86 調印式に参列しました
雪の夜以来二度目のキス。唇が離れる。魔力が廻る。ギレンに両眼とも合わせられる。これ以上ない真剣で真っ直ぐな、誤解を与えない気持ちが伝わってくる。
「私と、今も、婚約したいの?」
「…………お前と出会って以来、お前だけが欲しい」
これまでになく……直球だ。
「一つ訂正するが、婚約したいのではない。結婚し、共に生きたいのだ。生涯お前さえ隣にいてくれれば、他はどうでもいい」
「生涯?」
「信じられないか?構わない。決して離しはしないから」
言葉通り、ギュッと抱き込まれる。
何の違和感もないのは、ギレンの魔力に包まれることに慣らされてしまったから?
「……遅くなった。もう二度とあのような苦しい思いはさせない。約束を守れなかった。すまない」
頭の上からギレンの不器用な謝罪が聞こえる。あの死にかけた瞬間を共に味わったような声。ギレン、謝れる人なんだ。知らなかった。謝ることなど何一つないのに……
「ギレンはアスを寄越してくれた。そのおかげで今私ここにいるの。謝られることなんてない。ギレン、ありがとう」
ルーとアスの教え通り、ごめんなさいの代わりにありがとうを言う。
「セレ……」
ギレンの腕にますます力がこもる。
バターン!
突然ドアが開き、驚いてギレンの胸の中から、顔を上げると、そこには軍服を着たサカキさんがいた。
「陛下ーーー!やっぱりココ!え?おいフィオ?………っ陛下!なんて堪え性のない!!!」
「うるさい。黙れ」
ギレンとサカキさん、面識あるの?え……
「サカキさん、どうしてガレの軍服なの?」
サカキさんとギレンが目配せをし、ギレンが頷く。
「はあ……セレフィオーネ嬢、俺はガレの人間だ。マルシュに潜入した……まあスパイだ」
「全ての国に間者は送り込んでいる。鉄則だろう?」
ギレンがサラッと言ってのける。ほー鉄則なんだー。
「当初単純にマルシュ王国の動静探るためのスパイだった。しかし時代の潮目にぶち当たり、王国が転覆し、セレフィオーネ嬢に偶然出会い、俺の役目も次々変わり、今ではガレとタブチ宰相の調整役と、セレフィオーネ嬢の様子の連絡係だ」
なんだそりゃ。サカキさん、マルシュで部隊長まで出世してたよね?タブチさんの仲間として国王派へのスパイもしてたよね。ごちゃごちゃしてるなあ……優秀ってことなの?うまく王政崩壊に誘導した?それともただ流されてるだけ?
「私がギレンと知り合いって知ってたの?」
「陛下の唯一の姫がジュドールにいることは有名だった。国ではべろうとする女を我が姫に勝るところがあるなど自惚れるなと言って容赦なくはねつけていたからな。それがセレフィオーネ嬢のことだったというのはトモエ姫の件の後で知った。セレフィオーネ嬢に手を上げなくてホントに良かった。死ぬとこだった」
「私のここでのアレコレ、ギレンに連絡してたの?」
「まあ……命令だから……な?」
「今日、足止めしたのって……」
サカキさんがぽりぽりと頰を掻く。
「まあ、そういうわけだ。さあ、陛下、感動の再会はお済みになったでしょう?調印式に急ぎおこし下さい」
「やむを得ん。行くぞ、セレ」
ギレンはさっと私を腕に抱き上げた。
「ま、待って?何で?調印式?私関係ない!」
「サカキからセレにちょっかいだす輩がいると聞いている。俺のものだと周知する」
「はあ?やだ、何言ってんの恥ずかしい!絶対行かない!」
『セレ、諦めろ。悪いようにはならん』
「アス!」
いつの間に!
『ふーん』
「ルー!」
「ギレン!降ろして!」
私が全力で身じろいでも、そよ風くらいの影響らしく、サカキに続いてトントンと階段を降りる。これでもA級ランカーなのに。ぐすん。
「フィオ!」
「フィオちゃん!?」
突然現れた見るからに強者の男の腕に収まる私を見て、ギルド兼食堂の人々がざわめく。
ギレンは見せつけるように、ゆっくりと私の頰にキスをする。
「「「ぎゃーーーーー!」」」
私の悲鳴ももれなく入ってます。
……ああ……ヒットポイントゼロ……
ギレンは私を抱いたまま、待ち構えていた黒馬にひらりと乗り、ひざの上の私をマントですっぽり覆う。私は魂を抜かれたまま、旧王城にドナドナされた。
◇◇◇
「皇帝陛下、セレフィオーネ様、ま、まさか聖獣様が二柱お揃いになるのをこの目で見ることがあろうとは……」
タブチさんがルーとアスに首を垂れ、尋常じゃない汗をかいている。
「会うのは初めてだな。宰相、時間が惜しい。すぐ始めよう」
「はっ」
部屋着同然の私を壇上に連れて行こうとするギレンから無理矢理離れ、何とか会場の隅に落ち着く。ギレンの視界に入っていないと睨まれる。
両脇にはルーとアス。こいつらビンビンに覇気を放ってる!普段気配消してるくせに何故に!
有り得ないほどのオーラを放ち(ルーとアスのだけど)、宰相が跪いた座敷わらし。ギャラリーの視線がマジで痛い。
……ああ、なるほど。少数ではあるけれど敵意も含まれてる。ガレとマルシュの歴史的な調印式。様々な国の権力者の集まり。不慣れな私に回避できるわけがない。ナイトなんだ。
「ルー、アス、ありがと」
粛々と調印式は進む。内容は、マルシュがガレの完全な属国となること。数百億ゴールドの資金援助、無期限の無利子融資、両国間の関税の撤廃、マルシュでの資源開発、通行の自由………なぬ?
「まさか……私を迎えに来る……ため?」
『ああ、自然な形でギレンが入国するために属国にした。これで国内移動と同じ扱いだ』
重ーーーーい!重いわあ!!!
『セレのために国を買うとかやるな、ギレン』
『うむ。かなり今回は骨が折れたぞ。最後は結局ギレンの力技だったがな』
『セレ、愛されてるな!』
『セレ、あまり気に病むな。結果的にガレにとっても旨味があるのだ』
私をピックアップするために、他国を属国化……なんか……私、愛されているのかもしんない?
場内に拍手が沸き起こる。顔を上げるとギレンとタブチさんが握手していた。
けっ、結果、win-winなんだよね!?よかったよかった。
ふっ二人とも、そのまま真っ直ぐ私の元に来るのは止めてえ!
ギレンが私の前に立ち、私の手を取り甲にキスをする。ヒィ!
私は久々の伯爵令嬢のスキルを総動員して、儚げに微笑む。合ってる?合ってる?
「タブチ宰相、これまで私の最愛の婚約者を守っていただき感謝する」
「いえいえ、セレフィオーネ様との交流はとても楽しい日々でありました」
聞こえよがしの発言。なんか……唐突に芝居が始まった。っていうかタブチさん、どーして私の名をバラす!
ギレンが私の肩を抱き、こめかみにもキスを落とす。
「ちょうど良い機会だから紹介しよう。皆、この姫が我が最愛のセレフィオーネ・グランゼウス伯爵令嬢だ。セレフィオーネはその類稀なる資質のため母国ジュドールで賊に襲われ、未だ危険は除かれず、タブチ宰相の庇護の元、身を隠していた。この度、ガレでようやく準備が整い迎え入れることができる。皆、私と婚約者の再会ととこしえの愛を祝ってくれるかな?」
ギレンが会場中を睨みつけ威圧する。
「ぎ、ギレン皇帝陛下、セレフィオーネ嬢、御婚約おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
「ご婚約!バンザーイ!」
「「「「「バンザーイ!」」」」」
ギレンが口だけ微笑みを浮かべ、私を抱いていない手をギャラリーに向けて上げる。
「アス……サッパリわかんない。どういうこと?」
『潜伏期間は今日で終わりということだ。セレ、時は満ちた。表に出るぞ』
………事前に詳細を……教えといてほしかった……なあ……
『セレーーー!魂飛ばすなーーー!戻ってこーーーい!』
次回の更新は火曜です。




