表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/173

6 ラルーザは振り返る

優しく快活で自慢の母上だった。


乳母を置かず自ら私を育ててくれて、忙しい父上をサポートしながらも、時間を作っては私の話をじっくり聞く。一年のほとんどを過ごす自然豊かな領地では、私の武術や魔法の稽古を手ほどきし、穏やかな晴れた日は自ら弁当を作り、手を繋いでピクニックに連れていってくれた。


私が7歳のとき母上のお腹に私の弟か妹が宿った。父と三人で彼?彼女?の誕生を待ちわびた。ますます幸せになると疑わなかった。


いよいよ母上が産気づき、両手を組んで祈っていると、真っ青な顔をした父上がらしくない足音を立てて走ってきた。


「ラルーザ、母上のもとに急ぎなさい!」

「は、はい!」


母上の寝室に駆けつけると、色を失い、真っ白な母上がゼイゼイと荒い息を吐いていた。

「お母さま?」

「……ラルーザ……愛しているわ……誰よりも……覚えていてね……かわいい…らるーざ…………」

スーッと細い息を吐き、母は天に召された。父上が号泣し、呆然としていると、部屋の隅でメイド頭のマーサが小さい小さい赤ちゃんを抱いているのに気がついた。ゆっくりそっと近づいた。


「ラルーザ坊っちゃま。妹さまですよ」

涙ぐむマーサが屈んで私に赤ちゃんをよく見えるようにした。

赤ちゃんは小さくて、儚くて、私と一緒の黒髪だった。マーサがあやすとまぶたがうっすら開いた。母上と同じ、黒の中にキラキラと星が輝く瞳。


「うううっ!」


この小さな妹は母上を知らずに生きるのか。この優しく温かい母上を。私は愛された。実感があるうえに駄目押しのように言葉まで残していってくれたしっかりものの母上。なのにこの妹は母の愛を知ることは二度とないのだ。


「うわーあ、ああああ…………」


私は父上にすがって泣き続けた。



◇◇◇



妹セレフィオーネはマーサに育てられた。お乳はしばらくは領地の女性にもらっていたが、たった数ヶ月でお粥に切り替えられた。妹は文句も言わず、スヤスヤ眠る。


父上は私を心配し、在宅時は出来るだけそばにいて、母上がしてくれたように一緒に食事をして眠る前に本を読んでくれる。

「父上、今日は私ではなくセレフィオーネに本を読んであげてください」

「ラルーザ、兄になったからといって頑張らなくてもいいんだ。そもそもセレフィオーネはまだ赤ちゃんだからわからないよ」

優しいね、と父上は私を優しく撫でる。違う、そうじゃない。後ろめたいだけだ。私は産まれたその日から1日も欠かさず本の読み聞かせをしてもらっていたのだから。


妹はマーサやエンリケに育てられ、黒い瞳の可憐な小さな淑女に成長していった。手がかからず、自己主張せず、そっと自室で過ごしている。顔立ちが自分と似たところだらけの妹を可愛いと思いつつも、手を差し伸べて遊んでやることができない。たくさんのものを既に受け取っている自分。これまでもこれからも手に入らない妹。妹を見ると罪悪感で押し潰されそうだった。


その頃父上は下手に頭が切れるゆえにドンドン仕事が増え、なかなか帰宅出来なくなった。そしてとうとう財務大臣を引き受けざるをえなくなり、領地を離れ、王都に無期限で滞在せざるをえなくなった。久しぶりに帰宅して私たちに引越す旨を父上が説明した。すると、


「おとうさま、わたくしは、ここにおいていってくださいませ。おじゃまでしょうから」


父上も私も目を見開いた。2歳の妹がここまで喋れるようになっていると知らなかった。そしてその内容……邪魔だなんて……


「なんという事だ……」


父上は慌てて小さな椅子にちょこんと座るセレフィオーネをギュッと抱き上げた。

「私のセレフィー、邪魔なわけないだろう?ダメだ、そんなことを言っては!」


妹は母上そっくりの邪気のない瞳でコテンと首を傾げる。

「ですが……わたくしなにもおやくにたちませんもの。ここでまーさのいうことちゃんときいて、おとなしくしてます。わるいことしません」


妹は……賢すぎて、2歳らしからぬ悲しい決断をしていた。


「セレフィオーネ、ああ!君が命がけで産んでくれた娘なのに!違う、違うんだ!セレフィー?セレフィーがいないとお父様がダメになってしまうんだ。頼むからお父様と一緒に来ておくれ!お願いだ!」


「でも……」

妹は初めて父上に激しく抱き込まれ、その表情は困惑していた。私の可愛い妹にこんな顔させてしまった……



王都に移ると、父上は時間を見つけては妹と手を繋ぎ散歩するようになった。私はホッとした。父上は私も一緒にと誘ってくれたが、宿題があると遠慮した。妹に父上の愛情を感じて欲しかったし……どういう態度をとればいいのかさっぱりわからなくなった。


邪魔だなんて二度と見当違いなことを言いださないように可愛がってあげたいと思うが、幸せを独り占めしてきて、妹を孤独にしていた自分が今更どんな顔で兄貴ヅラして話しかければいいというのだ。考えれば考えるほど険しい顔になり、そんな私にセレフィオーネはそっと自室に退いてしまう。


「お母さま……僕はどうすれば……」






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ