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90 婚約披露しました

「サカキさんって髪結える?」

「……フィオ、スパイに髪結い業務はない」

「アスは?」

『セレ……長く生きてきたが聖獣に髪結いを求められたのは初めてだ』

「困った!」

『セレ!どうしてオレには聞かない?』

「肉球だから」

『ごふっ!』

「おい、フィオ、聖獣様になんと不敬な……」


サカキさんはギレンがいない時は私を今もフィオ呼びだ。そして、この離宮の生活で不自由を感じたのか、必死に魔力操作を修得して、いつの頃からかルーとアスを見ることができるようになっていた。


婚約披露、ギレンに恥をかかさないために、せいぜい着飾らなければならない。ドレスを作る暇もないが、幸いマジックルームにおばあさまの仕立ててくださった袖を通していないドレスが入っている。


ドレスは女の戦闘服、いざという時にと一式持たされた。おばあさまの言うことやること、後になって理解する。ただただ感謝だ。私の成長を見越して裾を簡単に出せるような細工がしてあった。流行に左右されないデザインだけれど、なんせ他国。著しく他と違ったらどうしようと思うが、どうしようもない。強気で着続けるのみ。


化粧も髪結いも特訓されたけど、今の私は髪が短い。肩にようやくつく程度。結うにも編むにも長さが足りない。誰かに頼ろうと思ったけど……誰も頼りにならなかった。


『エリスを呼んだらどうだ?』

「髪結いに聖女呼ぶなんてありえない。そもそもエリスさんも騎士。そういうの不器用だから」

『類友だな?』

「類友です」


『しょうがない』

モフサイズのアスがピカリと光りさっと大きくなった。そして、虹色の尾羽を一枚スッと抜き取る。

『これを後れ毛のまわりに巻きつけよ』


…………畏れ多いわ!!!


「聖獣様の羽なんて国宝レベルだぞ!」

『そうか?日々生え変わるが?』

「アス……有難いんだけど……ほとんどの人に見えないんじゃ?」

『そうか……では……よし、固定した。これで魔力無しでも見えよう』


私は両手でこの世のものならざる幻のような羽を捧げもつ。サカキさんとアイコンタクト。

「フィオ……ここまでしてもらって付けないのも不敬だ。付けちゃいな!悪目立ち間違いなしだがな!」

『我の庇護にあることを知らしめることができ、一石二鳥というもの』


『セレ、オレの毛も付けとけ!』

どこに?お尻?変な対抗心燃やさんでいいから。


はあ、地味な黒髪に……重いわ……





◇◇◇





ガレの首都ガレアの中央にある皇宮の謁見の間の前室に通されて、そこで待つ。会場はガレの有力な貴族で埋め尽くされているだろう。私の出番は最後。完全アウェイの中に飛び込む格好だ。ギレンもあちらの玉座で待っている。


『セレ、塞いでいるな?どうした?』

本来なら、親族の男性にエスコートしてもらい、入場し、ギレンの元に向かうのだ。お父様と一緒に。


この婚約はイレギュラーではあったけれど、当然真剣。婚約披露なんて私の人生でこれが最初で最後だ。もしこの婚約が消えてしまったならば…………私も消えてしまおう。


家族がいないことが……苦しい。しょうがないこととわかってはいるものの。


お父様はこの婚約を許してくれただろうか?おばあさまはギレンに合格点を出しただろうか。






トントンとノックされ、アーサーが入ってきた。アーサーが今から私を親族がわりにエスコートしてくれる。アーサーは侯爵家、アーサーが連れている女に文句を言える立場など少ないのだ。


アーサーは私を一目見てハッと息を飲み立ち止まった。そして視線を彷徨わせたあと意を決して私に向かってやってきた。


「なんというか……元気ないね。どうした?」

前回の無礼な態度はどこに置いてきた?腕相撲マウンティング効果か?

「なんでもありません。ちょっと……ホームシックです」


私は家族を考えていた気分を引きずり、力なく微笑んだ。


「……離宮で不自由しているのか?」

「まさか!皆様に良くして頂いてます。この度は私のエスコートを引き受けてくださりありがとうございます。ご面倒でしょうがご指導くださいませ」


「ああ」

アーサーの差し出した肘にそっと手を添える。


「アーサー様、私の身支度、間違っているところはないでしょうか。ガレの作法を学ぶ機会がなくて」

「いや……問題ない。今日の君に付け入る隙などどこにもないよ。全く、マルシュでも今のようであればオレも……はあ」

「アーサー様?」

「なんでもない。陛下がお待ちだ」



アーサーの軍服は紺、それに礼服ならではの金のモールや勲章がジャラジャラと胸にくっついている。

そして私のおばあさま渾身のドレスは、ルーの瞳の透き通る水色。スカート部分も特に膨らませず、スッキリしたライン。手首、首元、裾にマーカス夫人渾身の繊細な刺繍が紺一色であしらわれ、水色の華やかな明るさを私好みに上手く落ち着かせている。私も16歳。落ち着いたドレスを着ないとね。


「アーサー様、私達お揃いのような色あいですね」

「……それは……マズイかもしれない……」


おばあさまがあれこれ装飾品も持たせてくれたが、結局は首元はプレートのプラチナのチェーンが見えるだけ。そして、アルマちゃんの金の指輪とギレンの婚約指輪のみ。


そして、私の短い髪の毛は無理矢理後ろでまとめ、襟足の部分ごと丁寧にアスの尾羽で隠した。角度によって紅にも碧にも翠にも光る。


この羽の引き立て役でしかない私……。




もう一方の隣にルー、後ろをサカキさんに守られる。


「準備いい?行くよ?」

「お願いします」




◇◇◇




「ジュドール王国、グランゼウス伯爵令嬢セレフィオーネ嬢、御入場!」


場がざわめく。


「……噂に聞く宵闇の妖精……」

「……鬼神トランドルの最終兵器……」

「……どうして、ジュドールごときの小娘が陛下の妃なのよ!」

「……きゃー!アーサー様!そのような下賤なもののエスコートなどおやめになってぇ!」

「…………お、おい、あの髪!まさか我らの霊鳥様の!」



あ、甦る。


前世でもここでたった一人、見世物になって、陛下の前に跪き、臣下に下る誓いを立てた。生粋のガレの軍人達にありとあらゆる罵声を浴びせられながら。


あの時に比べると……どれだけマシか。

だって、ルーがそばにいる。サカキさんも飄々とした風で私に付き添ってくれる。一応アーサーもこのイベントを手伝ってくれてる。


私と玉座までの道が割れる。玉座には気だるげに肘をつきこちらを見据えるギレンと、その肩に燦然と輝くアス。


お父様が一緒でない以上、挨拶も口上も自分で行わなければいけないけれど、令嬢としてどう口火を切ったものやら悩んでた。でも、もういいや。前世、たった一人で頑張ってた自分にリスペクトして、その真似でいこう。


アーサーとともにギレンの目の前まで歩む。アーサーが膝を折ろうとするのを扇子を前に出し止めた。アーサーは驚きで目を丸くし、一歩下がる。周囲がざわめく。ギレンが片眉を上げる。




私は一人、ギレンの足元に騎士の作法で跪く。


「我が名はセレフィオーネ・グランゼウス。我の命が尽きるまで、ギレン皇帝陛下への忠誠を貫き、皇帝陛下の盾となることを誓いましょう。この身が朽ち果てたとしても、霊魂となり、お側でお仕えすることをお許しください。皇帝陛下の御代に幸多からんことを」




言うべきことは言い切った。場が静まり返っているけれど、女の口上じゃなかったから、ビックリさせちゃったってことよね。

偽りない、私の心情だ。私はギレンを裏切らない。観衆を前にしての決意表明。

ギレンが私を守るのと同様に、私だってギレンを守るのだ!




シュン!!!


突如、後方から殺気が当てられ炎を纏った刃物が10本、玉座目掛けて飛んできた。私は瞬時に両手首の袖に仕込んだナイフを抜き、ギレンの前に立ち塞がり全て弾いて、個別に空気を遮断し鎮火させる。水をかけると会場が水浸しになってしまう。









パチ、パチ、パチ、パチ!


「お見事!」

拍手をしながら礼服姿のリグイド宰相がそばにやってきた。


お前か犯人は!?ガクッと肩が落ちる。


「悪趣味」

『全くだ』


私が睨みつけるとリグイドはニコニコ笑い、私の足元に跪いた!

私は声を飲み込む。



「宵闇の姫様のガレへの輿入れ、歓迎いたします。そして、改めまして私めの忠誠、皇帝陛下とこの比類なき姫君に捧げることを誓います」


リグイドの後に……何故か私の傍のサカキさんが続き跪き、頭を垂れる。時をおかずして、アーサーも。リグイドの後ろでも次々と、襟章でみる限り佐官以上の軍人と、バカではなさそうな文官と貴族が膝をついた。


リグイドの手のひらで踊らされた。ガレを一見一枚岩にするのに利用されたようだ。私はハアとため息をついてナイフを戻した。


不意に後ろから腰にギレンの両手がまわった。


「……リグイド、次にセレフィオーネに刃を向けたら殺すぞ」

「御意」


「セレフィオーネ・グランゼウスを我の婚約者と宣言する。今後セレフィオーネを害するものは我を害すと同様とみなす。容赦しない。我が姫よりも覚悟がある女があればこの場で申し出よ」



水をうったような、静けさ。


アスが翼を広げ、ギレンから私の肩に飛び移る。

「「「「「!!!!!」」」」」


()()()人間の衝撃が伝わる。アスの尾羽と私の髪飾りが同一だと気づき凍りつく。


『セレ、男前すぎる。ギレンにも出番残しといてやらぬか?』

「ふんだ。私まんまと嵌められただけじゃん」

『おい、注目浴びてるぞ。わざとだろ?』

『ふふ』




音楽が流れ出した。



ギレンが私の手を取りホールの中心に進む。

皇帝が最初に踊るのが習わしだ。


結局私の二度目のダンスもギレンだった。私達が曲に乗ったのを確認し、次々と高位貴族から踊りの輪に入る。


「ギレン、ドタバタしちゃって……怒ってる?」


ギレンの瞳が面白そうに煌めく。珍しい表情。

「いや、セレはオレの予想の上をいく。セレがオレの心を浮揚させる。セレは宝だ」

顔を寄せて囁かれ、私のプレートを襟口から取り出しキスをする。私は顔を真っ赤にする。


「……お、おい……あのプレート……」

「……なんだこの初々しさは……」

「……あの強さがありながら純粋だと……」

「……ダメだ……アンバランスさがたまらん……」


ギャラリーがやかましいけれど、自分の心臓の音で聞こえない。




『可愛らしきことよ』

『……アオハルだ』







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