87 ガレの重臣は曲者でした
ギレンに腰をガッツリ抱かれ逃げられない私は、ギレンに参拝するお偉方を伯爵令嬢スマイルで口を挟まずニコニコ笑って受け流す。
「いやー陛下、とても可愛らしい婚約者殿で。ですがちょっと……お若すぎて目が離せないのではありませんかな?」
おう、よく言った!敵臣Aさん。そだよー10歳も離れているんだよー。
「御心配かたじけない。セレフィオーネは確かに若いが……何度も命を狙われた故に、浮ついたところなどどこもなくてね。私としては寂しい限り。まあ、二度と私のものを傷つけるようなことはさせんがね」
ギレンの眼がギラリと光る。
勇者が一人去った。
「陛下、御婚約おめでとうございます!しかしその、陛下ともあろうお方が……他国の伯爵令嬢では少しばかり格が……可愛いお方は側に置くとして、我が国には釣り合いのとれる王女がおりますが?」
おう、よく言った!敵臣Bさん。上から下まで私をじろじろと値踏みする。だよねー国家元首の嫁は王女かせめて公爵侯爵クラスでないと。普段着のちんちくりんとかあり得ないよねー!
「御心配かたじけない。確かにセレフィオーネは伯爵令嬢、だが血統的にも私は最高だと思っている。彼女の母方の祖母はトランドル夫人と言って、とても教養の高い方なのだがご存知かな?」
「ひ!ジュドールの毘沙門天!」
そこは弁財天でいいんじゃ?勇者がまた一人去った。
「陛下、此度はおめでとうございます。ですが……なんとも儚げなご令嬢で……強国ガレの皇妃が務まりますかな。ひとたび陛下が出陣されたのち、国を纏められるのか……」
おう、よく言った。敵臣Cさん。こんな他国の小娘、臣下がついてこないよねー。
「御心配かたじけない。我がセレフィオーネはこのように非力。なればこそ、我が不在の内政も我が気を配ればいいだけのこと。ガレにスキが出来るとお思いか?そもそもセレフィオーネを臣下の上に飾るつもりはない。私だけのものだからね」
勇者がまた一人去った。
一通り晒し者になった後、ギレンはタブチさんに呼ばれ退出した。私はようやく一息つき、飲み物を持ってバルコニーに出る。もちろんルーとアスも一緒。
「ちょっとアス、説明してよ」
『もう大方把握してるだろう?ギレンの婚約者という強力な護符を身につければもう、身元を晒しても問題ない。セレを攻撃することは、ギレンとガレに攻撃するのと同じだからな。ギレンの元にいる限り、隠れる必要はない。グランゼウスとも連絡が取れる。まあジュドールに戻るのはまだ控えた方がいいだろうが』
『この発表がジュドールに届いたら、シュナイダーはどう動くであろうな。ガレにも刺客を送ってくるか?』
『ガレは内ではゴタゴタしているが外に対しては一貫して容赦ない。そう簡単に見慣れぬ顔は潜伏できない』
静から動への転換だ。私も敵さんも。
「それにしても……こんなにおおっぴらに婚約発表なんて。ギレンに迷惑かけちゃった」
『セレ、迷惑などではない。セレを迎えるのはギレンにとって決定事項。付帯した面倒事をいっぺんに片付けただけのこと。そんな顔してやるな』
「ほーんと、セレフィオーネ嬢、君、うちの国にどれだけ迷惑かけたかわかってんの?」
急に声をかけられて、アスから視線を上げるとガレの軍服を着た、金髪の背の高いセレより少し年上と見られる男が立っていた。
「えー、御機嫌よう?」
「ったく何であんたなんかのために陛下は骨を折るんだ」
私を上から睨みつけるイケメン。ガレもイケメン率高いのか?はあ。
「誰?」
小声でアスに尋ねる。
『ギレンの副官だ』
鑑定!
青く光る。
アーサー (ガレ皇帝付副官、前第一王子副官、次期侯爵、S級冒険者)
状態: 疲労、苛立ち
スキル: 風魔法、片手剣、斧
まあ、今現在は悪い奴ではなさそうだけど、前第一王子派を側使えにするとか、ギレン何考えてんの?
『セレ、何も考えてない。というかギレンは些事には興味ないのだ』
「初めまして、アーサー様。セレフィオーネ・グランゼウスと申します。この度は若輩ゆえギレン陛下にご迷惑をかけて申し訳ありません」
「こんな飛び地、ガレにとっては必要ではなかったんだけどね。君なんかの何に目が曇ったのか?」
うーん。ギレンの敵でもないけど味方でもないってとこか。
「失礼ですが、ギレンの目が曇るなんてことあると思いまして?」
「おい、小娘のくせに陛下を呼び捨てとは、目に余るぞ!」
味方でもないけど、元首として敬っているのかな。
「アス、ガレ作法では何が正しいの?無視する?謝る?泣いちゃう?」
『張り倒せ!』
「ルーは黙ってて!」
ふと、アーサーの後ろから白髪に計算されたおしゃれヒゲをたくわえた壮年の男がゆっくりとこちらにやってきた。
『セレ、ガレの宰相だ。油断するな』
なるほど、軍服ではないが、質の良さそうなスーツを着て、その上にマントと魔力と権力を纏ってる。
「ほーう、これはこれは西の御方、そういうことでしたか。流石我が陛下!抜かりがない。アーサー、下がれ!」
男は跪いた。私にではない。きっとルーとアスにだ。こいつ見えてる。
「初めまして。私、ガレ帝国宰相、リグイドと申します。セレフィオーネ姫、我がギレン陛下との御婚約、歓迎致します」
鑑定!
青く光る。
リグイド (ガレ帝国宰相、侯爵、軍師、S級冒険者)
状態: 良好
スキル : 火魔法、水魔法、風魔法、土魔法、策士
魔法パーフェクトか。スキル策士。おばあさまにお任せ案件だ。
私は膝を折る。ドレスじゃないからイマイチの出来だけど。
「こちらこそよろしくお願いします」
「宰相閣下!お立ちください!何故!」
「未熟者め!姫君の強さがわからんとは!お前など足元にも及ばんわ!」
まあ、私のAランクはSと同等だからね。アーサーくんと一緒。っていうかルーのパワーを評価されてんのか?
「伯爵令嬢などガレにも掃いて捨てるほどいる。トランドルの威光がなければ光もしない」
えー!グランゼウスの威光もあるけどー!
『ふふ、セレ、えらい言われようだな』
『アス、躾がなってないぞ!』
「そうか……姫君、この頭の固い男にわからせてやってもらえませんか?」
「ん?」
持ってこられたのは小さなテーブル。
隠し芸の定番、テーブルクロス引き?
ではない。
はあ……またなの?
「レディーーーゴッ!」
ドン!
瞬殺!!!
「バカな……」
アーサー氏、泣きの二戦目もガチ負けして、私の手を掴んだまま床にへなへなと沈む。
「…………おい、手を離せ」
いつのまにか戻ったギレンがパンとアーサーの手を払う。
「いやいや、陛下、相変わらずの慧眼ですな。留学先で幼子を手に入れようとなさったとき、どのような裏がと訝りましたが……これでガレは聖獣2柱がお住まいになる国となる。素晴らしい!」
実は三柱なんだけどね。ミユもいるから。
でも露骨な兵器扱いに気持ちが暗くなる。
瞬時にルーが私の目の前に立ち、リグイドに殺気を当てる。
ズン!
リグイドは身体にのしかかるプレッシャーに堪らず膝をつく。しかしそれすら目を輝かせ、
「素晴らしい!」
「宰相、西は少しでもセレフィオーネを傷つけるものに容赦せぬ。覚えておいた方が身のためだ」
「ええ、了解致しました」
ニコリと微笑む。
喰えない。
「セレ、終わった。帰るぞ」
私はギレンに手を取られ、ルーとアスを引き連れて王城を去った。




