75 聖女様に会いました
この世界の宗教は一つといっていい。大地の神と月の女神を祀るもので宗教名は特にない。人の集まるところに神殿があり、神に仕える意思のあるものが神官、巫女として仕え、今ではほとんどが世襲だ。神の御心に沿って祈りを捧げるうちに神力を授かり、回復魔法などの才能を見せるものもいるとのこと。
一般人の私は冠婚葬祭のイメージしかない。そもそも、隣にルーがいて、アスがいるのだから具体的なそっちを直接敬ってしまうのは至極普通のことだと思う。
神殿と国の関係とか、お布施とか、パワーバランスとか、イロイロ薄汚い裏っかわはありそうだけど、これまで私に関係なかったから全く知らない。自分が生き残るのに必死だったっつーの。
そんなこの世界の神殿に、ある日聖女様が出現し、神殿は今、祭り状態。停滞気味の信仰への起爆剤として聖女を使う気マンマンのようだ。
聖女ねえ……
前世持ちの私の意見、言っていいですか?いいよね?
まさか、日本のJKを禁断の召喚術で召し出した!とかじゃないよね?
無理矢理、家族と引き離され、帰りたかったらキリキリ働け!とか言ってないよね?
さらに、実は一方通行で帰還の方法はない!とか言わないよね。
聖女の登場……魔王でもこの世界に出現したのかいな?あ、ひょっとしてうちのパパン?
勇者もそのうち召喚されるんじゃないだろな……
とにかく、もし無理矢理神殿に誘拐状態なら、レーガン島でのお仕事のあと、なんとか逃してあげなきゃね。
約束の日、私はタブチさんに呼ばれ、付き添いのヤマダくんとミユとともに城の謁見の間の前室で待っていた。
ここにきて、私は聖女様が「敵」である可能性に気づいた。「野ばキミ」には出てこなかったけど、シュナイダー殿下の例もある。武装すべきか?しかし下手に警戒させるとレーガン島に来てくれなくなる。もう時間はないのだ。
「ヤマダくん、聖女様の髪の色ってわかる?」
「美しい黒髪だそうだよ。マルシュと相性がいいと出迎えたものが喜んでた」
とりあえず、マリベルじゃなかった。セーフ。
カチャリとドアが開き、入口の兵士に顎で中に入れと促される。
私は足を踏み入れた。真っ白なカンフーの衣装のようなオヤジが二人、両脇に立ち、私を胡散臭そうに眺めている。そして本来マルシュ王の玉座であった場所に、白いドレスに顔をベールで被った女性が座っていた。
私は横に立つタブチさんとチラリとアイコンタクトを取り、騎士の体で頭を下げ跪いた。
「聖女様、この者は我が国の恩人……」
ガタッ!
タブチさんの言葉を遮るようにイスを引く音がする。
スッスッスッというきぬ擦れの音、カツカツという靴の音が響き、あっという間に私の視界に白く光るハイヒールのつま先が入り…………首根っこ捕まえられて立ち上がるとガバリと抱きしめられた。
「え?」
「聖女様!!!」
あたりが騒然となる。
グイッと両肩を押され、顔を合わせる。彼女はパンとベールを後ろに弾いた。
露わになったその顔は……般若のように怒ってて、でも、それでもカッコいい……私の憧れのサムライで……あっという間に力一杯のゲンコツを頭のてっぺんにくらった。
ゴンッ!!!
「いっ、いたぁ!!!」
「こんの、バカセレフィー!!!どれだけ、どれだけ心配したと思ってんのぉ!!!」
怖い顔して涙ぐんでいるその人は……大好きな大好きな……私達のお姉ちゃんだった。
「エリスさんだ…………」
全身がわななく。
私は私は……堰を切ったように……涙が……流れ出して……
「エ、エリスさん…………うっうっ………」
エリスさんにしがみついて……泣いた。
エリスさんは私が泣き止むまで自分の胸に私を大事にしまい込み、頭を優しく撫でてくれた。
エリスさんだ…エリスさんだ…エリスさんだ……
少し気持ちが落ち着いてくると、外野がうるさいことに気がついた。
「聖女様、そのような下賎なものからお離れください!」
「おい、坊主!聖女様が慈悲深いからといって立場をわきまえろ!」
エリスさんが、低い、人を従わせる声で諭す。
「黙りなさい。この方は私の恩人です」
「なりません!ご自分の立場をお考えください」
「……自分の立場をわきまえろと?この私に意見するの?」
「あなたは聖女!ヒトの中で最も高位にあるお方なのですぞ!」
「……わかっていないのは、お前たちです」
エリスさんは抱きしめていた手を緩め、私に向かってニコリと笑い、スッと一歩下がって跪いた。
「エリスさん!」
「聖女様!」
「このお方は四天の一獣、西の御神の契約者。……神々の声が聴こえる……お前たちの言葉で言うならばヒトの中で最も高位にあるお方の上をいくお方です。セレフィオーネ様、お久しゅうございます。お姿を隠されてはや一年、胸が潰れる思いでした」
「エリスさん……」
エリスさんも、ルーが見えていたんだ……。
エリスさんの後ろに同じくルーの姿を認めていたタブチさんも跪く。
「け、契約者だと?」
「なぜ神殿に報告していない!証拠は?証拠を見せろ!」
「私を、そして契約者セレフィオーネ様を疑うか?なんと情けない!」
エリスさんの殺気が全開になったとこで、ポケットからミユが這い出した。そしてピカッと元の大きさに戻り、鎌首を上げた。
「ひあっ!」
「まあ、今日は西の御神ではなく、銀の精霊様とご一緒なの?セレフィー相変わらず規格外ねえ」
ミユの姿は誰もが見ることが可能。ミユは今、敢えて覇気を隠していない。
ミユはエリスさんを上から下までじっくり眺めたあと、ちゅっと頭にキスをした。
「精霊様より祝福……なんたる光栄。ありがとうございます」
エリスさんが深々とミユに頭を下げ、ミユも小さく頷く。
ここに女優が二人いまーす!打ち合わせもしていないのに息バッチリ!
神官たちは腰を抜かし、ヘナヘナと座り込んだ。
「ホンモノ……精霊……存在したなんて……」
エリスさんがスクッと立ち上がり、周りを見渡した。
「私は契約者様と話があります。皆下がりなさい。それとここでの話は他言無用!一言でも漏らせば文字通り天罰が下ります。良いですね?」