98 ガードナー殿下と会いました
ガードナー殿下がガレに入国した。
多くの腰巾着を連れて大名行列でやってきそうな勢いだったので、ガレの外交担当者が殿下含め五名までと指定した。己の身くらい守れる自信があるからこそ、ガレに来るんだろ?ってなことを言ったらしい。
派手にガレとの親密ぶりをアピールしたかっただろうに、残念なことだ。
ガードナー殿下、ギレンとキチンと話せるのだろうか?
前世のよしみでちょっと心配してみる。
くぐり抜けてきた修羅場が違う。たった一人で戦ってきたギレンと、王妃様のスカートに隠れ、イエスマンに囲まれて育ったガードナー殿下。
マリベルが去ったことで、少しは成長したのだろうか。それとも未だ〈術〉に魅了されたままだろうか。
マリベルの〈術〉についてはギレンとアスに改めて説明した。
『面白いな。我々すら自在にできる力を見ることができるのか?』
「いっそ、べったりかかっている状態を見てみたい」
『おまえら!あの状態になったことがないからそんな能天気なこと言えるんだ!』
ルーが牙を剥く。ここは私もルーに一票だ。
「ホントに……つらいんだよ」
『セレ、案ずるな。今回は元凶がいないのだ』
「セレ、俺を信じろ」
信じるよ。そう決めたもの。でも信じたからって不安にならないわけじゃない。
◇◇◇
ガードナー王子との謁見の前、ギレンの私室で待機する私をギレン自ら迎えに来た。
私は先日ギレンに仕立ててもらった、動きやすく仕込みやすい黒のパンツに白シャツ。アニキの普段着とほぼ同じ。ガードナー殿下の前でドレスを着たくないというとアッサリ了承してくれた。髪はようやく結べる長さになったためポニーテール。おばあさまの髪飾りで留めている。
完全武装。私はそういう心構えでこの日を迎える。
ギレンは正装の黒い軍服にマント姿。一応ガードナー殿下、国の代表だからね。
もう刻限なのだろうと私が立ち上がろうとすると、ギレンが正面から私の両脇の肘掛けに手をつき、私を囲い込んで、上から……キスをした。
「あ……」
別の緊張に変わる。心臓が高鳴り力が抜ける。陶酔していく頭の片隅がドンドンとギレンの魔力が流れ込むのを気にしている。どうしたの?多い。溢れる。私の魔力が覆われ尽くす。ギレンの苦しい想いが混じってる。
ギレンに……染まる。
ギレンが身を離したとき、私は息も絶え絶えで、背もたれにグッタリ寄りかかった。
「……どうして?」
ギレンが苦笑した。
「マーキングだ」
マーキング?アスが前に言ってた……
「かつて、王子を好きだったのだろう?」
思いもよらないことを指摘され、目を見開く。
「……別の世の……話だわ」
私が俯くとギレンが私の顎に軽く手をやり、視線を合わせる。
「例え王子が改心し、見間違えるほどの英傑になっていようとも、俺はセレを手放しはしない」
まさか……
「セレは俺のものだ。王子になど渡さない。セレが心変わりしようとも」
私が……再び王子を愛する可能性があると思ったの?
……ないよない。それだけは。
私を裏切り殺した男を再び愛するほど、お人好しではない。
それに今世の私は、ギレンの滅多に言葉にしない、わかりにくい愛に、どっぷり浸かっているのだから。
「ギレン、腰が抜けて動けない。こっち来て」
ギレンに顔を近づけてもらうと頰にチュっとキスをした。
痛いの痛いの飛んでいけ。ギレンの心の痛みはシュナイダーの馬鹿に飛んでいけ!
「セレ」
ギレンは少し困った?顔をした。そしてもう一度、私の唇にそっとキスを落とした。もうコーヒー味お腹いっぱい。
素早く縦抱きに抱えられる。
「では、行くぞ」
え……ヤバイ……歩けん……
◇◇◇
「ほほー、仲のおよろしいことで!」
リグイドーぉ!
「サカキさん、お願い!腰抜かしてるの!椅子持ってきて!陛下の膝の上なんて無理!陛下の一段下に!」
「姫様……何やってんだ……」
みんなー!残念な子みたいに見るのやめてえー!
「セレは私の横でいい」
「いかーん!小娘が皇帝の横とかありえんでしょー!」
「さあーて、いい具合に場もリラックスできたところで、馬鹿王子、呼びますか?」
私も……うまい具合に……脱力しました……
ルーがピョンっと私の肩に飛び乗る。私の頰をペロリと舐める。
もう……どうにでもなれ……
衛兵が観音開きのドアが開け放ち、王子を先頭に御一行が入室した。玉座の手前で跪く。
ギレンは国家元首。ガードナー王子はまだ王位継承者ですらない。格が違う。
肩に燦然と輝くアスを乗せたギレン。
その下の右脇に宰相リグイドが立ち、左脇に私が腰掛け、私の足元にはルーが寝そべる。
「面を上げよ」
ギレンの言葉を皮切りにガードナー殿下がスラスラと口上を述べはじめた。
今世、初めて近くで顔を合わせたガードナー王子は、かつてのまま、金髪碧眼、華やかな顔立ちのキラキラしたザ・王子だった。鼻筋がシュナイダー殿下に似てる。少しやつれて見えるのは、失恋のせい?王妃様に怒られちゃったから?
ダメだ……ガードナー王子、ギレンしか見ていない。
顔を上げた瞬間、アスとルーが見えたはずだ。見えるなら。特にアスは幻術なしだ。
王族として、遺伝で一般的魔力量の三倍は保有しているガードナー殿下。それだけのものがありながら、見えないとは……やはり怠慢だ。殿下の四分の一にも満たない保有量のマツキが鍛錬の末見えてるんだぞ!自分の魔力と国民に謝れ!
よかった、思ったより、心が軋まない。【野ばキミ】仲間との遭遇は不意打ちではなくて心の準備があれば動揺しないで済むようだ。向こうも私に全く注意を払わない。他人の立ち位置。バンザイ!
ん……なんかでも、王子以外からネットリする視線を感じるな……王子の従者?右のデカイ方、若草色の頭を下げてるけどチラチラと私を見てるよね……って若草色お!!!
ガクッと肘が肘掛けから滑った。
「セレ?」
ギレンが私に視線を流し、私の視線の先を見やる。
「知り合いか?」
知り合い……だな……
顔を上げたセシルは涙と鼻水でぐしょぐしょだった。
「ぜ、ぜれぴおーで、さまあーーー!!!」
ウソ!立ち上がって駆け寄ってきた!皇帝陛下の御前で!ガレ史上前代未聞!
「う、うわあー!」
パンチすると、手に鼻水ついちゃう!慌てて私は抜けた腰を叱咤して立ち上がり、セシルの左頬に左脚の裏まわしをかけた!手加減?無理!気持ち悪すぎ!
シュンッ!ドカーン!
シーーーン…………
左の壁に吹っ飛ばされてぶち当たったセシルは……涙を垂れ流しながら……笑みを浮かべた。ウットリと!
「ああ……ようやくセレフィオーネ様の蹴り……我が人生に悔いなし……」
シーーーン…………
「……セレ、あの者は?」
珍しくギレンの声に戸惑いが滲む。
『ど変態だ』
ルーが代わりに答えてくれました、マル。




