65 北の四天様と出会いました
私はゆっくりと立ち上がり、防御魔法、減魔魔法を私とルーにさらに重ねがけする。
「北の、四天さま……ありえないくらい怖い、どうして?」
『セレ、我々を敵として対峙するときはこれが現実だ。しかしオレやアスがセレに殺気倒すわけないだろう?セレを慣らしておくべきだったか……いや、愛し子にそんなことできようもない』
睨みつけられるだけで肌にビシビシと痛みが走る。膝をつきそうになる。ダメだ。神に嫌われたのと同じだ。こんな物騒なガ◯ラ、勝てる気がしない。
膨大な……だけど馴染みのエネルギーの塊が目の前に現れた。虹色の翼を広げ、私を隠す。
「アス!」
『セレ、ギレンの名代だ。我の方が速いゆえ』
「何故、南の四天がここに!キミはガレの皇帝から奪ったのか?」
シュナイダー殿下が叫ぶ。
…………そんなことできるわけない。
アスが紅い瞳を眇める。
『タール……力づくで〈使役〉されているな。貴様ほどのものが油断したか?』
『砂……日炎……ナゼ 我 ノ 前 ニ 立チフサガル?』
『濁った瞳のあなたには……見えないだろう。我が愛し子の香るような魔力を』
『我は……手のかかる男共の面倒を見る……友達だからかな?セレ?』
「……そうね。アスは最高の友達だよ」
こんな辺鄙な砂漠まで来てくれる、もう親友だよ。
「またも……聖獣と『おともだち』なんだ。キミは底が知れないね」
いつのまにか、シュナイダー殿下を足止めしていたルーの拘束が溶けている。
「ちょっとこの毒はキツイね。ペース上げるか。これ以上助っ人呼ばれても困るしね。タールナイト!吹雪!」
タール様の頭の上に魔力が集まり、あたりが凍りつき轟音とともに雪が暴力のように降る。ルーが熱砂のつむじ風を巻き起こし、吹雪の威力を潰す。
私はアスの背中から手裏剣を殿下に投げつけるが、タール様の防御に全て弾かれる。
逆にシュナイダー殿下のタクトが動き、頭上に隕石のような氷の塊が現れる。下敷きになったらぐちゃぐちゃになるサイズ。殿下は同郷のよしみでこっそり逃がす気なんて0だってことがわかった。
アスは飛び上がり上空から溶岩を流し粉砕する。しかし塊は次々と落ちてくる。殿下どんだけ魔力余ってんの?マジックルームを開けて、アスが壊せなかった氷を一気に吸い込む。しかし、20も吸えば息切れする。
何かないかと起死回生を狙って雷撃を放つとタールの甲羅の出っ張りに吸い込まれていく。
「ひ、避雷針?」
弱点なんて見えない。
『聖獣は戦いながらも土地や民を守護しようと無意識に自制が働く。自我を壊されたタールは……最凶と言わざるをえない』
上空のアスの言葉が頭に響く。
私の魔力は……もうすぐ枯渇する。幽閉塔で全て吸い取られたときと感覚が一緒。
殿下は、毒は回っても、魔力の面では……余裕だ。
魔力では完敗。接近戦しか勝負はつかない!でもタール様の殺気で近づくことも出来ない。
『セレ!乗れ!』
砂塵に包まれて走るルーに飛び乗った。右手を身体強化して、頭上の尖った氷をグーパンしながらジグザグに殿下に突っ込む。
ルーがタール様の身体に砂を巻きつける。砂を吸い込んだタール様は一瞬だけ、動きが止まった。殿下の守りが薄くなる。私は威力を消されないように敢えてナイフに殿下とタール様と同系統の雪を纏わせた。
ルーの背中から勢いをつけてジャンプし、ナイフを両手で持ち殿下に向かってまっ逆さまに落ちた。
私のほうが、武術は上!これで決まって!
真下に迫った殿下は眼を眇め、胸もとの薔薇を掴んだ。
一気にバラは生き物のように蔓を伸ばし太くしなやかなムチと変容し、私のナイフに巻きついた。ムチはそのままナイフを取り上げ私を地面に叩きつける。
バンッ!
身体中に痛みが走り……腕が……痺れる、毒だ。やり返された。頭をあげて見てみるとムチにはたくさんの棘がある。植物毒が分泌されるようになってるんだ。
杖だけじゃなくて……ムチも使うとか……知らないし!
「前世ではね、見舞いの薔薇だけが僕の友達だったんだよ。今の私の『おともだち』も薔薇だ」
殿下が薔薇にキスをする。キラキラ王子だ。
ああ……つくづく情報って大事だよね、おばあさま……
ルーは私にタール様の攻撃が向かないように、タール様に飛びかかった。上から押さえ込み砂嵐で取り囲み窒息させようとしている。
『セレ!ここを離れろ!』
痛みが……引かない。動けない。ごめん。
そもそもこんなに傷だらけになったこと、初めてだ。いつも、忍び装束も、ガッコの体操服もアニキが目一杯防御魔法かけてくれてたから。
今日の私は夏の制服。指定のズボンにただの白シャツ。もはや白くないな。砂と血で赤茶げてる。
手も氷を弾きすぎて、血まみれだ。目にも血が入ってくるから、額も切れてるんだな。久々の感覚。
頭の上で殿下のムチが私にしなる。防御魔法、あとどれくらい持つかな?
お父様とお兄様とおばあさまの顔が浮かぶ。走馬灯ってやつだ。ヤバイ…………
まさか……前世より早く逝くことになろうとは……
ギレン……あなたを……守れない……
私が気持ちの悪い汗をダラダラとかいて、荒い息を吐くと、アスが上空から急降下し、クチバシから青い炎を吐き、優雅なバラのムチを燃やす。
「くっ!」
殿下が残念そうに薔薇の残骸を眺める。
這いつくばる私にアスが覆いかぶさる。
『セレ……マリベルではなく想定外の人物との遭遇であったが計画を進める時だ』
「……でも!」
『我とルーは本気でタールを殺すことなどできん。世の理だ。使役者をやるしか終わらない。しかし狂ったタールを抑えながら殺るには王子は強すぎて、セレは弱い。セレを守りながらでは膠着状態。今ならマシな状態で離脱できる』
「はあ……はあ……でも!」
『納得して決めたことなんだろう?ならば予定通り動け。決定事項だ!お前はルーと父親が信じられんのか?』
「だって!」
やっぱり…………離れたくない!!!
『我はセレを信じているぞ』
アスがなだめるようにささやく。
『行け!セレ!』
死闘を繰り広げるルーが叫ぶ。
『ほんに可愛い……我が唯一の友よ』
アスが私の唇に涙を落とした。
「あっ!!!」
アスが両の翼を広げ、風を一気に巻き上げる。私はその上昇気流に飲み込まれ、地の果てに飛ばされた。
◇◇◇
『ルー!終わりだ!聖域に引け!』
アスのその言葉にタールの首に噛みついていたルーは辺りを見渡し……小さく頷くと、ルーの身体はユラユラと歪み、砂漠の蜃気楼の中に消えた。
その様子を見届けたアスも七色の翼をバサリと広げ、天頂に向かって飛び去る。
「……タールナイト、おまえも戻っていいよ」
タールは濁った眼を閉じてアイスダストとなり霧散した。
「はあ、逃げられちゃったね。残念」
王子は脇腹を手で押さえつつ、黒く焦げた薔薇の花びらを拾い上げた。
「ビアガーデンはお預けだ…………」
話が一区切りつきましたので、更新を一週間ほどお休みします。
お読みくださる全ての皆様、今後ともよろしくお願いいたします。




