PK
だが、やはり、奇跡はそう続かない。もう何度目かも数えるのも忘れたベッキーの再びの裏への抜け出し。今回もやはり、金城の守備の面々は追いつけない。というか、もうすでに、走りながら、半ば諦めていた。
そして、またのり子がゴール前から飛び出す。のり子は果敢に、ベッキーに迫り、シュートを止めようとする。だが、今度はベッキーはすぐにシュートを打たず、のり子をかわしに来た。その時、その意外な切り返しに少し反応の遅れたのり子の手が、ベッキーのその長い足に触れてしまう。
「オウッ」
ベッキーが声を上げた。そして、バランスを崩し、ペナルティーエリア内で倒れる。
ピ~ッ
その瞬間、主審の笛が鳴った。そして、主審はペナルティースポットを指さしている。
PKだった。
「あちゃ~っ」
金城のベンチメンバーが頭を抱えながら呻く。
「何でだよ、触ってねぇだろ」
早速、血気盛んな宮間が主審に迫り抗議する。こういう時だけは動きが素早い。しかし、主審は毅然として首を横に振り、ジャッジは揺るがなかった。
「あああ」
金城のベンチメンバーから悲痛な声が漏れる。さすがに今度こそはもう失点もやむなしと誰しもが落ち込む。
「のり、ぜってぇとめろ」
だが、一人絶対にあきらめない宮間が、キーパーののり子に怒鳴るようにして叫ぶ。
「PKになったのはお前の責任だ。お前が自分でケツふけ」
そして、さらに宮間はのり子に迫る。
「は、はい」
のり子一人の責任ではまったくないのだが、もともと気の小さなのり子は、その宮間の迫力にビビる。そして、PKのプレッシャーに苛まれていく。
「うううっ」
そして、なんだかのり子の様子がおかしくなっていく。頭を抱え始め、その場にうずくまるような格好で膝をつく。
「ど、どうしたんだろう」
繭がそんなのり子を見て心配になる。
「大丈夫ですかのり子さん」
そして、繭とかおりが、駆け寄り声をかける。
「こ、声が聞こえる・・」
のり子が苦しそうに呟き、耳をふさぐ。
「えっ?こ、声?」
二人は驚く。そして、お互い顔を見合わせ困惑する。
「ああ、病気が出ちまったか」
そこに野田がやって来て、そんなのり子を困った顔で見下ろす。
「病気?」
繭とかおりが野田を見る。
「こいつ統合失調症なんだ。時々声が出てくるんだよ」
「声ですか」
「そう、頭ん中の声な」
「えっ、そうなんですか」
二人は、さらに驚く。
「知らなかった・・」
「前に言っただろ。まだお前たちが来たばっかの時」
「・・・」
そういえば、最初の練習の時に、こんなことがあったような気がした。しかし、のり子は普段元気だったし、そんな素振りはないので完全に二人は忘れていた。
「しかし、こんな時に出てくるとはな・・」
野田が困った顔で腕を組む。
「最近調子よかったんだけどなぁ」
隣りにやって来た仲田が言う。
「代わりのキーパーなんていないよな」
野田が諦め顔でベンチメンバーを見渡しながら言う。代わりのキーパーどころか、金城は控え選手も一人足りない。そんなことは野田も百も承知だった。
「よしっ、かおり、お前キーパーやれ」
いつの間にかかおりの隣りに立っていた宮間が、かおりの肩を叩く。
「えっ、絶対無理ですよ、やったことないですもん」
かおりは両手を激しく振りながら猛拒否する。
「お前元バレー選手だろ。レシーブの勢いだよ。レシーブ」
しかし、宮間は気軽に言う。
「無茶言わないでください」
さすがのかおりもこの提案には、激しく抵抗する。
「じゃあ麗子、お前やれ」
すると、今度は宮間は麗子を見た。
「なんでよ」
自分は関係ないと油断していた麗子がいきなり話を振られ、驚きながら抗議する。
「お前が一番暇そうだからな。キーパーくらいやれよ」
「なんですって」
麗子がいきり立つ。
「まあまあ」
そこで野田がすかさず間に入った。最近おとなしかったが、ここに来て、また、ケンカを始めようとする二人だった。野田はそのことに慣れていたので、素早く察知して、すぐに間に入る。
「だったら、あんたがやりなさいよ」
だが、麗子は言い返す。
「やだね」
「何なのよ。あんたのその傲慢さ」
麗子は宮間のその信じられない態度に憤慨する。
「まあまあ、まあまあ」
今度は野田と仲田が、間に入り二人を収める。
「信じらんないわ。まったく」
「ピッチで役に立たねぇんだから、キーパーくらいやれよ」
「なんですってっ」
「まあまあ、ここは抑えて、抑えてください」
野田、仲田、志穂と今度は三人がかりで二人をなだめる。ただでさえ緊急事態なのに問題を増やす宮間と麗子だった。
「どうする?」
そして、宮間と麗子を何とか収めると、野田と仲田が顔を見合わせた。
「・・・」
しかし、答えは出ない。
「その声はなんて言ってんだ?」
野田が頭を抱えうずくまるのり子に訊いた。
「右だ右だって」
「じゃあ、もう右に飛んじゃえ」
「そんな適当な・・汗」
隣りの繭が呆れる。
そして、のり子がキーパーのままPKは始まった。ペナルティースポットにボールが置かれる。キッカーはベッキーだった。そして、ゆっくりと助走を取る。しかし、のり子はまだ何かぶつぶつ言ったままだ。
「大丈夫ですかね」
繭が隣りの野田を見る。
「まあ、大丈夫だろ」
野田は答える。しかし、野田もやはり心配そうだった。
そして、ベッキーは置かれたボールに走り込むと、その長い左脚を振り抜いた。
その瞬間、のり子は声に従い右に飛んだ。
「あっ」
ベンチメンバーたちから声が漏れる。
ベッキーの蹴ったボールはどんぴしゃでのり子の飛んだ方に飛んで来て、のり子はボールをはじいた。のり子は奇跡的にPKセーブに成功した。
「おおおおっ」
ボールが、ゴールラインから出ると、金城の選手全員が喜び興奮してのり子の下に集まりのり子を囲み、抱きつ黄、その体を叩きまくる。
「やったな」
野田。
「すごい、お前はすごい」
宮間。
「のり子さんすごいですよ」
繭。選手たち全員からの称賛の嵐だった。
「意外と声の言うこと聞いてみるもんだな」
そして、興奮も収まり、各自自分のポジションに戻ろうという時、野田が隣りの繭に言った。
「やっぱり、適当だったんですか・・汗」
繭は呆れた。