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金城町商店街女子サッカー部  作者: ロッドユール
103/122

八百長事件

「そういえば、監督と熊田コーチは久しぶりに会った感じでしたよね」

 繭が人差し指を口に当て、少し首をかしげながら言う。

「そうだ、ずっと一緒だった割に感動の再会だったよな」

 野田が言う。熊田が銀月荘に現れた時、たかしは再会の、あまりの感動に、その裸の胸に飛び込んでいた。

「そうなんだ。僕と先輩は長いこと会っていなかったんだ」

 たかしが言う。

「どうしてなんですか?」

 繭が訊く。

「・・・」

 すると、たかしは表情を曇らせしばし口をつぐんだ。

「僕と先輩が所属していた社会人チームで八百長疑惑が起こってね」

 そして、たかしは再び重そうに口を開くと、そこからは意外な言葉が出てきた。

「八百長疑惑!」

 予想外の話の展開に、その場にいた選手全員が驚く。

「うん、ヤクザが絡んだものだったらしくて、警察も入ってかなり大掛かりな捜査になったんだ。当時は新聞やテレビニュースにもなったよ。僕も警察にいろいろ事情を聴かれた」

「へぇ~、すごい事件だったんですね」

 繭が感心したように言う。

「感心してる場合か」

 野田がそんな繭にツッコむ。

「選手からチームの関係者まで、みんなが疑われてね。僕のチームメイトたちが次々警察に呼ばれて、僕もだけど、厳しい取り調べを受けたんだ」

「へぇ~、監督も取り調べを受けたんですか」

 取り調べなど、ドラマか映画の中の話だった。繭はその話にすごく関心を抱く。

「そんな中で・・」

 そこで急にたかしの顔が曇る。

「どうしたんですか?監督」

 繭がその顔を覗き込む。

「そんな中で、裕司っていうチームメイトが、首を吊って死んでしまったんだ」

「えっ」

 選手全員が驚く。死人が出るとはただ事ではない。

「裕司は、僕のルームメイトだったんだ。天才肌で、ものすごいボールテクニックを持っていた選手なんだ。本当にうまくて、どうやってボールを動かしているのが分からないほどだったよ。ブラジル人選手でもできないようなボールタッチだったなぁ」

 たかしは当時を思い出し、懐かしい表情をする。

「当時のレベルの中では群を抜いていたよ。滅茶苦茶うまかったんだ。でも、ケガがちで、一年のほとんどをベンチかそれ以外で過ごしていた。ガラスの左足なんて呼ばれてね」

 そして、どこか悲しそうな表情でたかしは裕司のことを語る。

「でも、たまにしか試合に出ないそのことが、彼を神秘化して、すごい人気だった。それに色白ですごくカッコよかったんだ。サッカー界のプリンスなんてあだ名もあったくらいなんだ」

「そんな選手がいたんだ」

 繭が呟く。

「でも、何があったんですか?」

 繭の隣りのかおりが訊く。

「それがまったく分からないんだ」

 たかしが首を振る。

「ただ、裕司は警察の取り調べにすごく怯えていたよ」

「・・・」

 選手たち全員が黙る。

「でも、裕司はそんなことできる奴じゃないんだ。とてもやさしくてどちらかというと気が小さい方で、まじめで酒も飲まないし、ギャンブルなんてまったくやらない人間だった。ましてヤクザとなんて、ありえない話なんだ。それに彼はサッカーをとても愛していた。そんなサッカーを冒涜するようなことは絶対にしない人間なんだ」

 たかしはそう強く言って、大きく口を結ぶ。

「謎ですね・・」

 繭が呟く。

「裕司が首を吊る前日だった」

 再びたかしが口を開いた。

「何かあったんですか?」

 みんな再びたかしに注目する。

「その日の夜、突然先輩から電話が掛かって来てね」

「権蔵から?」 

 野田が訊く。

「わしは今からはアフリカに行くって」

「アフリカ?」

 みんな驚く。

「高跳びじゃねぇか」

 野田が叫ぶように言う。

「それだけ?」

 仲田が訊く。

「そう、それだけ言って、先輩は突然チームから消えてしまったんだ」

「・・・」

 選手全員が黙る。

「そして、突然先輩がいなくなったと思ったら、その次の日、裕司が自殺したって、病院に運ばれたって連絡が入って」

「・・・」

「それで先輩はいなくなっちゃうし、裕司の自殺騒ぎでもう、何が何やら分からないって感じで・・、大混乱になってね」

「・・・」

「その後、不思議と事件は収束していったんだけど・・」

 たかしが最後に声を少し落として言った。

「それであいつはどうしたんですか」

 野田が訊く。

「先輩はそのまま行方知れず・・、どこで何をしていたのか・・」

「それで、突然現れたんですね」

 かおりが訊いた。

「うん」

「時効を待ってたんじゃないのか」

 仲田が言う。

「何か訊いたんですか?熊田コーチに」

 繭がたかしを見る。みんなもたかしを見る。

「あっ、まだ何も訊いてないや」

 たかしが自分の頭を叩く。この辺、たかしも呑気である。

「なんですかそれ」

 全員がズッコケる。

「ただ・・」

「ただ?」

「裕司の死の前日に、先輩は裕司に会っていたっていう目撃情報があるんだ。これはかなり確かな情報なんだ」

「やっぱり、あいつが何か絡んでるんだよ」

 野田が言った。

「あいつが犯人なんだよ」

 仲田がそれに続く。

「絶対そうだ。権蔵がヤクザと組んで八百長をやって、それがばれると裕司って人に全部押しつけて、アフリカに高飛びしたんだ」

 野田がうなずく。

「いや、先輩には何か深い考えがあってのことだと思う」

 たかしは否定する。

「絶対、買い被り過ぎですよ」

 野田と仲田が叫んだ。

「それでその裕司って人の容疑は晴れたんですか」

 繭が訊く。

「うん、裕司の容疑は晴れたみたい。でも、事件の全容は謎のままなんだ」

「やっぱトンデモない野郎だったんだあいつは」

 野田と仲田は、熊田犯人説を二人で確信していた。そして、普通に考えても今の話を聞くと、それが正しいように思える。他の選手も熊田犯人説をなんとなく想像していた。

「危うく尊敬するとこだったよ」

「まったくだ」

 野田と仲田が二人で息巻く。

「でも、なんか謎ですよね。何があったんですかね、いったい・・」

 繭が腕を組み、首をかしげる。

「あいつが犯人なんだろ」

 野田は熊田犯人説から揺るがない。

「そんな単純ですかね」

 繭が首をかしげる。

「そうだよ。あいつが全部悪い。それが真実だよ」

 野田と仲田はどうしても、熊田を犯人にしたいらしい。

「裕司って人はその犠牲者だよ」

 野田が言った。

「・・・」

 繭は黙る。

「自殺とはいえ、これはれっきとした間接的な人殺しだぜ」

 仲田が言った。

「ああ、ほんととんでもねぇ野郎だ」

 野田がそれに呼応する。二人の中では、すでに熊田は完全な人殺しになっていた。

「やっぱり、結局、うちらの想像した通りの人間だったな」

 最後に野田が言った。

「・・・」

 全員がそれに何も言えず黙る。もしかして・・。選手たち全員の頭の中にも、やはり、野田たちと同じ考えが浮かんでいた。


「おうっ、おまんら遅かったな」

 今日は珍しく、銀月荘の食堂にいた熊田が、帰って来た選手たちに声をかける。いつも熊田はどこかに飲みに行っているか、どこで何をしているか分からないかで、銀月荘の食堂に住んではいるが、ほとんどいたためしがない。

「・・・」

 だが、選手たちは全員、あいさつも返さず熊田を不審げな目で見る。

「?」

 熊田は何のことか分からず、キョトンとする。そして、選手たちは、熊田を避けるように、去って行った。

「なんじゃ、あいつら」

 その背中に、まったく訳の分からない熊田が一人呟いた。

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