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金城町商店街女子サッカー部  作者: ロッドユール
101/122

人殺し

「うあああ~」

 金城の選手たちが、地面に倒れ込みながら地獄の亡者のように呻く。今日も熊田の練習メニューは無茶苦茶だった。しかも、熊田が予告した通り、さらに練習の強度が上がっていた。

「どんだけ走らせんだよ」

 仲田が毒つく。

「あいつは、本気で頭おかしいぞ」

 野田が、地面に倒れ込みながら叫ぶように言う。

「本当に殺されかねないですね」

 繭も息を切らせながらそれに答える。

「ああ」

 この日、金城町はまだ、六月に入ったばかりだというのに、真夏日に近い気温を記録していた。選手たち全員が息を切らし、うなだれ、ぐったりしていた。いつも冷静で表情を変えない静江ですらが、しんどそうな顔をしている。

「ほんと死人が出るぞ、今年の夏は」

 野田が言った。夏はこれからが本番だった。ちなみに、今日も宮間はうまいこと、練習をさぼっていた。

「まあ、今日はこのくらいで勘弁しといちゃる。ありがたく思え」

 すると、そこに熊田がやって来て、そんな選手たちを見下ろすように言った。そして、またどこかに飲みにでも行くのだろう、そのままどこかへ消えて行った。

「くっそぉ、調子こきやがって」

 その背中に野田が毒つく。

「いつかぜってぇ、やってやるからな」

 仲田が不穏なことを言う。

「女子舐めんなよ」

 野田も続く。

「というか何者なんですかね。熊田コーチって」

 そんな中、繭がふと、疑問に思い首をかしげた。

「そういえば、まだあまりよく知らないですよね。あの強烈なキャラは分かりましたけど」

 かおりも言う。すると、その場にいた選手たち全員が首をかしげた。

「そういえばそうだな」

 野田。そういえばみんな熊田のことを詳しくは知らなかった。熊田が来てから、はや三カ月が経つ。

「どういう人間なんだ?あいつ」

 仲田。

「まあ、ろくでもない人間だということはそうだろうけどな」

 野田。

「あの~」

 その時、普段あまり自分からはしゃべらない志穂が口を開いた。

「なんだよ」

 野田が隣りの志穂を見る。

「あの、前に監督のところに変な男の人が来てたんですよね。記者っぽい感じの人で・・」

 志穂が言った。

「記者?」

 みんなが志穂を見る。

「はい、なんか、監督と深刻な話しをしている感じで、時々、熊田コーチの名前がちらほら聞こえたんですよね」

「熊田の名前が?」

「はい」

 その場にいた全員が志穂の言葉に注目する。

「多分・・」

「多分?」

 みんなが身を乗り出す。

「何かを探ってるみたいな感じでした」

「探ってる?」

 野田が志穂を見る。

「はい」

「あっ、そういえば、私もなんか、訊かれましたよ。この間、変な男の人に。熊田っていう男は今どこにいるのかって」

 そこに、かおりが言った。

「確かに記者っぽい感じでした。探るような訊き方でしたもん」

「あっ、私も」

 繭も思い出し、声を出す。繭も大学から帰って来て銀月荘に入ろうとするところを、何か記者のような男の人に声をかけられたことがあった。

「私は熊田はここに住んでいるのかって訊かれました。なんなんですかね」

 繭が野田を見る。

「う~ん」

 野田は、うなることしかできない。

「もしかしたら・・」

 志穂がそこで何かに気づき、呟くように口を開いた。

「どうしたんだよ。志穂」

 野田が志穂を見る。

「もしかしたら」

「もしかしたら?」

「あれって、記者じゃなくて刑事・・」

 その場にいた全員の表情が変わる。

「最初、記者っぽいなって思ったんですけど、でも、あの探るような訊き方って、もしかしたら刑事かも・・」

 志穂が恐る恐る言った。

「やっぱ、あいつ、どっかで人殺しかなんかやってんだよ」

 野田が言った。

「そうだ。絶対そうだよ」

 仲田がその話に乗る。

「やっぱり、胡散臭いと思ってたんだよ」

「どっかでなんかやらかして逃亡生活してたんだ。それで、ほとぼりが冷めて・・」

 そこで、選手たちは顔を見合わせた。と、いうことはこの女子寮に犯罪者が一緒に住んでいるということになる。顔は怖いが気は小さいめぐみが、怯えた表情をして身を震わせる。

「・・・」

 全員が黙った。

「おいっ」

 野田が、隣りの繭とかおりを見る。

「なんですか・・」

 戸惑い気味に二人が答える。

「どうすんだよ」

「何がですか」

「何がって、お前、人殺しだよ」

 野田が目を剥いて言う。繭とかおりもなんだか怖くなってくる。

「でも、まだ人殺しって決まったわけじゃ・・」

 志穂がおずおずと言う。

「人殺しだよ。あれは絶対に人殺しの顔だよ」

 野田が断言口調で言った。

「そうだ。間違いない、少女を強姦して山に埋めてるんだよ」

 仲田も言った。二人の中で話が勝手に大きくなっていく。

「あれは、十人は殺してるぞ」

「そうだよ、絶対そうだよ」

「やめなさいよ、もう、勝手なこと言うのは」

 ここは、このチームの中で一番理性的な柴が、一応止めに入る。

「変態だよ。変質者だよ。変態の人殺しだよ。凶悪犯だよ」

「サイコパスだな。あの残虐な練習の仕方とか・・」

「あの顔は、絶対、もっと殺してるぞ。最低でも三十人は殺してるぜ」

「下手すると百人くらい殺してんじゃねぇか」

 だが、話は選手たちの間で、主に野田と仲田だが、どんどん勝手に膨らんでいく。

「どうしたんだい?」

 そこにちょうどたかしがやって来た。

「あっ、監督」

 みんながたかしを見る。

「どうしたんだい?」

「・・・」

 全員黙る。

「?」

 たかしは、その沈黙の意味が分からない。

「監督、熊田コーチって一体何者なんですか」

 そこで、選手たちを代表する形で、一番近くにいた繭が思い切ってたかしに訊いた。

「う~ん」

 たかしは奇妙な唸り声をあげた。

「そうか、君たちにはまだちゃんと説明していなかったね。先輩のこと」

「はい・・」

「先輩はねぇ・・」

 そして、たかしは昔を懐かしむように語り出した。

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