52 マーカス商会に行きました
年が明けると、四年生は卒業に向けて慌ただしく動き出す。卒業後の進路を決め、足りない単位を追試で取り、武術で免許皆伝を手に入れてないものは一発逆転を狙って特訓する。
そう言った諸々の厳しい試練を乗り越えれば……卒業ダンスパーティーがある。騎士学校の大きな講堂をホールに変え、パートナーを一人同伴し、軽めのお酒と美味しい食事を食べながら、踊り、卒業を祝うのだ。
で、
「セレフィー、アルマ、お願い!ダンパ手伝って!」
と、残り少なくなったパジャマパーティーでエリスさんがバニラアイスを食べながら言いだした。やっぱり真冬にあったかい部屋でアイスクリームは至福だね。
「え、スタッフ足りてないんですか?受付くらいならできますけど……あとウエイトレスもできます。ねーアルマちゃん!」
「ねー!」
アルマちゃんはストロベリーアイスにゴキゲンだ!
ササラさんはサッパリレモンシャーベットを食べながら苦笑する。
「うちの学年、ヘタレばっかでさあ。外部の女の子誘えないんだって。だからダンス要員」
ダンスはトランドル邸でみっちり仕込まれているから問題ないけれど、
「ササラさん、モグモグ、なんで最後の晴れの舞台にゴツい騎士学校の後輩となんて踊りたがるの?外部にはかわいい女の子いっぱいいるでしょ?」
アルマちゃんがコテリと首を傾げる。
「そーですよ。騎士学校の制服着れば、男子2割増しにかっこいいじゃないですか?将来有望だしモテモテでしょ?モグモグ」
私はチョコレート。
「今を逃すと宵闇の妖精と孤高の白百合姫と踊る機会なんて二度と来ないからなんだってさ」
ブッ!
アルマちゃんがココアを吹き出した。
「アルマちゃん、またステキな二つ名つけられちゃったね……」
「誰が……なんで……?」
「まあ、正直私たちも二人じゃ……心許ないのよ。だからお願い!私たちの学校最後の思い出に付き合って!」
エリスさんとササラさんが二人揃って私たちに手を合わせる。大好きな二人のお願いに、私とアルマちゃんが断れるはずがない。
◇◇◇
というわけで、卒パ用のドレスを作るために、王都中心部のマーカス商会にやってきた。おばあさまに事前に連絡を入れてもらったので、私たちの貸し切りのはずだ。
「……アルマ、マーカス商会なんか出入りする気か?」
「ああん?私やアルマちゃんのすることに文句あるってーの?」
「い、いえ、私めはセレフィオーネ様の下僕……出すぎたことを申しました」
なーぜーかーセシルが店の前で待ち伏せしていた。
「セシル……何?マクレガーの見張りなの?安心して。マクレガーのお金なんて使わないから」
アルマちゃんもトランドルでDを取った。そして学業に差し障りのない程度に収集系の依頼を受けて、しっかり稼いでいる。まあマーカス商会でお金使わせる気はないけどね。
マクレガー領ではなく、トランドル領でプレートを取ったこと。それはアルマちゃんの決意の表れだ。マクレガーと決別する、という。セシルはそれが納得いかないのかな。
「ち、違う!マーカスは破格なんだ!私はアルマが恥をかいてはいけないと思って……」
「セシル、ツケでしか買い物したことない人に心配されたくない」
「う……」
「ちょっと、ここで揉めるのは目立つわ」
ここは王都のメインストリート。ササラさんの言うとおりだ。私たちはしょうがなくセシルも連れて店に入った。
「セレフィオーネ様!皆様!お待ちしておりました!」
栗色の髪を頭のてっぺんでまとめ、茶色のシンプルなドレスでふくよかな身体を包み、首からメジャーをかけている抜け目のない焦げ茶の瞳の中年の女性を筆頭に、数人の女性が待ってましたとばかりに腰を90度に曲げている。
「マーカス夫人、スタッフの皆様、こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「はい、お嬢様。この度は卒業ダンスパーティー用だということ。華やかで動きやすいものがよろしいと思います。サンプルをこちらにかけておりますので、奥にどうぞ」
色とりどりのドレスや装飾品が並べられたゴージャスな空間に、初めて訪れた、エリスさん、ササラさん、アルマちゃん、そしてセシルは圧倒されている。
そして、ドレスの横に、ドレスよりもうやうやしく、私のデザインしたパジャマ達が鎮座していた。
「パジャマの売り上げはどう?」
「初めは、ファッションリーダーの戦姫様や宵闇の姫さまがご愛用ということで興味本意に手を取られ……ご自宅にて着心地を知り感動!そしてリピーターになり、お知り合いに薦める……という流れで順調な売れ行きです。セクシーさに欠けるのでは?と心配も致しましたが、逆にセレフィオーネ様のように楚々としたイメージが受けております。また、ローズ子爵夫人が旦那様にかわいい!ふわふわだ!と抱きしめられてラブラブ……という噂を拡げてくださり……新婚夫婦への贈り物にもなっておりますわ」
「フーン。ローズ様に感謝ね。お礼に共布でご夫婦用のガウンでもプレゼントしましょうか?」
「お嬢様、ガウンですか?詳しく!」
マーカス夫人の商売人の目が光る。
私と、夫人があれこれイラストを書いていると、小さく声がかけられた。
「あ、あの……」
「ササラさん。ベースのドレス、決まりましたか?」
「セレフィー、私……1番安いのでいいわ」
ササラさんは……慎ましい。素晴らしい美徳だ。大好きだ!
私は、マーカス夫人に視線をやる。夫人も心得たとばかり頷く。
「ササラ様、それは困ります。ササラ様にはうちで一番の衣装をおめしになっていただかなければ!」
「でも……」
「まず、トランドル様の命令もありますでしょ?ーそしてササラ様には私どもの広告塔にもなってもらわなければならないのです」
「広告塔?」
「左様です。ササラ様は失礼ですがご自分の価値をわかっていらっしゃらない。ササラ様はエリス様と共に12年ぶりの騎士学校を卒業される女性騎士。その制服姿に憧れる民がどれほどいることか!そしてこれからの凛々しい軍服姿、どれだけの注目を浴びることか!そしてお二人とも騎士として優秀である上に、お美しい。そして、後見にトランドル様。ササラ様、エリス様はまさに貴重な宝石の原石のようなお方なのです」
「まさしくその通りだ……」
なぜかセシルが相槌をうつ。
「そのササラ様が我々のドレスを着る。どれだけの経済効果があると思いまして?ササラ様の身につけるものには全てマーカスのMを刺繍させていただくつもりですの。ササラ様、私と一緒に商いを致しませんこと?」
「商い?」
「はい。損はさせませんわ。だってササラ様のバックにはとっても怖いお方がいらっしゃるんですもの。あ、パジャマのフワフワのハギレで香り袋を作ろうと思っているんですけれど、お知り合いに内職してくれる子供さんとかいらっしゃらない?」
ササラさんは困ったように笑った。
「わかり……ました。内職も……ありがとうございます」
ササラさんはようやく割り切ることができたようで、エリスさんとアルマちゃんの輪に加わった。マーカス夫人のお弟子さんにあれこれアドバイスをもらっているようだ。
おばあさまの言うように、一番似合う物を身につけることは重要だけれど、卒業パーティくらいは自分の気に入ったものを着てほしい。
「お嬢様」
「さすがね、 マーカス夫人。ありがとう、ササラ先輩を言いくるめてくれて」
「いえ、言いくるめてなどおりません」
私はピクリと右眉を上げる。
「ササラ様は本当に我々……平民の希望の花なのです。何の後ろだてもなく、お金もなく、決死の努力で騎士になり、その立場に奢らず、孤児院の子供達の面倒を見続ける……我々のような金儲けしかできない商人にはとても眩しい……」
マーカス夫人が目を細めて、生地を手に取り華やかに笑うササラさんを見つめる。
「そう、今の言葉、真実ならば、後ろだてのないササラ先輩が不当な圧力で窮地に立たされて、私が駆けつけられないときに、マーカス商会がササラ先輩を助けてくれる?」
「ご命令ですか?」
「命令のほうが動きやすいの?じゃ、命令」
「次期トランドル領主、セレフィオーネ様の命とあらば」
その肩書き……今使うとこなのか……
私の初めての友人の三人。三人がいればこそ、運命を忘れ、騎士学校で無邪気に過ごすことができた。
……私は国外に出て、二度とササラ先輩に会うことはないかもしれない。
少しでも……ササラさんのお役に立てたなら……嬉しい。
「お嬢様はドレスはいかが致しますか?」
「Aラインのネックが詰まってるデザインでいいかな?」
「お色はいつもの青ですか?」
私はいつもモノトーン以外はルーの瞳のスカイブルーしかチョイスしない。
「うーん、三人の色味を見てから考える。まあ今回は私はオマケみたいなもんだから」
「断じて違うぞ!」
セシル、まだいたの?




