歴史の闇に葬られた日本の昔話
時の権力者、もしくはその時代の民衆によってあえて、これは伝承してはいけない・・しないほうがいい
として、闇に葬り去られてしまった日本の昔話という設定です。
自分でもタイトル・コピーはまあまあだと自負しているのですが、いかんせん内容が伴いません。
でも、かりにこんな話が実在したとしても、おそらくは霧消してしまっていたことでしょうから、倉本保志は本当のことを書いているのだと思います。能書きはこのくらいにしてはじめたいとおもいます。
短いものなのでぜひお読みください。
歴史の闇に葬られた日本の昔話
その1
天狗のみやげ物
むかし、むかしのことでございます。
平安朝末期 まだ平家が都で、諸事にはばを利かせているころのことでございましょうか。
その、平安京の都から北東の方角にある、およそ貴船神社近くの、山間の小さな村でのお話です。
ここは山中渓谷の流れが清らかで、四季折々の景観の美しい、とても静かなよい村なのですが、村人にとって一つ困ったことがありました。近くの山に棲むという天狗が、時折表れては大きな音を出し、あるいは大風を吹かせて悪戯をして、村人を困らせているのです。
村人は、当時の、その土地の領地(荘園)を多く抱えるいわば権力者、貴船神社の神官に相談するも、「まことに、こればかりは、人威の及ぶに至らず」と、一笑に伏される始末で、どうすることもできず、村人は、もはや天災と諦め、毎年の新嘗祭には、天狗への貢物(農作物)のほかに若い娘を差し出し、文字通り色を付けた格好で、なんとかこれ以上物事が悪くならぬように、精一杯の施しを行っていました。
ある年の秋のこと、またそのお祭りが近付いて参ります。村人は寄り合いによって、今年の貢物のこと、人身御供となる家の娘などをくじ引きで決め、仕方なくその準備に勤しんでいるのでした。
そんな中、ひとりの恰幅の良い、虚無僧風情の男が一人、旅人としてこの地を訪れました。
男は、村の中の一軒の家にいとまを乞い、わずかな馳走などの施しを受けたことに感謝の意を払っていましたが、祭りだというのに、なにやら 村人の様子が物憂いのに気づいて・・・
「このたびは、このような汚き風情の拙僧を、こころよくお迎え、お計らい頂き、まことに有り難く存じます。さて、お聞きしたところ、明日はこの村の祭りとのこと、なにか、拙僧に力添えできることがあれば、こころよくお引き受けしたいと存ずるが、如何なものか?」
宿を貸した村人は、莞爾たるその男の顔を、生気なく、暫くながめていましたが、そのあまりの清しい様子に絆されて、ぽつりと呟きました。
「あの、お坊様・・・ひとつお願いが・・・その・・・」
「ほう、願いとな、まあ、私にできることなら力になりたいが・・・申してみよ」
そう言って男は、村人から、山に棲む天狗の話を滞りなく聞きだしますと・・・
「そうか、それはさぞお困りであろう、拙者に妙案がある故、お任せ下さい」
そう言うと、その男はまた別の村人の一人にすぐさま、風呂に入れてもらい、 着物を借りて、女子の出で立ちになると、我が身を、お供えの供物と一緒に天狗の棲むという、山の古い洞窟のまえに運ばせたのでした。
明日、祭りの日がやってきました。
村人は太鼓や笛を鳴らして、賑わいを見せています。古くからの習わしで、近くの村の住民たちも、挙って集まっていたのに加え、貴船の参道には市が立ち、都からの参詣客も集まって来たために、一層活気づいているようです。
「お坊さん・・大丈夫だっけか・・?」
はじめは、村人も、気にかけていましたが、祭りの酒も回り、すっかり出来あがってしまったため、男のことは、そのうちすっかり忘れてしまっていました。
さて、肝心のその男は・・・というと、恰幅の良い身体にきつめの着物を纏っているせいか、袖や裾ははみ出して、それでも、なんとか本物の女子に見せかけようと、貢物と一緒に洞窟の前で、身をかがめて小さく蹲っていました。
しばらくして、どこからか、ごおおおおっ というつむじ風が吹いたかと思うと、ドスンという割れんばかりの地響きとともに、大きな天狗が表れました。
「ほほおっ、村人めら、今年も、ちゃんと施しを忘れておらんようだ、 感心なことじゃ」
そういって天狗は、男の化けた女子に顔を近づけると、声色を変えてこう言いました。
「これ、娘や、そんなに怖がることはない、わしは、なにもそなたを取って食おうというわけではないのだ。そんなに怖がらずにこっちに顔を見せてくれないか」
「・・・・・」
男は俯いたまま、わざと震える仕草をして見せると・・・天狗はにやりとして・・・
「ふふん、愛いやつじゃ、まあ、女子はそうでないと興が冷めるがのう、わはははは」
大きな笑い声が、山にこだました。天狗はひどく機嫌がよいみたいです。
「・・・・あのう・・・・これ、」
男は懐から、印籠を取り出すと、俯いたまま脇の下から少しだけ手を覗かせて、天狗に差し出すと・・・・
「んん、なんじゃ・・これは・・?」
天狗は、手から印籠を取ると、中から、黒い、薬丸を取り出します。
「それは、つまり、強壮剤でございます。村のものが、天狗さまにお飲みいただくようにと授かって参りました。なんでも・・・」
「なんでも・・・?」
「到すお力が、100倍になるとか・・・・」
天狗は赤い鼻を、一層赤くして喜ぶと、またニヤついた顔でこういいました。
「ほほう、100倍とな、まあ、薬に頼らずとも、わしは元気だがな、うわっはははは」
先ほどよりさらに大きな笑い声が、山に響き渡ってまいります。
「天狗さま、そういわずに、村人たちからの心使いをお受け取り下さいませ・・」
薬を飲まずにいられてはたまらぬと、男は色っぽい声をだして、天狗にそれを勧めました。
「そうか、そなたがそう言うのなら、飲まぬでもない、どうれ、一口に・・・」
そういって天狗は薬丸をつまみ、ぽうんと一粒呑みこんだのです。
「まだ少し早いが、どうじゃな、効き目を試す意味でも・・?」
そう言って天狗は女子(男)の腕をぐいと掴むと、そのまま大きな杉の上に飛び移ろうと飛びあがると、その直後のこと・・・・
ぐぎゅるるるりりいい、ぐるるるりいい・・・
大きな音が天狗の下腹からしたかと思うと、
いきなり ブピピピイイと勢いよく辺りに糞をぶちまけてしまいました。周囲にただならぬ臭いが立ち込めています。
「まあ、天狗様ったら、なんともハシタナイこと・・・」
そういって男は手で顔を隠しながら、わざと大きな声を出して言いました。
「あああ、なんというこじゃ、森羅万象を司る、大天狗のわしとしたことが・・・」
「人間の・・・それも、女子の前で、わあああっ・・・」
天狗はそう言って、頭を抱えて叫ぶや否や、ドオオンという大きな音にまぎれてたちまちにどこかへ消えてしまったのです。
その夜、男は、村へ帰り、そのことをつぶさに村人に話しました。
村人は最初、天狗の仕返し、祟りが起きないかと大層心配しましたが、男に説得されて、しばらく様子をみることにしました。
天狗が、腹を下している音は、ピーピーゴロゴロ、まるで雷のような音で、およそひと月ほども続いたでしょうか・・? 京の都では、落ちない雷さまは、臭いがキツイ・・?という、なにやら訳の分からぬ都市伝説が噂に広がり、流行の歌になるほどでした。
ひとの噂も七十五日・・・・ちょうど、噂の治まる頃合いを見計らって、男は、再び洞窟の前で、天狗の現れるのを待っていると・・・・
ごおおっ というつむじ風とともに、 天狗は再び、男の元に表れたのでした。
[効き目はどうだい、わしのマンキン丹・・・]男はしたり顔で天狗に言ってのけると
「きさま、この、わしに何を呑ませた・・・」
天狗は酷く怒っている様子でしたが、まるで生気が失せていて、自慢の神通力も一切が霧消していたのか、その声も力無いものでありました。
「わたしのフグリ、つまり金たまの垢を寄せて拵えたものだ。」
「キ・・・金たまの・・・ があああっ、そんなものを、大天狗のわしに、呑ませたというのか」
「いかにも」
男はそういって大げさに頷いてみせます。
「おのれ、八裂きにして・・・ああっ・・・ くううう・・・・」
ぶすううう・・・ぴいいい、 天狗の糞の、ぶちまけがまた始まりました。どういうわけか、一度始まると、これがなかなか治まらないようでした。天狗は、精魂尽きた様子で、とうとう、男に力無く願い出ることにしました。
「頼む、おい、なんとか腹を収める薬をくれ」
「・・・・・」
男はすぐには返事をしません。
「頼む、このとおりだ、望みは叶えてやる、頼む・・・」
「うむ、では 一つだけ条件があるが聞き入れてくれるか?」
男は静かに天狗に言いました。
「聞く、・・・・・なんでも聞くからなんなりと申せ・・・」
天狗は、泣きっ面になりながら、絞るように声をだして言いました。
「ならば、今後一切、村人を困らせることをせぬと約束するか?」
「困らせる・・・?」
「はて、わしは村人たちを困らせることをした覚えはないが・・?」
天狗の返答に、男はすこし呆れたようで言いました。
「ふうむ、これはなんとも、呆れたものの言いようじゃ」
「それ、そなたの容姿同様、なにかと大袈裟な立ち居振る舞いが、結局はここの人間、村人を苦しめておる元凶なのだ。」
男は言葉を続けます。
「なあ、天狗様よ、どうかこの山から退去しては頂けぬか、そのかわり、お主をこの地の鎮守として崇め奉り、天狗の村祭りを、村人たちは、末永く伝承することを約束するが・・・どうじゃ?」
「・・・・・・」
「わしに、千年のすみかであるここから出て行けと申すか、この、人間めらが・・」
そう言って天狗は腹に力を入れようとすれば、たちまちに、ぎゅるるるりいとなんとも情けない音を立てて腹を下してしまいます。
ぷぴいいいっ、ぶるりゅりゅりゅりいいい・・・・
天狗はたまらずに、「っくううう」と小さな呻り声をあげたかと思うと
「わかった、わかった、約束する・・・・・」
「まっこと、約束するか・・?」男は少し語気を強めて天狗に迫って言いました。
「武士に・・いや天狗に二言などあるものか、この地を出て行くから・・頼む・・」
ごぎゅるりいい ぶむりゅるりいい・・・
激しい下し音が、天狗の下腹辺りからまだ聞こえて参ります。
天狗は青ざめたまま、下を向いて僅かに震え、身動きができない様子でした。
「相分かった、それでは、この薬丸を一丸飲み込むがよい」
男は丸薬を天狗に1つ差し出して、天狗はそれを勢い良く呑みこむと、どうしたことか
あれほど、悩ませていた腹痛が、うそのように治ってしまったのでした。
「んあっ・・・はあはあ・・・・」
四つん這いで息を切らせていた天狗の顔色が、みるみるうちに正気に満ちていくのが伺えました。
「んふううう、どうやら治まったわい・・・ふうう」
天狗は大きなため息を一つ吐くと、つむじ風とともに颯爽と消えてしまいました。
それからというもの、この村は、天狗が表れることはなくなり、村人は平和に暮らしたのでした。
おしまい
えっ・・? 表題・・?「天狗のみやげ物」ですが、何か・・?
天狗は何をみやげにおいていったのか、ですって・・・・?
それは、その・・・、あまり大きな声で言うのも憚られるものですが、この村の肥沃な土壌とでもいえばよろしいのでしょうか・・・?
なにせひと月余りこの村のあちらこちらに、ぶびりゅい、ぶりいいい・・・とやらかしたもんですから、大根やら、ニンジンやら、白菜やら、お化けのような、大きな農作物が毎年、山ほど 採れたということでございます。
おわり
この作品以外にあと4つほど物語を考えたので、おいおい投稿いたします。天狗の置き土産、どなたか、マンガにしたいと思われる方がいれば、私め、倉本保志までご一報くださいませ、いかがですか?