大貴族の一人息子坊っちゃまとそのメイドの話。可愛いメイドには裏がある
「あー、どこかに都合のいい女いないかな」
そんな物騒なことを言いながら行儀悪くソファーに寝転がっている少年。高身長で顔立ちもよく美少年と呼ぶに相応しいだろう。中身は別として。
「坊っちゃま。お見合いにうんざりしているとはいえ、そのような発言はお控えください。いつどこで誰が聞いているかもわかりません」
「二人きりの時くらいいいだろリーシャ。四六時中敬語で真面目ぶってても疲れるだけだ」
少年の名はエドワード。この国の大貴族の一人息子である。
私、リーシャは坊っちゃまの家に仕えている。年齢は坊っちゃまより上で先日、二十歳の誕生日を迎えたばかりで側付きメイドしてます。
「大体、近寄ってくる連中には華がない。どいつもこいつも同じような化粧をして、流行りの似たような服を着ている。どいつもこいつもパッとしない連中だ」
「では、どのような女性がタイプなのですか?」
「む……そうだなぁ。地味な格好をしつつ化粧や体の手入れはしっかりこなしていて、物知りで知的、あまりうるさくなくて全面的にオレに従順なくせにたまーに反抗する奴……あと巨乳で黒髪年上ロング幼馴染みな奴」
「前半は満たしそうな方々が多そうですけど、後半はえらくピンポイント過ぎませんか?」
条件が細か過ぎる。というか幼馴染みの時点で壊滅的だと思います。
坊っちゃまは社交的とはいえなくて、お父上の命令でもなければ王族のパーティーすら参加しないのですから、幼少期からの知り合いとなると……私くらいしかいないのになんて無理難題を。
まさか、無理難題を言って伴侶となる女性を作らない気?それだと家の血筋が途絶えてしまうから遠慮してほしい。
それとも実は心に決めている方がいて私に言えばお父上に密告されるかも?と心配しているのでしょうか。
「……リーシャ、オレが考えていることがわかるか?」
「もちろんです。坊っちゃま、私はお父上ではなくあなた様に忠誠を誓った身。どうぞ偽りの理想像ではなく好きな方の、本命の女性の話を」
「…………お前、そういうところだぞ」
はて?なんのことやら。
「リーシャ、オレが学園を卒業し父上の跡を継げばこの家のルールはオレが変える」
「あぁ、あの『結婚するなら当家に相応しい格の家柄の者』でしたっけ?」
「そうだ、あれが無くなればどんな身分だろうと出自だろうと関係ない、自由な結婚を実現させる」
やる気のない坊っちゃまがここまで滾るとは。お相手の女性は一般家庭の出身だろうか。私としてはマナーや立ち振る舞いを一から教えるのは面倒だけれど、できる限りサポートしてあげよう。
「頑張ってください坊っちゃま。私は陰ながら見守っています」
「うん。お前にもガッツリ手伝って欲しいんだけどな」
「はい、応援します」
「……なんでさぁ」
額に手を当てて天井を見上げる坊っちゃま。
最近、この仕草をよくされるけど何かあったのだろうか。
「ここまで言ってもわからないのか?」
「幼少期から一緒に過ごしている私にすら分からない坊っちゃまの好きな人……くっ、成長しましたね坊っちゃま!!」
「お前、頭は良かったよな」
「えぇ。自慢ではないですが、坊っちゃまの通う学園を首席で卒業しました」
学園生活全部を勉強に注ぎ込んだ甲斐があったというものだ。坊っちゃまのお世話をしながら暇があれば教科書を読んでいた。
「化粧や健康管理もしっかりしているよな」
「坊っちゃまに相応しいメイドとして当然です」
化粧は目立ち過ぎず、それでいて抜かりなく。公の場にも付き添うのですから、坊っちゃまほどの美少年の横にいても気にならない程度に見た目には気を遣っています。
主人の身を預かる者が自身の体調を管理できないなんて本末転倒。三食昼寝付きで頑張ってますよ私。
「巨乳で黒髪ロングで年上だよな」
「坊っちゃま、セクハラですか?確かに最近、メイド服の胸の辺りは苦しくなりましたけど、せめて言い方ってものが……」
黒髪は生まれつきだし、髪は短い方がいいとは思うが、切ろうとするといつも坊っちゃまに邪魔をされてきた。
胸は……よく食べてよく寝ると育つっていうので私が健康な証だ。
「ここまで言ってもまだわからないか?」
「なんですか……そんなに私の顔を見つめて。デザートに食べたケーキのクリームでもついてますか?」
食後に鏡を見ていなかった。ナプキンで口周りは拭いたのだけど。
「オレも男だ。……リーシャ、オレがいうタイプの女というのは………」
「あっ!私、メイド長から買い出しを頼まれていました!!坊っちゃま、話の続きは帰ってきた後でお願いします!」
そう言い残して、私は全力で走って坊っちゃまの部屋を出て行った。
「あら、遅かったわね」
坊っちゃまの部屋を出て待ち合わせの場所に行くと、私によく似た女が待ち構えていた。
「もー、坊っちゃまがガチで口説きにきまして。あと少しで告白されるところでしたよ」
「よかったじゃない。相思相愛なんでしょ?」
「そうですけど……」
そっくりな女二人が話し合っているこの状況、周囲にはどう見えているのか。
きっと、双子や姉妹にしか見えないのだろう。だけど、私たちに血の繋がりはない。
「顔も体も弄ってまで坊っちゃまの側にいるんです。これ以上は望みませんよ」
「アンタが私になって十年だものね」
「その話はやめましょうよ」
「嫌よ」
面白おかしそうに女は笑う。
「だって、エドワードに一目惚れしたからって家柄もそれまでの功績も全部投げ捨てて私になりたいなんて言った人間がしおらしいのだもの」
私は、リーシャになる前はそれなりの貴族令嬢で自分より身分の低い者をいたぶるのが趣味だった。
男はみんな、私に従順だった。そんな時に数十年に一度の輝きを持った美しい少年に出会った。
だけど、少年は私に見向きもしなかった。
少年が熱っぽく見ていたのは私と同い年のメイドだったから。
私は嫉妬した。
この女がいなければ、少年を私の物に出来たのに。
『彼が欲しいなら代わります?ワガママな子供の相手は疲れたので』
持ち得る私財や怪しげな魔術師を使って死より苦しい儀式を経て私は彼女になった。
『本当にやるなんて驚いた。いいでしょう、これが私の日記です』
彼女の今までの人生を演じきり、ありもしない幼少期を刷り込んだ。最早、催眠や洗脳に近い。
リーシャになる前のことは今ではよく思い出せない。
リーシャとして赤子の坊っちゃまを抱いたことは鮮明に覚えている。
ようは、そういう人間だった。
「私は嫌々だったのにアンタはドンドン成長していって……胸なんか私より大きいんじゃないの?」
「そこは誤算でしたけど、坊っちゃまは大きな方が好きって言ってくれますから問題ないです」
「あのガキもそういう年頃ね。……そうそう、今回の分を頂戴」
女が手を出して来た。
私は懐から金貨の入った小袋を取り出して渡す。
「毎度あり。しかし律儀よね。毎回こうやって成り代わり料をくれるなんて。私だったら邪魔だから殺すのに」
「だって、坊っちゃまが好きなリーシャは貴女だったんですから、貴女がいなくなったら私は誰を目指せばいいんですか?」
「………いい感じに狂ってるわね」
「殺されるかもと言いながら毎回お金を受け取りにくる貴女程じゃありませんよ」
「それもそうね」
私たちは狂っている。それはとっくの昔にわかっていることじゃないか。
私は坊っちゃまのために。
彼女はお金のために。
自分の人生を捨てたのだから。
「これは私の働いてる娼館で聞いた話だけれど、近々王太子様が婚約をなさるみたいなのよ」
「それは喜ばしいことですね」
「相手は前にエドワードがフッた貴族令嬢でね。将来的に女王になったらエドワードを左遷して家に圧力をかけるつもりらしいわよ」
「坊っちゃまったら罪なお方。王太子様も充分なイケメンなのに……」
「顔だけはいいからね。で?アンタはどうするの?」
「どうもなにもないですわ。私は今まで通り行動するだけです」
坊っちゃまを脅かすのであれば容赦はない。
私の太陽に手を伸ばすのであれば翼を捥ぐ。
たとえ国を相手にしようと私は私の守りたいもののために命を捧げるだけだ。
「アンタ、悪い顔してる」
「同じ顔を貴女もされてますよ?」
彼女も人の事を言えない。だって、そんな情報を私に与えればどうなるかは重々承知しているはずなのだから。
坊っちゃまは知らない。お見合いの後に令嬢たちが一切近寄ってこない理由があることを。
「私が潜入して相手の近親者を墜とす」
「私がその情報を握って脅す」
「「リーシャがいれば坊っちゃまに不幸はこない」」
そう、それでいい。
いずれは坊っちゃまも家を継ぐために子を作らなくてはならない。その時は私が母になろう。
妻はいらない。伴侶はいらない。ただの道具として私を使ってくれればいい。
あら、でも私だと正常な子供が作れるかわからない。
なら、リーシャに任せよう。彼女は私だから。
「それじゃあ、またねリーシャ」
「えぇ、バイバイ私」
逆の方向へと足を進める私。
今から買い出しをしなくてはならない。
今日は坊っちゃまの好きなお菓子を買って帰ろう。私と一緒によく食べていた子供の頃の思い出のお菓子を。
「はぁ、やっぱり言えなかった。まったく、リーシャの奴……。アイツに告白できるのはいつになるやら」
そう呟きながら、オレは子供の頃に撮った金髪の少女と黒髪のメイド、そして自分が写った写真を撫でた。
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『転生したらモブキャラだったので推しキャラCPを幸せにして眺めたいです!』という連載もやってます。