64 シュナイダー殿下に回答しました
シュナイダー殿下と私、利害関係はピッタリ一致するようだ。敵の敵は味方ってところだろうか?殿下の前世の苦しみは理解できる。転生者としての戸惑いも嘆きも共感できる。
でも、殿下と私は相容れない。
「殿下は……人を自らの手で殺めたことがありますか」
「…………」
「殿下ほどのお方であれば自らの手を汚すことなどないでしょう」
「……命じた以上は私に責任がある」
「私は小説という前世で何千人と殺しました。私の右手から発した炎で一度に何百という人が死ぬのです」
「…………」
「獣のような叫び声、鼻につく異臭、身体中にこびりついた返り血。尊厳なき掠奪行為。なぜかはわかりませんが、今の私はすっかり小説の私とシンクロするようになり、ありありと思い起こせます」
「…………」
「日本人の神経を持ち合わせているのなら、私が二度とそんな場所に行きたくないと思うのは理解できるでしょう?」
「………君の名前を使うだけだ。出来るだけキミは温存するよ」
「ふふふ、殿下もあいつらと同じで私に心がないとお思いですか?冷えきっていると?平気でバンバン殺せる女だと?地獄のような光景を思い出してものんびり夜には寝てる女だと思ってるんですよね。だからこんなに軽く戦争に誘えるんだわ」
「しかし、キミは、ジュドールだけでは飽き足らず、ガレに寝返ってまで戦闘を繰り返しただろう?」
「ええ、そうです!来る日も来る日も戦った。だから嫌だって言ってるんです!10代の女の子が、好きで戦っていたと思うの!?それしか道がなかったからに決まってる!!!」
「…………」
「殿下と私、境遇が似ているけれどそれは一部分。私が避けたい未来は獄死エンド、裏切られエンドだけじゃない。人殺し人殺しとなじられるのはもうたくさん。王族のコマになる気なんてサラサラない!前回も学生だから温存するって言われたわ。でもフタを開けてみたら最初から身を売るまでずっと最前線だった。悪いけど全く信じられない」
「…………」
「私の夢は王の側に仕えて栄華を極めることじゃない。ルーと一緒に普通の女の子として、のんびり旅をして生きること。貴族の使命を果たしていないと罵られても構わない。貴族の使命を果たした前世、結局どうなった?結局罵られ殺された!」
ルーが伸び上がって私の肩に前脚をかけ、いつのまにか頰に流れていた涙をペロペロと舐めた。私とルーの周りに何度目かの輪が輝く。
「そうか……そこまで強い意志があるのなら……交渉……決裂だね」
「ええ、私は二度と、自分と愛する人を守る以外の戦闘行為は行わない。決裂です」
「はあ……キミの気持ち、少しわかった。無神経だったね。ごめん……しかし、私ももう腹をくくってる。君が協力してくれないのなら、敵に回ると厄介だから、殺すしかない……ごめんね」
「殿下、謝って済まないことを謝ってはだめですよ。為政者は清も濁も全て飲み込まなければ」
ギレンのように。
「わかった。君の血で我が手を染めて、その業を背負って生きていこう。私の行く手を遮る君は邪魔だ。消えろ」
「むざむざ殺されるわけにはいきません。全力で刃向かいます。……次の世では茶飲み友達になれると良いですね」
「全くだ。巻き込まれ組同士で乾杯しよう。来世こそビルの屋上のビアガーデンに行ってみたい。前世は病室の窓から指をくわえて眺めるだけだった」
「いいですね!ビールに枝豆!」
「テッパンな!社会人で会おう!」
私は最後に前世式のバイバイをして、大きく後ろにジャンプした。
『セレ!くるぞ!』
シュナイダー殿下は手元から短い杖を出し、指揮棒のように二回振った。砂漠に鋭利な刃物のような氷がザクザクと降り注ぐ。一回でも当たれば致命傷だ。
氷がメインなのかな……。
「ルー、ずるいと思わない?殿下は私達のこと閣下通して全部調べ上げて万全で殺しにかかってんだよ。対して私たちは殿下の武器も術も知らない不意打ち、やってらんない」
『セレ、グチは後だ。シャキシャキ働け!』
私は魔力マックスで炎と風を吐きだし渦を巻かせて氷をなぎ払い、殿下に向かって直進させる。
同時にルーはあたり一面を砂嵐で包み、私とルーの姿を隠す。
ルーはその姿から氷や雪を操ると思われるが、本来は西の砂漠を守護する四天。メインは砂で戦う。
殿下が炎の竜巻に向かって杖を振ると竜巻が巨大な四角い氷に包まれて止まった。
ルーが砂に身を潜め、殿下の背後に回ったと同時に私は雷撃をこれでもかと纏わせた、オーロックス製のクナイを指の股の数8本、小高い氷を駆け上がって、上から殿下の心臓めがけて投げた。殿下は脚をルーの砂にガッチリ固められている。
殺さなきゃ、殺されるのだ!
動きを封じた!決まる!心が痛む。涙がにじむ。これでまた今世も……私も業を背負うのだ。さようなら。
ガンッ!
何か、硬いものでクナイが弾かれた。特製クナイを通さない守り?信じられない!
私は毒を仕込んだナイフをホルダーから外し、氷の頂上から飛び降りる。右手で殿下の首にナイフを振り下ろす。
ガチィ!
何かが邪魔して刀身が肌に届かない。左脚で脇腹を裏回しする。
メリッ!
背面よりの脇腹は手応えあり!殿下が身体を折る。どうなってるの?え?
左脚がカカトから凍りついていく。とっさにヤケド覚悟で炎魔法をかける!溶けない。
お兄様の言っていた………………永久凍土なみの氷ってこと?
ルーが慌てて砂から姿を現し、ガシャリと前脚で氷を砕く。
私は足が自由になったのを確認して、さっき手応えのあったところにナイフを打ち込みつつ現状を見極めるために後ろに引く。
宙に舞う砂が元気がなくなり、ゆっくり地面に落ちていく。
「ルー、煙霧止めたの?」
ルーは一気に魔力を高め、白銀の毛を逆立てた。
冷たい風が最後の砂を遠くに送る。
シュナイダー殿下の前に、直径1メートルほどの、輝く琥珀色の盾が現れていた。
正面への攻撃はこの盾で弾かれたのか?
盾が動く、盾じゃない…………甲羅だ。
クルリと半回転したそれはドンっと、大きな音を立てて砂の上に着地した。
感じたことのない殺意全開の威圧が私を貫いた。
「キャア!」
後ろに吹っ飛んだ私を、ルーが間一髪身体で受け止めた。
「ルー!ルー!なにこれ!!!」
私は前世で戦場慣れしているつもりだった。
……当てられたことのない殺気に震えが止まらない。
『……最悪だ』
シュナイダー殿下が腹のナイフを引き抜き左手で押さえる。
「何この毒……クソ、初めてのヤツか。やっぱり接近戦は騎士学校生には敵わないね。おい!もうちょっと早くガードかけてくれよ!」
『……西ノ 砂ハ 動キヲ 鈍ラセル』
『タール…………』
初めて見た北の四天、タール様は琥珀色の甲羅の周りに氷の粒をキラキラと纏い、後光が反射して虹色に輝いているが……澱んだ目をしていた。




