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金城町商店街女子サッカー部  作者: ロッドユール
105/122

決定機

 試合開始前、選手同士が一列に並び向かい合う。繭の前にはあのベッキーが立っていた。

「・・・」

 繭と向き合うと、繭が垂直に見上げるほどにベッキーは背が高かった。

「高いなぁ~」

 思わず繭はベッキーを見上げながら呟く。繭、隣りの野田、仲田と背の低い組が、並んでベッキーと対峙するとまるで大人と子どもだった。いや、キリンとたぬきといった感じか。

 ピーッ 

 そして、お互いあいさつが終わると、金城町のホームグラウンド、市民運動場のまたいつもの牧歌的雰囲気の中、早速試合が始まる。

「は、速い」

 開始早々、繭は驚く。ベッキーは確かに速かった。長いスライドのその走りは、優雅でありながら、しかし、他を置き去りにするほど恐ろしく圧倒したスピードを見せていた。

 そして、カウンター一閃。試合開始早々、まだ前半の五分も経っていない時間帯、金城はいきなり裏を取られた。熊田コーチ就任以来、超攻撃的サッカーを展開する金城町が攻め上がった後ろには、広大なスペースが空いていた。そこに長いボールを出されると、ベッキーにかんたんにぶっちぎられてしまう。足の速いベッキーにそんな裏のスペースを走られると厄介だった。

 完全に裏を取られた金城は、柴、めぐみ、野田、仲田、静江ら、守備陣が必死で追いかける。だが、全員完全に置いて行かれ、まったく追いつくことができず、その背中を追うことしかできない。

 そして、あっという間にキーパーと一対一になる。のり子が堪らずゴール前から飛び出す。

「あああっ」

 それを見ている、金城のベンチメンバーが悲痛な声を上げる。完全などフリー状態。決めない方がおかしい場面だった。

「あああ」

 金城のメンバーが全員、失点を覚悟した。

 ドカ~ン

 しかし、ベッキーはその絶好の決定機を大きく外した。

「ふぅ~」

 その瞬間、金城のベンチメンバーは大きく安堵のため息を漏らす。だが、その横の相手ベンチは、あまりの外しっぷりに、逆に大きくズッコケていた。

 ベッキーはかおりほど足元の器用さはなかった。というかどちらかというと不器用な選手だった。

「外しちゃったよ」

 しかし、根っからの陽気な性格なのか、ベッキーは舌を出し、まったく悪びれた様子なく笑っている。まったくめげないその明るさが、逆にさらに恐ろしかった。

「わあ~、まただ」

 そして、そのすぐ後、また同じような形でベッキーに金城は裏を取られる。またしても、前がかりになっていた金城の選手たちは、完全に裏を取られ、追いつけず置いて行かれる。

 再びのり子が、飛び出す。今回も、絶体絶命のピンチだった。

「あああっ」

 今度こそやられる。みんながそう思った。

「おおおっ」

 だが、またベッキーはその決定機を大きく外した。お互いのベンチではまた同じようなリアクションが繰り広げられる。三鷹のベンチはやはりみんなズッコケていた。

「助かった・・」

 今日もベンチ前に信子さんと並んで立つたかしが安堵のため息を漏らす。

「よかったですね」

 隣りの信子さんも安堵のため息を漏らしながらたかしを見る。

「うん」

 しかし、金城にとって非常に心臓に悪い展開だった。

 当然ここまで裏を取られると怖くなって、最終ラインは下がろうとして来る。

「上がれ、上がらんかい」

 しかし、熊田はそんな最終ラインに上がれ上がれとしきりに叫ぶ。攻撃サッカーを絶対に変えようとしない。

「マジか」

 一番ベンチに近い右サイドの野田が嘆くように呟く。ここでラインを上げるのはまさに自殺行為だった。

「ラインを上げろ」

 しかし、なんのためらいもゆるぎもなく、熊田は指示を出し続ける。

 最終ラインの四人は大変だった。下がりたいが、熊田に上がれと発破をかけられ、しかし、上げようとすると、そこにはベッキーがいる。

 もちろんベッキーは、裏をしきりに狙い、最終ラインの間、間を動き回る。最終ラインの四人はそれが堪らなく怖い。実際、もうすでに、二回も決定機を作られているのだ。それは当然だった。

「上げろ、ラインをもっと上げろ」

 しかし、ラインを下げようとすると、熊田からすぐに怒声が飛んでくる。

 そして、金城のディフェンスラインがそんなどっちつかずの状況でふらふらしていると、やはり三度目の決定機を作られてしまった。

 また、ベッキーが一人、圧倒的スピードで金城のゴールに迫る。三度みたびのり子が飛び出す。ベッキーは、一回目二回目と同じ角度から、そのカモシカのような細く長い脚を振り抜いた。

「おおおっ」

 観衆から声が上がる。

 だが、ベッキーはこれも外した。三鷹工業のベンチは三度ズッコケる。ベッキーは、思った以上に相当不器用な選手らしい。

「助かった」

 金城のベンチは、逆に安どのため息を漏らす。

 しかし、そう何度も外してくれるわけではない。運や奇跡は何度もこらないから運や奇跡なのだった。早急にベッキー対策をしなければならない。

「何やっちゅう。上げろ、ラインをもっと高くせんか。前から押し込むんじゃ」

 だが、学習能力がないのか、何か勝算があってなのか熊田はそれでも上げろ上げろと叫ぶ。

「出来るか」

 野田が叫び返す。

「いいから、上げろ」

 しかし、熊田は揺るがない。だが、その上げた裏をベッキーが狙っている。

「もう、どないせいっちゅうねん」

 もう堪らず野田が投げやりに叫ぶ。

「野田さん関西弁になってますよ・・汗」

 繭が横から指摘する。もう訳が分からなくなって、関西弁になる野田だった。それほどに金城のディフェンス人は追い込まれていた。

 当然、戦い方を変えないので、その後も似たような形で金城は何度も決定機を作られる。だが、その決定的なシュートをベッキーは、これでもかとことごとく外していく。

「ここまで外すのも、逆にすごいな・・汗」

 ベンチ前でたかしが戸惑い気味に呟く。

「そうですね・・汗」

 信子さんも困惑気味にピッチを見つめる。

「なんか、悪魔なのか天使なのかよく分からん奴ですね・・汗」

 ピッチ上では繭がベッキーを見て呟く。

「ああ・・」

 それに対し、隣りの野田がうなずく。ここまで外すと、金城の選手たちもさすがに呆れた。

「決めろよ・・」

 そして、金城の選手たちでさえ決めろよと思った。

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