88 ギレン陛下と対峙しましたーpart2
ギレンの黒馬に乗せられ着いた先は高台にある長方形の建物だった。
通された部屋は木材がふんだんに使われた思いのほか居心地のいい空間。ギレンは人払いし、私とモフモフだけ。窓からはトウクンの都が一望できる。
「ここは?」
「ガレの公邸だ。もともと砲台だったため建物に装飾はない」
おーう……いざとなればこっからドッカンドッカントウクン殲滅するとこだったのか……
「ギレン、お茶でも飲みますか?」
「入れてくれるのか?」
「私がちょっと落ち着きたい気分なんです」
私はいつもどおりマジックルームから茶器を出し、とっておきの茶葉を使う。
……私にだって見栄があるのだ。
水と熱の合体魔法であっという間に湯を沸かし、おばあさまに叩き込まれたとおりの作法でお茶を入れる。
ギレンはソファーで足を組み、そんな私を面白そうに見守っている。
お茶菓子はりんごのケーキ。今年のりんごもこれで最後だ。私とギレンは8分の一、8分の3ずつルーとアスに切り分ける。
「どーぞ、召し上がれ!」
『セレ!こいつらに振る舞うことないだろー?』
『セレ、腕を上げたね。美味しいよ。ギレンは初めてであろう?セレの手料理は?』
ギレンが一切れ手で掴み、パクリと食べる。
三人がモグモグと食べる姿を見て、口にあったようだと安心し、カップを持ち、外を眺める。
辺りは暗くなり、星が輝き出した。
「実は初めてではない」
「え?」
「セレの手料理を食べることだ」
いつ?思いつかない。
「緑色のケーキを食べた。薬の色で恐ろしかったが食べてみるとほろ苦く、美味かった」
「……抹茶の!?もしかしてサカキさんのやつ!?」
あんな前から守られてたのか……
「オレがしばらく食事を忘れているのを見かねて持ってきた。これならあんたも食べるだろってな」
サカキさんは……ギレンを心配してくれる人間なんだ。よかった。
「どうして……ちゃんと繋がってるって教えてくれなかったの?」
「オレは動けない。アスもまだ戻ってない。何も出来ることがなかった。ぬか喜びさせたくなかった」
「私は……ギレンと連絡が取れるだけで安心できたわ」
「それがぬか喜びだ。連絡がついたからといってどうなる?力がなければ、セレを救う実行力がなければ期待を持たせるだけ」
「そうかもしれないけど……」
「オレは皇帝だ。不確定で無責任な約束などしない」
寂しかったのに、と言いそうになって踏みとどまった。ギレンこそがその時一人だったのだ。
「……今日のケーキは美味しいですか?」
私はあからさまに話題を変えた。
「美味しい。毒見無しで口に何か入れるなど信じられんな」
ここに、毒被害者同盟の結成です……
「毎日セレのケーキが食べたい」
「いくらでも作り置きします。だから食事を抜かないで」
『なにーーー!』
バシーン!
『このバカ!空気読め!』
駄モフのお陰で空気が緩む。
◇◇◇
「ギレン、私をマルシュから連れ出すために、婚約を発表させてすいません」
「…………この婚約は嫌か?」
「嫌とかそんな……ただ申し訳なくて……」
「セレ、オレの想いは昼に伝えたはずだ」
「…………」
「オレの気持ちが信じられぬのならそれでもいい。現状を打開するためにオレを利用してやるくらいの気持ちでいいんだ」
信じてる。ギレンの気持ち。十二分に伝わっている。少なくともプレートを託された時から気づいてる。私は首を横に振る。
「問題はセレの気持ちだ。セレがこの婚約、死ぬほど嫌であればすぐに撤回してやる」
「死ぬほど嫌だなんて!」
「セレがオレを嫌いだと言うのなら、婚約以外の方法でセレを守ろう」
ギレンを嫌い?違うそうじゃない。
「十年待った。嫌ならオレをはねつけろ。さすればオレも諦めがつくというもの」
十年もの間、私を欲しがってくれた。私はふらふらと直視するのを逃げてきた。
「セレの幸せこそが俺の全てだ。無理強いするつもりなどない。すぐに目の前から消えてやる。アスにセレを支えさせる」
ギレンの言葉は常に本気だ。
…………ギレンが消える?私の前から?前世から唯一、嘘をつかない、全て信じられる人なのに?
「……いや!いやいや!消えないで!私を……見捨てないで……」
私は堪らずギレンの元に駆け寄り、ギレンの脚にすがりつく。
ギレンが珍しく慌てた顔をして大きく目を見開く。私の頭に手を乗せる。
「セレ?お前はオレの唯一。見捨てるわけがないだろう?」
「聞いてるでしょ?アスから、私は前世、17歳で、全ての人に裏切られるの!大好きな人に、憎まれるの!」
「聞いている。だが、その中に俺はいないのだろう?」
「いないけど、いないからこそ、今度、ギレンまで、いなくなったら、もう、生きて、いけない……」
私は急に息が苦しくなって……過呼吸?逆?胸を押さえる。
「うっ、ふうう、っっ………」
『セレ!』
『ギレン!』
ギレンはソファーに座ったまま前屈みになり、私の両脇に手を差し入れサッと抱き上げる。
私はギレンの胸に顔を埋める。ギレンの服をギュッと掴みハアハアと大きく息を吐く。そんな私の背中をギレンが壊れ物を扱うようにそっとそっと撫で続ける。
部屋がすっかり暗くなった頃、ギレンの内にいることに馴染み、徐々に呼吸が整ってくる。空気にアスの温かい魔力が充満し、吸い込むと、楽になる。
ギレンが耳元で囁く。
「…………セレ、今のは心臓に悪い。セレがいなければ生きていけぬのはオレのほうだ。お前だけが、オレをただの人間として見てくれる。お前だけがオレと同じ痛みを知り、オレと同じ景色を見ている。オレをこんなに案じてくれるセレ、オレが嫌いではないであろう?……切にそう信じている」
ギレンからの痛いほどの信頼、臆病だからといって……心を隠す不実など、もうできない。
「ギレン……私の忠誠は過去も未来も全てあなただけに捧げてる。でも……怖いの…………」
これから先も、私を愛してくれるの?
「やがて、わかる。オレが裏切らないことが。時が解決する。オレの側でゆっくりその時を待てばいい」
信じたい……ギレンの横で、ギレンを孤独にしないように寄り添い支えている未来を。他の誰でもなく、私が。
「怖がりのセレ、オレと婚約するか?」
……抗えない。私を心から望んでくれる人だけを見つめて歩む人生、それは私が目を背け続けてきた……夢だもの。
視界にルーとアスが入る。
私と一心同体のルーダリルフェナが私を空色の瞳でジッと見つめている。私の勇気を、踏み出す勇気を注視している。
信じたい……
ギレンと瞳を合わせ、私は顎を震わせながら小さく頷いた。
私は……ギレンが好きだ。
恋愛?親愛?家族愛?どのカテゴリーかなんてどうでもいい。
この人を少しでも幸せにしたい、ただそれだけ。
ギレンはポケットから真っ青な……タンザナイトだろうか……ギレンの瞳そっくりの石のついた指輪を取り出し、私の左の薬指にはめた。指輪にもギレンの熱烈な魔力。求婚の証。昔教えてもらった。
指輪ごと、口づけを落とされる。
「愛している」
私は堕ちた。前回同様に。後悔などない。前回同様に。
長いことウジウジと心を蝕んできた……案件の決断を済ませた私は……力が抜け、ギレンの胸に寄りかかり、空を眺める。ギレンがしなやかな身体で私を包む。
星が流れた。
マルシュ編終了です。
次回より新章です。




