99 セシルが役に立ちました?ーpart2?
「君がグランゼウス伯爵の掌中の珠だね。初めまして。そして御婚約おめでとう」
明るい、ハツラツとした声だ。
「初めまして。このような高い場所から申し訳ありません、殿下」
意地が悪いとも思いながら、ガードナー殿下の臣下という立場ではないことを思い知らせる。彼は皇帝陛下の婚約者とはそんなに威張りくさるものなのか?と思ってることだろう。でもそもそもの立ち位置が違う。
私は聖獣ルーダリルフェナ、そして聖獣ミユの契約者。市井の民はさておき、権力者に対してへりくだる態度はルーとミユの尊厳を蔑ろにするに等しい。私達はヒトの世界で誰の上でも下でもない。別格。
「いや……美しい。美しい上に強いとは!このような我が国の宝を持ち去った皇帝陛下に文句を言ってもよろしいですか?」
「お口がお上手ですこと、このような格好をした私、女になど見えませんでしょう?」
殿下はピンクのフワフワがお好みでしょう?
「何を!セレフィオーネ様の強さと合体した美しさこそが究極の美!ぐえっ」
素早く立ち直ってしまったセシルがウザいので、セシルの側までツカツカ歩き、人差し指で彼の額を押す。新作魔法〈金縛り〉。脳に手足を動かす命令を出させない魔法。ルーがケーキを『待て』できないために作った。直接対象に触れないと使えないのであまり活躍チャンスがない。
「う、動かない〜‼︎」
だからなぜ喜ぶ!口も動かないように改善要だな。
セシルのことは玉座に向かって小さな声で騎士学校の同級生のど変態だと説明した。ギレンとアスとリグイドが揃って微妙な顔をした。騎士学校、変態の集まりじゃないからねっ!
「セレフィオーネは私が貴国に留学した際に見初めた。我が身の幸運を身にしみている。これほど才気に溢れる姫は何処にもいない」
「いかにもいかにも、我らの至高の姫君に誰も婚約者がいなかったとは奇跡でしたなあ」
言外にお前に文句を言われる筋合いはないと言ってる。甘い顔すると、武力を差し出せとかバカなこと言いだしかねないからね。リグイドに至っては聖獣持ちを逃すなんてお前ら馬鹿だろ?と副音声が流れてる。
「しかし、随分とジュドールに帰っていないのだろう?伯爵に会いたいのでは?どうだい、一緒に一度戻っては?里帰りだ」
「……もちろん、父に会いたくてたまりません。ですが、私、ジュドールで殺されかけましたのよ?もう恐ろしくて……私を襲った相手がいる間は戻れませんわ。今のジュドールは本当に恐ろしい。私、これ以上諍いに巻き込まれたくありませんの。父はきっと会いに来てくれますわ」
私と帰って何のアピールがしたいのやら。悲劇の女子生徒の帰還の立役者?グランゼウスに恩を売る?連れ帰りたいのであればシュナイダーを自力で何とかしてみろコラァ!
「いや、そう言わずに是非とも里帰りを。私があなたをお守りし、エスコート致します。ジュドールでもガレの皇妃誕生のパーティーをさせておくれ」
「「「『『ハハハハハ!』』」」」
乾いた笑いが重なった。誰と誰と誰よ!セシル、あんたは笑っちゃダメだろ?
殿下……私を守れると本気で思ってるの?一周回って面白いんだけど。
そして……サラッと私の地雷踏んだから、今。
「私をエスコート?」
ダメだ。止まらない。殺気が吹き出す。私をエスコート?今になって?あんだけ……ほったらかしてたくせに?
ルーがのそりと立ち上がり、私の膝に頭を擦り付け宥めてくる。
ガードナー王子がどさっと尻餅をついた。慌てたセシル以外の家臣が殿下に駆け寄る。セシルは……動きが拘束されたまま、キラキラとした目で私を見つめている。まだ乙女か⁉︎
「王子殿下は私ではなく……別の方をエスコートすべきでしょう?」
殿下は慌てて体勢を戻し、再び膝をつく。
「別の?……しかし彼女は……兄上の元に行ってしまった……」
こうなってもなおマリベルなの?
イザベラさん……。
私は歯をくいしばる。
鑑定!
青く光る。
ガードナー・ジュドール (ジュドール王国第2王子)
状態 : 良好、
スキル : 火魔法、水魔法、風魔法、土魔法
青!悪意のないのが尚更頭にくる。
状態異常は無しか。術は解けてて単に失恋状態?そもそもマリベルの魅了?は載らないのかもしれない。
「ガードナー王子、私、他の女性を思っている男性にエスコートされるなんて我慢なりませんの」
「いや、もういいんだ。私はもう思い人などいない。是非あなたをエスコートさせてくれ」
「……私、ずっと不思議に思ってましたの。マリベルのどこがお好きでしたの?あら、驚くことないでしょう?私だって目と耳がありますもの。噂くらい聞こえますわ」
殿下に向かって随分不敬なことを聞く。だけど私の殺気に気圧されて、素直に答えるしかない。
「私は……彼女の……可愛らしさと……女の子らしいワガママなところと……私を肯定してくれるところと……争いを好まぬところと……」
「まあ素敵!私にはどれにも当てはまりませんわ」
「私は……何故君がそれほどまでに怒っているのかわからない。」
「私があなたにエスコートされない理由は二つ。あなたの今話した全て、為政者として必要な資質でしょうか?私には真逆に思えます」
「為政者になるのは私だ!私が彼女を守ればいい!」
「私より、弱いのに?」
「何を!っぐっ……」
圧をかけてやる。
「殿下はマリベルが戻ってきたら、またマリベルに惚けるのですか?こんなに弱いのに」
「…………」
「殿下はジュドールにどのような未来を思い描いてらっしゃるのですか?」
「…………」
「私と殿下、あまりに相入れませんわ。それと、もう一つ」
「…………」
「私、イザベラ様が大好きですの」
「イザベラ?」
「婚約者を蔑ろにし人として最低の敬意も払えない男など、女性の敵でしょう?」
「あ……」
「皇帝陛下、ガードナー殿下、発言をお許しください」
お、セシル、どした?突然の参入に私の怒りが逸れる。
「殿下、セレフィオーネ様は学生時代より、大変殿下のご様子を気にかけておいででした」
「「「『『えっ!』』」」」
ギレンはじめ皆が私を一斉に見る。私は手と首を必死に振って否定する。
「時勢が予断を許さぬ中、殿下は剣も杖も握りもせず、あのようにマリベル嬢と呑気にお茶ばかりしていて大丈夫なのか?本人が努力する姿勢を見せねば下のものはついてこないのに……殿下は私の鍛えたセシルより強いのか?と。私は否と答えました。殿下がセレフィオーネ様に日々鍛えられている私にかなうわけありません」
「はあ?」
言ってねえし!鍛えてねえし!私は目をますます見開いて、ブンブン首を振る。
「やがて、セレフィオーネ様はマーカス商会でイザベラ様と知り合われました。正体を明かさぬままイザベラ様の王妃教育の様子を聞き励まされ、そっと冒険者として血を流して稼いだ私財を使ってイザベラ様に美しいドレスを作られました。本来ならドレスは婚約者が贈るのが慣例。殿下の体面のために、代わりに仕立て、そっとお二人の立場を守られた」
「まさか……セレフィオーネ嬢……」
「違い、違います!」
デザインしただけだし!お金キッチリマーカスが侯爵家から受け取ってるし!え、受け取ってないの?まさか私のツケ?いやーん!
「奥ゆかしいですなあ。我らの皇妃殿下は」
リグイドー!テキトーな相づち止めろー!目が笑ってるぜー!
「そして信頼する私に尋ねられました。王妃に相応しいのはマリベル嬢イザベラ嬢どちらだと?私は勤勉で貞淑なイザベラ嬢です、と自信を持って答えました。マリベル嬢は……正直私にも色目を使いましたので。もちろんセレフィオーネ様一筋の私には全く効き目ありませんでしたが。
そしてやはり、シュナイダー殿下に心を移された。悪いお方ではないのですが、多情なお方で……はあ、私の危惧したとおり。
セレフィオーネ様は当時、私の意見に深く頷いて、顔を背け、覚悟を決めましょう……というようなことを小さく呟かれました。国が割れることをあの頃から予見されていたのです!」
『……かかと落とし手前の会話か⁉︎……こいつの変態……もとい変換能力、もはやあっぱれだな……』
私とルーは開いた口が塞がらない。
「そして、自ら傷を負いながらも国を思い、自らが争いの種になることを懸念し、ひっそりと国の外から我が国を、そして殿下を案じておられるのです。ただただジュドールの、殿下の御代の平安を祈って!国外から見守るしかないセレフィオーネ様のお気持ちをお察しください‼︎」
……セシルの壮大な妄想スペクタクルが幕をとじた
王子よ、たった四人の従者に何故こんなトンデモ変態混ぜ入れた!
ガレ皇宮、謁見の間は困惑に包まれた。
ポタリ、ポタリ。小さな雫の音を耳が拾う。
ガードナー殿下の下の床が、濡れていた。
「ガ、ガードナー殿下⁉︎」
なっ泣いてるじゃん!
「私は……恥ずかしいよ……」
「え?」
「君が国の行く末を案じ、技を鍛え、傷つき、心悩ませていた時に、私は能天気に恋の駆け引きをしていたんだね。学生の身分の時くらいいいだろ?っと甘えて……」
恋の駆け引きしてたんだ……
ガレのみなさん、全員白目。
「君のいう、ジュドールのこれからの未来、なんとなく、自分が王になれば自然と周りが盛り立てて幸せになるもんだと、考えていた。イザベラが勉強するのも当たり前だと……」
プラス思考だね。羨ましい。
「兄が欲しがった君の力、手に入れようとやってきた。実を言うと君がどの程度の強さかも、理解していなかった。君とガレが味方になってくれれば王になれると母が押した。でも、私が王になったとしてどんな国に導くことができるのか?考えたこともない……」
王になりましたとさ、めでたしめでたし、の世界の住人だったんだ。転生仲間?
「君は兄に深手を負わされ、私に利用されようとしていると知った上で、まだジュドールを心配して、私に敢えて厳しい言葉で苦言を……警告をしてくれたんだね……」
「そうだったのか……故郷のために、敢えて耳に痛いことを……心を鬼にして……」
おーいアーサー!違うからねー!
何この素直ちゃん達!何故セシルもらい泣きしてる!
「今一度、国に戻り、我が国の行く末を考え、己を磨くことにする。兄の考えを聞き、相容れない場合は……戦うしかないが……その時はご助力願えるだろうか?」
ああ……なんだかとっても反省してる。前世から真っ直ぐな人だった。優しくて、腹芸などできず、正しいと思ったら一直線。前世はお優しいマリベルのお優しい方針が胸を打ち、それ以外は認められなかったのだろう。
……ようやくギレンが重い口を開けた。
「我々が貴国の戦に介入して何の得がある?利のない争いに首を突っ込む君主などいない。民をいたずらに苦しめるのみ。殿下も民という大義のもと……慎重に動かれることをお勧めする」
「皇帝陛下のお言葉、しかと胸に刻みました」
「そして、セレフィオーネのエスコートは生涯私だけだ。私は今、多忙を極める。故にセレフィオーネもジュドールには行けない。ああ、姫およびガレに火の粉が飛んできた場合は速やかに侵攻し制圧するが。理解したか?」
「はい」
◇◇◇
ガードナー王子一行が下がり、ガレサイドは謁見の間の並びの個室で小休止。
「なんか……途中からパラレルワールドに迷い込んだ気分だったわ」
私はグッタリと机に突っぷす。
『ぱられる?セレ……お前は本当におかしな人間を吸い寄せる』
ルーが肉球で私の頭をよしよしと撫でる。
「ジュドール、どうなるかな?」
「陛下が上手いこと煽りました。慎重に、でも間違いなく、動け、ですな。お人好しのガードナー殿下は話し合いに赴かれ、近々小競り合いが始まるでしょう。ははは!」
リグイドは優雅に足を組み、お茶を美味しそうに飲んだ。
「傀儡だった殿下を正義感に目覚めさせちゃったから?」
『シュナイダーにあるのは私怨。大義はない。国を良くしたいという漠然とした理想を持ってしまったガードナーは戦いを受けてたつだろう。大義のために』
アスがニッコリと笑う。
私、随分と今日の面会、かき回しちゃったけど、これで良かったのかな?
既に次の仕事の書類らしきものを読みふけるギレンをそっと伺う。
ギレンは私の視線に気がつくと、小さく頷いた。
とりあえず、お兄様とトランドルに連絡しよう。
山が動く。
そして変態も動いたと。
「いやージュドールとは素晴らしい天然の人材の産地ですな!一生分笑わせていただきました!馬鹿とハサミは使いようとはまさにこのこと!ハッハッハ!」
リグイドに返す言葉が見つからない。泣いちゃいそう!
記念すべき99話目なのに、変態回なんて……泣いちゃいそう!
どこでも切りようがなくて、今回は二話分のボリュームです。長くてすいません。
週末更新予定です。




