62 秘密の特訓?に呼ばれましたーpart2
初夏の生温い風が吹く午後、見たことのある紙飛行機が私の目の前に現れた。
『放課後、武道場に来られたし』
随分と久しぶりのお呼び出しだ。
「セレフィオーネくん、久しぶりだね!元気にしているかい?二学年は順調かい?ご家族は皆様、領地でお健やかにお過ごしなのかな?」
「ご無沙汰してます、アベンジャー将軍閣下。女子の先輩が抜けて寂しくはありますが元気です。二学年でスタートした戦史や戦術の授業は大変楽しいです。おばあさまは今日もトランドル領で執務をされていることでしょう」
「そうか……よかった……」
やっぱり、聞きたかったのは最後の情報だよね。
アベンジャー将軍閣下の本日の装いは夏の軍服姿。肩や胸元からジャラジャラと勲章やモールが垂れ下がっている。何か式典の帰りなんだろうか?お忙しい様子なのに私になんの用事だと言うのだろう?
「いやあ、なかなか連絡取れずにすまなかったね。仕事も立て込んでいたんだが、私の思う魔法剣が既に実戦で使われていることを知り、それをどう軍として運用するか、アレコレ考えていた」
「はい」
「魔法武道両刀のものにとっては簡単な技術だが、そんな才能溢れた人材は大勢確保できない。実現できるとすれば、魔法師と兵士が二人1組となり、兵士の武器に魔法師が術をかける……というものなんだが、やはり魔法師団の賛同を得られなくてね………ははは」
「あのー、ギルドから、魔法師の傭兵を雇うという方法はダメですか?」
「魔法師団がいるのになぜ外から魔法師を雇う?という反発を受けるのだよ。実際、武器に魔法を纏わせることができるランクの傭兵、冒険者は高いしね」
「そうですか……」
「だがね、セレフィオーネくん、そんなに落胆することはない。会議で私の話を真剣に聞いてくださり、ご助力してくださると言ってくれたお方がいるのだ」
「はあ」
「私は、セレフィオーネくんの未来も考えた。魔法剣士として育てたいと思っていたが、いやいやなんのなんの、私など手の届かない素質を持っている。教育者の端くれとして、きみを伸ばしてあげる義務があるのに」
え?
「君の教育をその方に頼んだら、快く引き受けてくださった」
ナ、ニ、ヲ、イ、ッ、テ、ル、ノ?
「セレフィオーネくん、喜びたまえ。シュナイダー第一王子殿下だ!」
武道場のドアが開き、外の光とともにその人は入ってきた。踏み潰されるほどの威圧を放って。
王族そのものの金髪は顎のラインで美しく整えられ、灰色の瞳は楽しげに光っている。魔法師のトレードマークの黒のローブではなく、白のローブなのは王子専用なのか?胸には白い薔薇が飾られ……魔力のオーラと相まって……神々しい。
「将軍、随分と仰々しい紹介で恥ずかしいよ」
私は……両太もものホルダーから、ナイフを取り出し、後ろに飛べるだけ飛んで距離をとり、両手を構えた。
「セ、セレフィオーネ、くん?」
唐突に見える私の武装に閣下が目を丸くする。
「……久しぶり、と言えばいいかな?グランゼウス伯爵令嬢」
全て、やっぱり、バレていた。泳がされていただけだった。
『とうとう……来たか……』
ルーが私の肩から降り、瞬時にシュナイダー殿下の実力を認めて私に加勢に入り、威圧を返す。
「ああ、西の四天さま、あの時のままお美しい」
「…………」
ルーも見えてる。幻術目一杯かけてるのに。
「そう睨まないでおくれ、私は君達に感謝しているんだ。あの日の出会いが私の運命を変えた」
『セレ、出るぞ!』
私とルーが窓に向かって飛ぶ。するとヤイバのような氷弾が私達めがけて飛んできた。私は全ての氷をナイフではじき返し、ルーは瞬く間に成獣サイズになり、太い尻尾で窓ガラスを叩き割る。
「セレフィオーネ!気でも狂ったか?王子に向かって刃を向けるなど!」
アベンジャー将軍が剣を抜き、切りかかってきた。クソ!切るしかないの?
私がためらいつつも右手を振り上げたとき、私と閣下の間に誰かが割り込んだ。
ガンッ!
彼が閣下の剣を弾いた。
「コダック先生!」
「閣下、どう見ても先に手を出したのは王子殿下だったぜ!」
「前後の問題ではない!王族に刃を向けることこそ不敬なのだ!」
「へー。でももとはと言えば閣下が約束を破ったために、この事態だ。エルザ様と誓約されたはずだ。うちの姫の能力については一切他言無用と!」
「バカな!王家に秘密など持つ必要はないだろう!」
閣下に……まともな軍人にとって国=王家。王家を守るためにある己の存在理由。どんな真摯な約束であっても、王家は治外法権なのだ。王家が敵なんて図式は想像もつかないのだろう。
私がバカだったのだ。アベンジャー閣下ほどの真面目な性質であれば裏切らないと判断した。真面目だからこそ無自覚に裏切られた。
「姫の健やかな成長と、その能力の秘匿。それはトランドルとグランゼウス、そしてもっと崇高な高みの存在のお方々の総意。姫の能力を知り、それを利用しようと一番害になるのは王家だというのが我らの共通認識」
「害とは……言い得て妙だね」
シュナイダー殿下が苦笑する。
「貴様、恐れ多くも殿下に不遜な口答えを!」
「悪いが、俺らにとっては強さとそれに基づいた平等の生きるトランドルの生き様が全てだ。エルザ様、そしてセレフィオーネ様を死守することこそが我らの本懐。お嬢!行け!」
「先生!!!」
「行け!!!」
「くっ!」
ルーが窓から外に飛び出した。私も後を追う。
「追え!」
殿下の命令が武道場に響く。
ルーの後を追い跳躍を繰り返す。
「セレフィーーーーーー!!!」
眼下にアルマちゃんとニックがいる!二人とも、何事かと、慌てふためいて、口を開けて、両手を私に差し伸べて、空を見上げている!
私は、とっさにズボンのポケットの上から、ガラスの宝物を握りしめる。
ああ………
頰を涙がつたう。
さ、よ、な、ら。
二人に……口パクして、風を纏って、スピードを上げた。
さようなら。騎士学校。私の3歳からの、憧れ続けた、救いの居場所。




