60 ニックの工房を訪問しました
「ごめんくださーい!」
「こんにちはー!」
私とアルマちゃんは学校が休みの週末、王都下町の職人街にやってきた。
カチャッと音がして、ドアが開く。室内から熱気がむうっと向かってくる。
「ニック!」
「セレフィーもアルマも何で制服で来たんだ。汚れるぞ?」
「うーん、どの服選んでも浮きそうな気がして」
「制服なら間違いないかなーって」
「おい、いつまで玄関先で話してんだ。中に入ってもらえ!」
中から野太い声がする。私達はイソイソと中に入った。
「このヒゲもじゃのおっさんが俺の親方のダンカン。親方、こっちがセレフィー、こっちがアルマ。二人とも可愛い顔してるけどアイランドオオトカゲより強いから」
「ダンカン親方、はじめまして。セレフィーです。今日はよろしくお願いします」
「ダンカン親方、アルマと申します。本日は無理を言ってすいません」
ダンカン親方は作業着に、タオルを頭に巻いて、汗だくで……いかにも働き者の職人だった。
「おう、嬢ちゃん達、いつもニックが世話になってるな!注文ありがとよ!気に入ってくれるといいんだがな!」
ダンカン親方は吹きガラス職人だ。
ニックのお父さんの兄弟子のダンカン親方は、ニックのご両親が流行り病で亡くなったとき、『おれんちに来るのが当たり前だ』と言って、ニックを引き取った。
吹きガラスなんて大量に売れるものではない。生活は楽なはずはない。しかしニックを弟子として育ててくれた。立派な親がいたのだから俺は親ではない、と。しかしニックが手先が器用でないことにけっこう早い段階で気づき、笑って後継者にすることを諦め、ニックは家事手伝い的な役割に。そして騎士への憧れが強いことを知るとその夢を止めはしなかった。
「だってコイツときたら、吹いても吹いてもガラスの空洞を中に作れねえ。コップも花瓶も見果てぬ夢だ!わっはっは!」
今、このガラス工房にはダンカン親方と、ニックの兄弟子で将来ここを継ぐトムさんが住む。もちろんニックの小さい部屋も残してある。
「持ってきたぞ!」
ニックの持つお盆には二つのガラスがのっている。背の低いウイスキーグラスが私、ほっそりとした背の高いグラスがアルマちゃんの注文したもの。
「うわぁー!カッコいい!どっしりしてる!」
「……薄い、繊細で壊れそう!」
「どうだ?こんな感じで!」
「想像よりも何倍も素敵です!」
「この小さな気泡が底のほうにあるのが……飲み物を入れるときっと海の中みたいね」
「はあ……女の子には作りがいがあるねえ。じゃ、これでいいってことで、絵付け始めるぞ」
「「はーい」」
「ニック、私、グリーンとブルーの絵の具使いたい」
「あ、魔王の眼の色?そだな、これとこれ混ぜるか」
「私もグリーンにしようかな」
「アルマはお前の瞳のキャラメル色をグラデーションで入れたほうが、ビール美味そうになるんじゃね」
「え、グラデーションってどうするの?」
「これをこうしてだな……」
「ニックすごい!見直した!」
「はーい、ニック先生!私、この混ぜたグリーンと白で領地の麦畑を表したいです!」
「じゃあ、二本の筆で、ここをこう、交差させて……どう?」
「すごーい!ニック!絶対こっちが向いてる!ガラス職人に戻ったら!」
「…………それは遠回しに騎士として目が無いと言ってるのか?」
「ははは、嬢ちゃん、そう言うな!これしきでは売り物にはできん。悪いが騎士学校でこいつは面倒見てくれ!」
「親方!その言い方!ムカツク!」
「はっはっは。手を動かせ!焼き付ける時間がなくなるぞ!」
私とアルマちゃんは、ニックの手ほどきを受け、一応納得して絵付けを終わらせる。そして焼き付けをニコニコポッチャリ系のトムさんにお願いした。
「では、ニック、台所に案内してー!」
今回の絵付け教室、コップ代も絵付け代もニックも親方も受け取ってくれないもんだから、私とアルマちゃんで男所帯の皆様にランチをご馳走することにした。ニックも是非そうして欲しい、恩返しになると。
玉ねぎを刻みながらアルマちゃんが、呟く。
「男で職人さん、もっと怖いと思ってた。男の人三人集まっても、和気あいあいなんて……」
「ニックの家族だよ。優しいに決まってるじゃん!」
「そだね」
アルマちゃんは大人の男性への警戒がハンパない。人見知りの激しい子猫のようだ。少しずつ、気を許せる人が増えていくといいけれど。
普段は塩胡椒して焼くだけの料理?を食べてるとのことなので、ちょっと手を加えたものを出せばオッケーだろう……と思い、用意したのは、マグロもどきのカルパッチョもどき、マルシュの醤油もどきで作った照り焼きチキンもどき。アルマちゃんはトマトもどきと鷹の爪とニンニクたっぷりの冷たいパスタもどき。
それらを親方が作ったガラスの器に盛り付ける。
「涼やかだねー!」
「セレフィー、私のお手軽料理が高級レストランのメニューに見える!器大事!」
「こりゃ、美味そうだなー!」
「この度はありがとうございました。気持ちばかりですがお礼です。召し上がってください!」
「嬢ちゃん達、ありがとう!では、いただきまーす」
「「「「いただきまーす!」」」」
「うま!この狭い台所でよくこんな豪勢な料理作れたな!」
私とアルマちゃんは目を合わせて笑った。豪勢と思ってくれるなら誤解させておいたほうがいい。
マツキのわかりやすいレシピのお陰でスイスイ作れました。
「魚を生って大丈夫かい?」
「トムさん、抵抗があるのわかります。無理して食べないでいいですよ」
「いや、食べる。俺の分を親方とニックに渡す気はサラサラない!」
じゃあ、なぜ聞いた!?
「はあ……こんなうまい料理……あいつにも食べさせてやりたかった……」
「あいつって、奥様?亡くなられたの?」
「うんにゃ、全部妄想」
「…………」
「あ、アルマちゃん、私達も食べよっか」
「う、うん」
「食いしん坊のセレフィーはわかるけど、アルマもこんなに料理上手いんだな!ありがとう!」
「き、きっと、親方のお皿のおかげだよ!ね!セレフィー!」
アルマちゃんが顔を赤らめる。ふむふむ。
「いやー。アルマちゃんの愛情じゃないのお!」
「ばっ!セ、セレフィーだって愛情込めたでしょ!お礼なんだ、から!」
「愛情たっぷりかあ」
トムさん、ニコニコ。
「愛情……この光景をあいつにも……」
「妄想?」
「妄想だ」
一度親方の脳内ストーリーを覗いてみたい。
「今日は……最高の一日だ……お前ら、息子が正しく優しい友達二人も連れてきたぞ……」
小さな声で何か呟いた親方は、何もない天井を見上げていた。
お皿はキレイに空っぽになり、家政婦ニックが後片付けしてくれる。
そうこうしているうちにコップが出来上がった。
「マジで!?」
「セレフィー、これは……想像以上だね!」
世界に一つのグラスが出来た!グラスに鮮やかにはっきり色が浮かび上がる。
私達はイソイソと持ってきた包装紙とリボンでラッピングする。
「はあ……こういうことができればうちの売り上げも伸びるんだろうなあ」
トムさんがため息をつく。
「ニック!そういうことだ!身につけてこい!」
「ラッピングを?騎士学校で?」
親方の無茶振り!ニックはどこに行っても苦労する体質のようだ。
「本日は、本当にありがとうございました!またこのお礼は改めて!」
先の予定がある私達が急いで帰ろうとすると、
「ちょ、ちょっと待て!」
「ニック?」
「これ……はい……」
渡されたそれは直径3センチほどの丸く平たいガラス玉だった。
水色のガラスの中に私のは銀の粉、アルマちゃんのは金の粉が流れるように模様を作り、小さい気泡が踊っている。
これは……砂銀と砂金だ。
ニックが頭をポリポリ掻く。
「コップの形じゃなけりゃ……俺もいろいろ思いつくんだよ」
「ニック……」
「いいから黙って受け取ってくれよ」
「どうして?」
「ほら、あれだ。日頃の感謝だ!それに二人とも、元気なかっただろ。エリス先輩達が卒業しちまって」
なかなかどうして……センスいいよ。ニック。
文鎮には軽すぎて、紐を通して首にかけるには重すぎる。前世のおはじきを大きくしたようなガラス玉。なんの役目も果たさないけれど、ニックの気持ちがギュッとこもっている。
「綺麗……」
手作りだ。感動だ。ニックは……私にもったいない友達だ。
私のポケットには、おばあさんになっても、このガラス玉が入ってる。時折取り出して、日にかざして、ニックとアルマちゃんに出会った日を思い出すのだ。
アルマちゃんの瞳にも、涙が浮かぶ。
「ニック……ありがとう……嬉しい!」
どーん!
アルマちゃんが勢いよくニックに体当たりして、その胸で泣き出した。
「お、おい、アルマ!えっと!え?」
ニックはそっとアルマちゃんの背中に手を回す。
「私、ニックに、迷惑ばかり、かけてるのに……こんな、可愛いの、女の子用のプレゼント……うっうっ……」
「アルマ……俺とお前、切っても切れないセレフィーの問題回収係だろ」
「ウンウン……っておい!」
「アオハルだ……」
トムさん。うちのモフズと発想被ってます!
ニックが首に巻いたタオルでアルマちゃんの涙を拭く。
「ひょっとしたら……孫も夢じゃないかも……おまえに見せてやりたかった……」
親方の妄想が第2章に入った。
◇◇◇
「ち、父上、これ、どうぞ。研究の合間に、これで、喉を潤してください…………」
「アルマ?…………これは素晴らしい!アルマの温かな瞳と同じだよ!このグラスがあればいつも一緒にいる気分になれるね。アルマ、ありがとう!」
◇◇◇
「お父さまー!これ、これで今日からウイスキー飲んでください!グランゼウスの麦と風のイメージで作りました!」
「セレフィーが?」
「と言っても、私は絵付けしただけなんですけどね……」
お父様は早速、とっておきのウイスキーの栓を切る。芳醇な薫りが辺りを漂う。トクトクトクっとグラスに注ぐと、グラスが琥珀色に染まり、その上を緑と白の風が走る。目を細め、グラスを手の中でゆっくり回して楽しんだあと、ストレートで口に含む。
「ああ……美味しい。疲れも飛んでいった。私は世界で一番幸福な父親だ。ありがとう。私のセレフィオーネ」
お父様は優しく微笑み、グラスをテーブルに戻すと私を膝に抱き上げ、私の頰に頰を押し付けた。
この甘々なハンサムの、どこが魔王なの?さっぱりわからん。
今日は父の日。
60話です。
今回はルーはお休みです。きっとルーもマガン様を偲んでいることでしょう。
いつもお読みいただきありがとうございます。
ゆっくり更新になりますが、今後ともよろしくお願いします。