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金城町商店街女子サッカー部  作者: ロッドユール
106/122

PK

 だが、やはり、奇跡はそう続かない。もう何度目かも数えるのも忘れたベッキーの再びの裏への抜け出し。今回もやはり、金城の守備の面々は追いつけない。というか、もうすでに、走りながら、半ば諦めていた。

 そして、またのり子がゴール前から飛び出す。のり子は果敢に、ベッキーに迫り、シュートを止めようとする。だが、今度はベッキーはすぐにシュートを打たず、のり子をかわしに来た。その時、その意外な切り返しに少し反応の遅れたのり子の手が、ベッキーのその長い足に触れてしまう。

「オウッ」

 ベッキーが声を上げた。そして、バランスを崩し、ペナルティーエリア内で倒れる。

 ピ~ッ

 その瞬間、主審の笛が鳴った。そして、主審はペナルティースポットを指さしている。

 PKだった。

「あちゃ~っ」

 金城のベンチメンバーが頭を抱えながら呻く。

「何でだよ、触ってねぇだろ」

 早速、血気盛んな宮間が主審に迫り抗議する。こういう時だけは動きが素早い。しかし、主審は毅然として首を横に振り、ジャッジは揺るがなかった。

「あああ」

 金城のベンチメンバーから悲痛な声が漏れる。さすがに今度こそはもう失点もやむなしと誰しもが落ち込む。

「のり、ぜってぇとめろ」

 だが、一人絶対にあきらめない宮間が、キーパーののり子に怒鳴るようにして叫ぶ。

「PKになったのはお前の責任だ。お前が自分でケツふけ」

 そして、さらに宮間はのり子に迫る。

「は、はい」

 のり子一人の責任ではまったくないのだが、もともと気の小さなのり子は、その宮間の迫力にビビる。そして、PKのプレッシャーに苛まれていく。

「うううっ」

 そして、なんだかのり子の様子がおかしくなっていく。頭を抱え始め、その場にうずくまるような格好で膝をつく。

「ど、どうしたんだろう」

 繭がそんなのり子を見て心配になる。

「大丈夫ですかのり子さん」

 そして、繭とかおりが、駆け寄り声をかける。

「こ、声が聞こえる・・」

 のり子が苦しそうに呟き、耳をふさぐ。

「えっ?こ、声?」

 二人は驚く。そして、お互い顔を見合わせ困惑する。

「ああ、病気が出ちまったか」

 そこに野田がやって来て、そんなのり子を困った顔で見下ろす。

「病気?」

 繭とかおりが野田を見る。

「こいつ統合失調症なんだ。時々声が出てくるんだよ」

「声ですか」

「そう、頭ん中の声な」

「えっ、そうなんですか」

 二人は、さらに驚く。

「知らなかった・・」

「前に言っただろ。まだお前たちが来たばっかの時」

「・・・」

 そういえば、最初の練習の時に、こんなことがあったような気がした。しかし、のり子は普段元気だったし、そんな素振りはないので完全に二人は忘れていた。

「しかし、こんな時に出てくるとはな・・」

 野田が困った顔で腕を組む。

「最近調子よかったんだけどなぁ」

 隣りにやって来た仲田が言う。

「代わりのキーパーなんていないよな」

 野田が諦め顔でベンチメンバーを見渡しながら言う。代わりのキーパーどころか、金城は控え選手も一人足りない。そんなことは野田も百も承知だった。

「よしっ、かおり、お前キーパーやれ」

 いつの間にかかおりの隣りに立っていた宮間が、かおりの肩を叩く。

「えっ、絶対無理ですよ、やったことないですもん」

 かおりは両手を激しく振りながら猛拒否する。

「お前元バレー選手だろ。レシーブの勢いだよ。レシーブ」

 しかし、宮間は気軽に言う。

「無茶言わないでください」

 さすがのかおりもこの提案には、激しく抵抗する。

「じゃあ麗子、お前やれ」

 すると、今度は宮間は麗子を見た。

「なんでよ」

 自分は関係ないと油断していた麗子がいきなり話を振られ、驚きながら抗議する。

「お前が一番暇そうだからな。キーパーくらいやれよ」

「なんですって」

 麗子がいきり立つ。

「まあまあ」

 そこで野田がすかさず間に入った。最近おとなしかったが、ここに来て、また、ケンカを始めようとする二人だった。野田はそのことに慣れていたので、素早く察知して、すぐに間に入る。

「だったら、あんたがやりなさいよ」

 だが、麗子は言い返す。

「やだね」

「何なのよ。あんたのその傲慢さ」

 麗子は宮間のその信じられない態度に憤慨する。

「まあまあ、まあまあ」

 今度は野田と仲田が、間に入り二人を収める。

「信じらんないわ。まったく」

「ピッチで役に立たねぇんだから、キーパーくらいやれよ」

「なんですってっ」

「まあまあ、ここは抑えて、抑えてください」

 野田、仲田、志穂と今度は三人がかりで二人をなだめる。ただでさえ緊急事態なのに問題を増やす宮間と麗子だった。

「どうする?」

 そして、宮間と麗子を何とか収めると、野田と仲田が顔を見合わせた。

「・・・」

 しかし、答えは出ない。

「その声はなんて言ってんだ?」

 野田が頭を抱えうずくまるのり子に訊いた。

「右だ右だって」

「じゃあ、もう右に飛んじゃえ」

「そんな適当な・・汗」

 隣りの繭が呆れる。

 そして、のり子がキーパーのままPKは始まった。ペナルティースポットにボールが置かれる。キッカーはベッキーだった。そして、ゆっくりと助走を取る。しかし、のり子はまだ何かぶつぶつ言ったままだ。

「大丈夫ですかね」

 繭が隣りの野田を見る。

「まあ、大丈夫だろ」

 野田は答える。しかし、野田もやはり心配そうだった。

 そして、ベッキーは置かれたボールに走り込むと、その長い左脚を振り抜いた。

 その瞬間、のり子は声に従い右に飛んだ。

「あっ」

 ベンチメンバーたちから声が漏れる。

 ベッキーの蹴ったボールはどんぴしゃでのり子の飛んだ方に飛んで来て、のり子はボールをはじいた。のり子は奇跡的にPKセーブに成功した。

「おおおおっ」

 ボールが、ゴールラインから出ると、金城の選手全員が喜び興奮してのり子の下に集まりのり子を囲み、抱きつ黄、その体を叩きまくる。

「やったな」

 野田。

「すごい、お前はすごい」

 宮間。

「のり子さんすごいですよ」

 繭。選手たち全員からの称賛の嵐だった。

「意外と声の言うこと聞いてみるもんだな」

 そして、興奮も収まり、各自自分のポジションに戻ろうという時、野田が隣りの繭に言った。

「やっぱり、適当だったんですか・・汗」

 繭は呆れた。

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