85 マルシュが生まれかわりました
ギルドも立ち上がりこそ、職員がもたついたり、妨害行為があったりと混乱したが、2カ月も経つと軌道に乗りはじめた。他国の冒険者、ギルドに認められるかどうかは、今後の誠実な仕事ぶりにかかっている。
私はギルド職員は秘密厳守であることを改めて誓わせてから、下宿一階のトウクン第3ギルドの職員の面々に自らのプレートを見せた。
「ただのゴールドじゃなくて、と、トランドルぅ???」
元C冒険者の食堂常連客だった新ギルド職員ヤシロさんが大声を上げる。
「俺の恋……近づいたと思ったらますますハードル高くなってる……」
「そんな腕前だったのかい……こりゃ心配することなかったね」
ヨーコさんは苦笑い。商売柄世事に通じたヨーコさんはトランドルの意味を聞いたことあるようだ。
「何それー!すごいのお?」
セクシー系美女のジュンコさんは見た目は派手だけど根は真面目。真剣に働きたいけれど見た目で首になっていたらしい。ジュンコさん、できればここで伝説の◯イーダの酒場をオープンさせ切り回して欲しい!
私が出入りする昼間のメインスタッフはこの三人。
これで私のモグリでの活動は終了し、晴れてギルドを通してのミッションを受けることになり、セレフィオーネ・Gの経歴に反映できるようになった。ある程度の経験、功績、依頼の100%の完遂率、記録に残らなければ次の昇格審査は受けられない。次はいよいよSランク。パパンのくれたプラチナのチェーンとギレンのプラチナのプレートにいつまでもゴールドのプレートを引っ付けておくわけにはいかんのだ!
目指せ!Sランク冒険者!
◇◇◇
ルーとギルドの依頼をこなし、熱砂修得に励み、ケーキを作る毎日を過ごしていると、日差しが次第に暖かくなり、柔らかな色の花が咲いたと思ったら、木々の新緑が眩い季節になった。初夏だ。
爽やかな風とともにタブチさんから招待状が届く。
「いよいよ週末に新政権が発足するんだって。どっかの大国からの援助を取り付けて、その傘下に入るけれども自治もある程度認められるそうよ。調印式とパーティーに是非お越しくださいって」
『わからんな。大国にとってどんな得がある?』
「大国の人間を大勢受け入れて、大国の意にそう政治をさせて、経済が安定したら、援助分に利子つけて返すのかな?ありきたりでいえば軍事同盟?戦いになれば迷わず味方につけ!兵を出せ!って」
この世界、私みたいなイレギュラーを除けば、数が力だ。
『そもそも相手はどこの国だ?』
「ギリギリまで伏せるって。暴動が起きると厄介だから。まあ、こないだの国民投票でタブチさん全権委任もぎ取ってるしね。マルシュは今鉄鉱石がないから……大陸西のデンブレかガンズレールあたりかな?」
『ふむ。で、パーティー、セレ行きたいのか?』
「まさか?私はマルシュを解体した張本人、不吉不吉!てか、興味ないし」
所詮他人事だ。
『では騒がしくなる週末は、ミユの修行の成果でも見に行くか?』
「さんせー!」
私がタブチさんにギルド経由で欠席連絡し、ミユのためにヘビイチゴのタルトをせっせと作っていると、サカキさんが血相を変えて台所に飛び込んできた。
「フィオ!頼む!調印式参列してくれ!」
「え、どうして?そもそもマルシュの人々の節目であって、私関係ない」
「何を言う!この日を迎えられるのはお前あってのことだ!宰相の相談に乗り、盗賊が徒党を組む前に殲滅し、わけわからん魔法で荷車10台分の荷物を何度も運び、ギルド設立にも尽力したのは誰だ!お前だ!」
『……セレ、また只働きしてたのか?人のいいのは相変わらずか……』
「それ知ってるのタブチさんとヤマダくんとサカキさんだけじゃん。言わなきゃ誰にもわからんでしょ?それに私は今絶賛潜伏中なの!目立つ場所に行けるわけない。調印式、パーティー、そんな晴れがましく各国のお歴々が集まる場所、論外!」
「いかん……ピンチだ……フィオ、せめて祝いの数日トオクンを出るのはやめてくれ。ここで新政権のスタートがうまく滑りだすのを祈ってくれ!」
「それは聖女に頼むべきでしょ?」
「お前は俺を殺す気かーーーー!」
「逆ギレ???」
『せ、セレ、よくわからんが、数日留まってやろう。サカキ、一瞬だが死相が浮かんだ。ヤバイ』
「はあああ?」
みんな調印が済むまでテンパってて余裕がないってこと、でいいの?
私はミユの元を訪ねるのを後に倒して、ひっそりと週末は下宿部屋で過ごすことにした。
◇◇◇
調印式当日、街はお祭り状態だ。
大国に下ることへのプライド云々はあるだろうが、宙ぶらりんな立ち位置に国民は疲れ果てていた。安定した国の元で、ようやく新しい国づくりが出来ると国民の大半がホッとしている。
とりあえず、みんな働けて、飢えない国になればいい。
窓の外で大歓声が湧き上がる!いよいよ使節団が到着したようだ。
私とルーもひょっこり顔を窓の外に出す。二年前の、パレードを思い出す。魔力の針が刺さったときのサカキさんの驚いた顔可笑しかった。
何十騎もの馬の蹄の音が彼方より響いてきた。馬で登場とは武力の差を見せつけているってところか?
ようやく先頭が見えてきた。
軍旗がたなびいている。
「うそ……」
赤地に金糸でアス……これまでは鷲と思ってた……と獅子が向き合っている紋章。
前世、あの紋章の元で働いた。見間違えようがない。
「ガレ……」
『ガレか!?』
服の上から無意識にギュっとプレートを握りしめる。
ガレの隊列はスピードを緩めることなく大通りを走り抜けていく。その統率された動きに両側の市民から歓声があがる。
後方から一際大きな黒馬に乗った、黒い軍服の一眼で他と違う、尊大な男が視界に入った。
『皇帝自ら乗り込んできたか……』
ルーが気遣わしげにチラリと私を見るけれど、それに返す余裕などない。
うそ……こんなに離れているのに、目が合うなんてありえるの?
ああ、ロックオンされた。
トン。
私の視線の先から一瞬で消えたギレンは……もう、私の目の前にいる。
狭い部屋。一歩で私の目の前に詰めて、両手で私の頰を挟む。
両の親指で私の造形を一通り辿り、頰にうっすら残る傷をなぞる。
「この傷は?」
落ち着いた、聞き心地のいい低い、声。
「……ちょっと失敗したの」
骨張った指で私の肩までの髪を梳く。
「この髪は?」
「自分で切った。傷つけられたわけじゃない」
外は皇帝がどこかに跳躍して消えてしまい、大騒動になっている。その喧噪を耳にしながらも、どこか他人事のように、目の前のギレンをマジマジと見つめる。
二年ぶりのギレンは、前よりも少し近い場所に顔があった。襟足までの銀の髪を後ろに流し、頰は少しこけて、痩せていた。青き瞳には冷たさよりも、疲労が浮かんでいる。転生前の自分とほぼ同世代のギレン。働き盛り世代はこき使われる。皇帝もある意味ブラック企業だ。また一つ共通点が増えた。
「ギレン、とっても疲れているみたい。大丈夫?眠れてる?」
そっと前回癒した顔の傷跡に触れおまじないをかける。
「ああ……セレに心配されるのも久しぶりだ。そうだな。疲れてる。これでも目一杯急いだからな」
「急いだ?」
「急いだ。セレを万全で迎えるために」
ギレンの腕が私の背に回る。距離が縮まる。
「ギレン?」
顔が胸に当たる。思わず見上げる。
「セレ、10年だ。約束の時だ」
唇が降ってきた。




