選手たちもそう言われても困る。

「何やってんだよ守備」

 宮間は、自分がボランチで守備の責任の一端をになっていることなど露忘れ、怒鳴りまくる。

「あんたも守備しなさいよ」 

 さすがにキャプテンの柴が怒る。

「そうよそうよ」 

 そこに麗子も加わる。

「うるせぇ、こっちは点取ることに集中してんだよ」

 しかし、人の意見を素直に聞く宮間ではない。

「点取らなきゃ勝てねぇだろ」

 宮間はさらにいきり立つ。

「なんか嫌な予感がするな・・」

 野田がそんな宮間を見て呟く。

「あれはやばいな」

 隣りの仲田も、目に見えるほどの宮間の湧き出す怒りのオーラを見てとって危機感を滲ませる。宮間のこめかみの上の血管がピクピクと最高潮に膨らんでいる。これは宮間のやばい時の合図だった。

「何も起こらなきゃいいが・・」

 二人は呟いた。

 しかし、再開後すぐ、今度は、再度の浅い所からかんたんに上げられたクロスからあっさりと、ベッキーにヘディングで決められてしまう。

「何やってんだよ」

 宮間が再び金城ディフェンダー陣を怒鳴る。かなりやばい領域に来ていた宮間の怒りは、さらに跳ね上がり、最高潮に達しようとしていた。

「あんなの無理だよ」

 野田と仲田が悲痛な声を上げる。ベッキーは、金城のディフェンダーで一番背の高いめぐみと比べても十八センチも差がある。しかも、身体能力が半端なく、垂直飛びのジャンプ力が宙に浮いているのかと錯覚するほどものすごい。

「かおり、お前センターバックやれ」

 すると、宮間がまた突然何か言い出した。

「ええっ」

 キーパーに続き、またの無茶ぶりにかおりは困惑する。

「お前があいつを抑えるんだ。あいつを抑えられるのはお前しかいない」

「いや、でもかおりはだからヘディングダメですから、めぐみより戦力になりませんよ」

 野田が横からそんな困惑するかおりをフォローするように言う。

「そうですよ」

 仲田も続く。

「何でお前はヘディングダメなんだよ」

 宮間はかおりに当たり散らす。

「す、すみません」

 何にも悪くないかおりだったが、素直な性格で訳も分からずあやまってしまう。

「この試合終わったら猛特訓だからな。覚悟しとけ」

 宮間が鋭くかおりを睨みつけながら言う。

「は、はい」

「おでこが内出血するくらい、しごいてやるからな」

「は、はい・・」

 宮間は怒りの滲んだ背中を見せながら去って行った。

「気にすることないからな」

 野田がかおりを慰める。

「大体、試合終わって飲み行くと忘れてるから」

 仲田もかおりに声をかける。

「はい・・」

 そんな慰め方で、かおりが気持ちを切り替えられるはずもなく、有望な若手フォワードのモチベーションまで削ってしまう宮間だった。

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