96 手紙をせっせと書きました
その夜、アニキとギレンは見た目は何も変わらないけれど互いにゴッソリ魔力を失って戻ってきた。ギレンとアスは皇宮に戻り、アニキは宵宮に一晩泊まることになった。
アニキの首にかかる瑠璃のお守りにおまじないパワーを充填する。この2年でミユとアスとギレンの魔力がミックスされて、多分おまじない能力も向上してるから。〈平常心〉〈幸運〉を重ねがけした上に〈ステキな家族と家内安全〉をプラス。私とルーの平穏のためだけに、全ての労力を使ってきたアニキ。いつかアニキにも大好きなグランゼウス領で幸せな家庭を持ってほしい。
って、自分が婚約したからって上から目線みたいなこと考えてしまった。アニキは自分でなんとかすっか!?
余計なお世話だったかな?
「このネックレスをしていると、セレフィオーネがいつも一緒にいるようでね。離れている間もこれのおかげで正気が保てた」
〈平常心〉効いたみたい。よかった。
「そうだ!忘れていた!」
アニキがマジックルームからグリーンのピアスを取り出した。それはパパンとアニキの瞳そっくりな、透き通ったエメラルド。
「領地で掘り当てたんだ。陛下のブルーが喜ぶかと思ったけれど、いつかセレフィオーネが父上と私とお揃いの瞳が良かったとしょんぼりした姿が目に焼き付いていてね。私からの婚約祝いだよ?」
綺麗……涙が滲む。
「お兄様……付けて?」
私は髪を後ろに持ち上げる。
「チクっとするよ……。はい、次、……はい、出来た!うん!似合う!」
少し血が流れたのかルーが舐めとる。
「セレフィオーネはグランゼウスの娘。ツライこと、苦しいことがあれば、いつでも帰ってくるんだよ」
ピアスには相も変わらずアニキの攻撃的とも言える防御魔法がビンビンにかかっていて私を保護する。ギレンの同様の魔法とケンカせずに混じり合う。シュナイダー殿下との戦闘の失敗を踏まえて、戦闘服ではなくて私が決して外さないものにしてくれたのだ。
耳に触れる。どこにいようと何をしようと私はグランゼウスであるという証。
「お兄様……大好き。ありがとう」
お兄様の首に手を回し抱きついて、お兄様の美しいエメラルドを守る、両のまぶたに愛を込めてキスをした。
この眼がいつまでも澄み輝いて、真実を映しますように。
「ルー様もよろしければどうぞ、これで父と私とセレフィオーネと4人家族、昔のようにお揃いです」
お兄様が特大サイズのエメラルドの首飾りをルーに差し出す。ルーへの特大の敬愛。
にしてもこのデカさ、間違いなく〈幸運〉も効いてるのね。よかった!
『我を縛る首輪ではなく〈お揃い〉か……まあいい。我はもうとっくにグランゼウスを愛してしまった』
ルーは首を下ろし、アニキに首飾りをかけさせた。ルーをうちに縛り付けてるのは……マツキだろっ!って突っ込みたかったけど空気読んでやめた。
エメラルドが私の小さな瑠璃の下に重なり、麗しい白銀の毛の奥からキラキラ輝く。
三人で互いのグリーンを確認しあって、ふふふと笑う。幼き頃、三人で作った新作魔法が上手く発動したときのように。
私はゆっくりくつろぐルーとお兄様の隣でパパンとおばあさまにせっせと手紙を書いた。
「セレフィオーネ、陛下は優しくしてくれる?」
ギレンの優しさはわかりにくい。
「お兄様のほうがずっと優しいです。でもギレンを信頼しています」
「そうか」
お兄様がふんわり笑った。
◇◇◇
グランゼウスがブイブイ押せ押せ状況であることがわかり、お兄様のガレへの入国は変にコソコソするよりも堂々と行ったほうがいいだろう、ということになった。まだ爵位持ちではないし、次期皇妃の兄なのだから。アニキはギレンから直筆のビザを与えられた。もう密入国ヤメテネ。
そして冒険者としての私の母体であるトランドルギルドにガレの首都ガレアギルドより直接連絡を取れるように手配してもらった。ギルドは表向き独立。検閲されない。ガレ側はギレンが保証するし、ジュドールでトランドルギルドに手出しするバカはいない……はず。
「姫君は、トランドルのゴールドなのですか……その黒眼……」
顔合わせで会ったガレアギルドのギルド長はアラフォーの女性だった。名をオリビエさん。魔力を自慢するように垂れ流していたが、私のプレートを見て態度を変えた。アーサーの時も思ったけどガレは強者絶対主義だな。ある意味トランドルと通じる。トランドルは卑怯な手は使わないけどね。リグイドのように。
「トランドルとのホットライン、少々手間ですわ。私にもメリットがありますかしら?」
「えーっと何か希望があるのですか?」
ギレンとの顔つなぎ、とか?
「今からお手合わせくださる?」
出た!脳筋!
付き添いのサカキさんを見ると苦笑して頷いた。
「いいですよ。でもくれぐれも内密にお願いします」
オリビエさんは直径1Mの人間火炎放射器だった。熱い!すぐにミユたん直伝の水魔法を天井からドーム一個分?落とす。以上。
ギルド長はずぶ濡れで、水圧で地面にべったり這いつくばっていた。
「す、すいません、もう少し加減すればよかった!」
オリビエさんがふるふると首を振る。
「流石凶姫のお孫様……まだまだ……高みがあるとわかりました……姫君……最高……ぐほっ!」
やられて喜ぶ変態……人生二人目だ。高確率過ぎる。
その場でガレアのプラチナプレートを発行された。トランドルのプラチナが必要なのであって、断ろうと思ったけど、それはそれでガレアギルドの体面を傷つける。まあいいや。私はゴールドの間、ギレンのものの隣にプレートを挟み込んだ。金属4枚重い。肩凝る。
もう一枚にはギンギンに魔力を込めた。
「はい」
「そうか」
私の強めの魔法発動を察知してかけつけた過保護なギレンに差し出す。
ギレンは私のプレートを自分のものと重ねた。ギレンの胸に元どおりのようにプラチナプレート二枚、そして瑠璃が光っている。
「ブホッ!」
オリビエギルド長が鼻血噴いた。どして?
とにかくこれで、グランゼウスとトランドルとエリス姉さん、三方向に連絡手段をゲットした。
◇◇◇
『愛するセレフィオーネ、
ラルーザから元気な様子を聞き、心からホッとしている。ますます美しくなったと聞いた。早く会いたい。
そして婚約おめでとう。父親として、相談にのれなかったこと、反対するタイミングもなかったこと、一連の大仕事を支えられなかったこと、残念でたまらないけれど。
しかし、私はセレフィオーネの選択を全て尊重するし、セレフィオーネの幸せだけを祈っているよ。
さて、セレフィー、君の幸せはどこにある?
来年迎える17歳を、ガレで陛下のそばで静かに過ごせれば安心か?
それとも、それすら邪魔される可能性を考慮し、マリベルを徹底的に叩くか?
それは今となってはシュナイダー王子とも戦うことになるのだけれど。
それ以外はマリベルの力が及ばない世界中をルー様と動きまわるか?しかし何を持って逃げきったと判断できるだろう?
討って出るか?対処法で行くか?何を選択するにしても準備が必要だ。選択次第では先延ばしできない。
ルー様にご相談申し上げて、よく考えてごらん。
では、返事を待っているよ。 父』
私は手紙をそのままルーに渡す。
手紙に添えられていたマツキの最新作、フォンダンショコラ風ケーキをかっこむルーは受け取らない。
『ぬおーー!中がトロリンとしておるとわーー!オレとマツキの失われた時間を返せーー!!!』
だめだこりゃ。私は諦めて、再び手紙を眺める。
消極的じゃ、ダメか……
私は断罪されず、裏切られず、殺されなければ、静かにこの世界の裏方として生きていくだけでいいのに。
戦わなければ、やられるの?
私の手で殺さなければ、安心して生きていけないの?
私のために、お父様やギレンの手を汚すなんて許されるの?
『セレ、アイザックは何と?』
「ルー、顔中チョコまみれのヤツに相談する気分じゃない」
『がーーーーん!』
『セレ、アイザックは何と?』
全身に浄化魔法をかけ、ピッカピカになったルーが仕切り直してきた。私は手紙を渡す。
『セレ……オレはセレが天寿を全うするまで共にいたい。理不尽な攻撃は叩き潰そう。』
「でも、現状まだ何も攻撃うけてないわ」
『殺されかけたのを忘れたか!』
「あれは……」
『セレ、戦争は仕掛けたほうが悪いのでも仕掛けられたほうに義があるわけでもない。結果の勝者と敗者があるだけ。戦う大義名分を求め泥を出来るだけ被らないですむように考えるのは無意味だ』
「私が……いい子ちゃんでいたいって気持ち、ダメなんだ」
『ダメではない。それはセレの優しさで……前世で泥を被り痛みを負ったからこそだ。だが手を血で染めるとしても、前回とは違う』
「何が?」
『前回はセレ一人で血も業も罪も背負った。今回はオレも一緒に背負う』
「ルー……」
『一心同体だ。セレとともに血にまみれ、あの理不尽な力を見極める』
「それが、禁忌でも?」
『手をこまねいて、セレを失ったら、その時オレは失意の中消滅する。それよりマシだ』
私はルーを抱きしめる。顔を埋める。ルーに触れるだけで心が清められる。清涼な空気に混ざるチョコの匂いもクスッと笑えてリラックス効果。
『一番、有効な方法を考えよう。二人でだ』
「二人で……」




