59 茶番に付き合わされました
関所の詰所で場を整えて、トモエ姫、そして敵対者三人を座らせる。
正面に私は立ってガンガンに威圧をかける。四人とも身じろぎもできないほどに。ジークじいは私の横でのんびり緑茶タイム。
「えーと、サカキさんとヤマダくんと御者さん……あ、タブチさんっておっしゃるの?あなた方の立場から今回の概要を説明願えますか?」
「セレフィオーネ、どういうことよ!動けるのならこの謀反人達をサッサと捉えなさい!」
「トモエ姫うるさい!ちょっと黙ってて!」
私はトモエ姫に防音魔法をかける。トモエ姫の口はパクパクと動きっぱなしだけど気にしない。
私は……静かに怒ってますが何か?
顎でサカキさんに発言を促す。
「私はマルシュ陸軍第三部隊隊長サカキ。まずは無関係の貴殿にご迷惑をかけ、申し訳ない」
全くだ。私は黙って睨みつける。
「マルシュはこの数年、次々と鉱山からの産出がなくなり、国力は落ち、干からびている。そういう状況にあるにもかかわらず王族は贅沢三昧。庶民が食べるオニギリもないのに、このお姫様は『オニギリがないならオモチを食べればいいじゃない』と言い出す始末」
どっかで聞いたな、それ。
「業を煮やした宰相閣下がとうとう立ち上がった。王政を廃止し、共和制にしようと。政治を民の手で行おうと」
そりゃオニギリ革命だな。
「私は軍に籍を置いたまま宰相側についた。王家の傘の中にいるからこそできる活躍があると思った」
サカキさんは、ふう、と一息吐く。
「しかしそれが裏目に出た。トモエ姫の護衛をせよという命令がくだった。一見真っ当な命令。断るわけにはいかない」
「でも?」
「トモエ様の留学など全くのデタラメ。他国の要人を傷つけて、求心力のある私を他国で罪人にし処罰させようという策略です。自分の手を汚さずに。しかし、策略とわかっていても乗らないわけにはいかなかった。トモエ姫をジュドールに逃がす訳にはいかなかったのだ」
だよねえ。流石にお姫様でも魔力ゼロで、魔法学院入学は無理でしょう。
「じゃあ次、トモエ姫の言い分聞いてみよー!」
私は防音魔法を解いた。
「ぷはっ!あなた達、黙って聞いていれば好き勝手なこと言って!国の財政が苦しくなり、私達にも反省点があるのは認めます。だからといって、反乱を起こし、お兄様や私づきの侍女を毒殺していい理由にはならないでしょう!」
「お前らの悪政と贅沢のせいで、何百万という民が餓死してんだよ!」
ヤマダくんが声を荒げる。
「お、王族には王族の品位を保たねばならない矜恃があるのです」
「チッ!そんな矜恃いらねえ。無駄ばかりだ!お前らは」
ヤマダくんが言いすてる。
トモエ様が私をキッと睨んだ。
「セレフィオーネは昨日のうちに私の敵がこの男たちだとわかっていたはずです。なぜ昨夜寝首をかかなかったの!それでもよかったのに!」
「だって、私の請けた要請は〈お姫様ご一行の護衛〉だったもの」
「あなた……信じられない!」
「つまり、トモエ姫は護衛でかつジュドールにて立場ある私が傷ついて、サカキさん達が捕まればオッケー。サカキさんは護衛の私が傷つこうともトモエ姫を捕らえられたらオッケー。どっちにしても、緊急要請でAの女冒険者を指定すれば伯爵令嬢の肩書きを持つ私が出てくる。そんな私が傷つく事ありきで計画したってことですね。……腐ってもゴールドランカー冒険者を侮りすぎだわ」
「すまん……」
「それの何が悪いの?好きで危険な冒険者なんてことしてるんでしょ!」
「まあ……ふふ、悪くはありません。ただ、ルールの問題です」
「ルール?」
「はい。一つずつ確認しましょう。今回の私への要請はめでたく終了でいいですね?四人とも無傷でジュドール王都に連れてきたのですから」
「な。何が終了よ!大失敗だわ!」
「おい……うちのギルド員をコケにする気か?」
はい、大魔神ジークさん降臨。トモエ姫も経験値桁違いの年長者の威圧には軽口叩けない様子。
「そ、そうよ、私を魔法学院に連れて行くまでが仕事でしょ!私もう、ここからマルシュに引き返します。要件を満たさなかったわね。お生憎様、ご機嫌よう」
「はーい、これ昨日交わした最終契約書。ここ見て、王都入門まで、と書いてありますよね、ね。故にミッションクリアです。今回の依頼料は300万ゴールド。毎度ありー!」
「ば、バカな!」
「続きまして、今回の依頼主様は故意に冒険者を危険に晒しました。なんてったって殺人未遂!違約金が発生します。私はAランクのきっちょーな女冒険者。違約金は規定で2000万ゴールド。締めて2300万ゴールドですわ。耳を揃えてお支払いくださいませ」
「冗談じゃないわ!納得いかない!ビタ一文払わない!」
「……踏み倒すおつもりですか?」
「当たり前よ!今回は国の一大事だったのよ!このならず者達を一掃するという。マルシュ王国の意向です。ギルドごときに指図されないし、お金も払う必要ないわ!むしろ進んで協力しなさい!」
「ギルドは世界中の国々から独立した組織。マルシュにおもねる理由ないし。ぶっちゃけお金さえ払えば契約終了で、どっちが正しかろうが、今後あなた達がどう転ぼうが干渉しないって言ってるんだけど?」
「伯爵令嬢と聞いていたけれど……お金お金と浅ましい……」
「ごめんね浅ましくって。じゃあ、国として、ギルドへ正式な要請をし、完了したにもかかわらず、契約を不履行するってことですね」
「私はマルシュ王国王女トモエ!同じ問いを何度もするな!無礼者!」
「りょーかーい!」
私は振り向いてジークじいから大量の手紙を受け取り、術をかけた右手で放り投げた。
手紙は一瞬で何百という赤い蝶になり、窓の外に飛んでいった。
「ダメだ!」
初めて御者のタブチさんが立ち上がり声をあげた。
「な、何なの?この蝶!」
トモエ姫が不吉にも見える光景を呆然と見送りつつ問う。
「ん、伝達魔法。赤は緊急で〈魔力なし〉でも読むことができる。世界中のギルドにもうこの出来事が伝わったわ。もう、どのギルドも、どの冒険者も、マルシュを相手にしないし……許さない」
「なんてことを……」
サカキさんが両手で顔を覆う。
「あなたは!あなたは、矜恃ある王族でありながら、冒険者がどれだけの富を、経済を回してくれているのかわからないのか!冒険者のおかげで治安が守られているのがわからないのか!もう、もう、マルシュは、おしまいだー!わあああああ……」
ヤマダくんが泣き崩れる。
「…………え?」
「……トモエ姫、あなたは国とギルドの古からの盟約を破ったの。…………はあ、ギルド長、後は頼んでいい?」
「あとはジークが責任を持ちまして。表舞台に立つことを嫌がる姫さまが、ギルドのためにと受けてくださったというのに……。姫さま、このような三文芝居に付き合わせ、申し訳ありませんでした。今後、〈緊急要請〉であっても中身の精査を怠らぬよう徹底いたします」
私は関所を後にした。
『セレ……今回も、ただ働きだな……』
泣いちゃうから言わないで。クスン。
◇◇◇
授業が終わり、寮に戻ると面会の連絡が入った。監視の行き届いた開放的な談話室に向かうと、そこには数日前の思い出したくない金にならなかったメンバー、サカキさんご一行がいた。
「本当に……女学生だったんだね」
ヤマダくんが真っ赤な顔してモジモジと言う。
「はあ、何の用でしょう、お礼参りですか?」
「いや……国に帰る前にもう一度謝りにきただけだ。我々のゴタゴタに巻き込み本当に申し訳ない」
全くだ。
「そして……この恩は忘れない」
「恩?あなた方の味方をした覚えはないけど。それにどっちかというと怨じゃないの?ギルドを敵に回させたきっかけ女なんだから」
「あなたのしたことは、悲しいが全て真っ当なことだ。嘆きはするが怨みはない」
ふーん。
「あなたは……道中一瞬で俺や仲間を殺すことができた。しかし、見逃した」
「それが依頼だったもの」
「王女の意見だけでなく、我々に発言の機会をくれた」
「王族の言葉は鵜呑みにしないようにしてるからね。特に自分の手はキレイでいようとする王族は大っ嫌いなの」
「ギルドに見放されたマルシュは時を置かずして崩壊するだろう。いつか、いつか革命が成ったとき、あなたに恩を返します」
「恩はいいからお金返せ!」
私は学校の門まで見送った。
「老婆心ながらご忠告、私の経験上、革命ってその後のほうが大変なのよ。混沌を抑えるために、冷酷な独裁者にならざるをえない場合もある。そして大義を忘れ、今度は自分が討たれるの。覚悟はあるの?」
前世、世界史で習った知識だけどね!
サカキさんの瞳に驚きが、そしてタブチさんの瞳に怯え?が走った。私の頭のてっぺんからつま先まで何往復も見つめている。
「老婆心……君は恐ろしいな。宵闇の破壊姫。肝に銘じる。またいつか、お会いしたいものだ」
三人は深々と頭を下げ、馬で去った。
『セレの二つ名もどんどんバリエーションが増えるな』
破壊……いよいよ国を破壊しちゃったからってこと?ヤバくね?
「疲れた。ルー、ケーキちょうだい」
『まあ……4ホール目はセレに譲るよ』
…………帰ったらマツキのベアをパパンに交渉してあげよう。春だしね。




