50 昇格審査を受けました
騎士学校に入れば、少しは楽に息ができるようになると思っていた。でもマリベルサイドでストーリーが始まったからか、無関係とは思えない、無関心ではいられない事柄が起こる。
けれど私には現状、力とお金を貯めるしかできることがない。
学業の合間にギルドに出向いて依頼を受けて、コガネを稼ぐ。
貯金を使って、将来冒険者になったときのための、テントや雨衣、武具にその手入れ道具を購入し、マジックルーム〈一人暮らし〉に積み込んでいく。本当に使いやすいものは結構値がはり、貯金はあっという間に底をつく。
パパンに言えばいくらでも援助してくれるだろう。だけど、未来がどう転ぶかわからない状況ではパパンにもお金を蓄えておいてもらわないといけないのだ。もし、小説通りに〈補正〉されたら……断罪された娘を出した一家が無事で済むはずがないのだから。
ゆえにまた、依頼を受ける。
たまにルーに飛び乗り遠駆けする。仮〈玄武〉の行方を探りつつ、希少な素材を将来のために集めてまわる。国内はあらかた行き尽くした。
国外で収集するためには国境を超える必要がある。私はアニキと違ってチキンなので密入国とか絶対無理。国境を超えるには当然面倒な手続きが必要で、貴族令嬢が度々国外に出るというのは……あらぬ疑いをかけられかねない。今、悪目立ちして、『私はここだよー』っと合図を出すことはない。
行き詰まった。
これがAランクの冒険者であれば、ゴールドプレートを見せるだけで国境を超えることができて、詮索なしにあらゆる国に入ることができる。Aランクであれば今よりもっとギルドの報酬も増えて、買い物をするときもAランク優遇の価格で購入ができ、危険を伴う薬品類も購入可能になる。
前置きが長くなったけれど、はい、お馴染みのトランドルギルドなう。
私セレフィオーネ・G、A級ランクへの昇格審査を受けに来ました!
「たのもー!」
「よく来たな、セレフィオーネ」
ジークじいがニッコリ出迎えた。
「準備は整っている。己の力を見せるがよい」
◇◇◇
道場に入ると、試験官としておばあさまがシルバーグレーのドレスを着て優雅に座っていた。その隣にジークさんが向かう。ルーはひらりと私の肩からジャンプし、おばあさまの膝に着地した。
基本、審査も対戦相手も身内やチームメイトは行えない。しかしトランドルには認定の厳しいトランドルゆえに現在S級A級は数えるほどしかおらず、ましておばあさまが私に手ごころをくわえるなど誰も思わなかったので、ギルドの幹部会が了承したらしい。そもそも自分の孫に強くなるためなら毒を盛る人だからね。
そして、対戦相手はS級、ギルバートさん。ギルバートさんもトランドルの……冒険者の頂点に立つものの一人になっていた。
ギルバートさんがいつも通り、優しい瞳で私を見る。
「セレフィー、全力で来い!」
私はこくんと頷いて、両手に短剣を握った。
「お嬢ー!頑張れー!」
「セレフィー!行けー!」
「セレフィーちゃーん!ファイト〜!」
「お嬢!一発で決めろー!」
目の端にマットくん、ニック、ララさん、コダック先生などなどのギャラリーが見える。B級以上の昇格審査はギルドにとってとてもおめでたいこと。ゆえにギルド員なら観戦OKだ。ギャラリーごときで気を散らされる上級ランカーなどいない。
「始め!」
ギルバートさんが長い片手剣を抜いた。そしてギュッと握りこむとブルンと刃が震えた。魔力を剣に流している。ほら、アベンジャー閣下!ここにも魔法剣士いましたよ!
二歩で私に踏み込んでブワリと私の右手に切りつけてきた。後方にジャンプしてかわす。剣の長さとリーチの長さを見誤り、私の頰から一筋の血が流れ、そのまま凍る。ギルさんの刀身から雪が舞う。
マジカッコいい!氷じゃなくて雪ってとこがクール!絶対私もこの技使えるようになろう。
相手が雪なら……ベタだけど……
私も短剣に魔力を流し、術を纏わせた。
ジグザグにダッシュし、ギルさんの左脇に回り込み、喉元に蹴りを入れる。両腕でガードされたところに間髪を入れず、わたしの右手の短剣でギルさんの剣に力を入れて打ち込んだ。
ガチーン!ジューッ!
私の短剣は火魔法を流し高熱状態。ギルさんの雪の剣は一気に蒸気を発する。あたりに霧が立ち込める。私は右手を振り抜いて、今度は両手の短剣でギルさんの剣を挟み、さっきと逆に左に刀身を倒す。
パキーン。
雪の剣は高熱のナイフ2本による急激な温度変化と負荷に耐えかねて折れた。
「くっ!」
霧の中、ギルさんには私が見えない。私は暗かろうが霧だろうがなんでも見通せる赤外線スコープ的な便利魔法使ってますが何か?
音を立てずにジャンプし、ギルさんの肩に座った。いわゆる肩車状態。
「せ、セレフィー!何処から!?」
私はギルさんの首に両足を絡ませて締める。前世で言うならば柔道の三角絞め、立ったまんまバージョン。
なんでこんな技知ってるかって?前世で泣きながら私の後を追っていたかっわゆーい弟は、十数年後、丸刈りのモッサイ柔道少年になり、姉は送迎と応援に明け暮れたのだ。
右脚の膝の角度を変えて、さらに締める。
「ギルさん、降参?」
「違う!この技は、マズイ!止めろ!」
まだしゃべる余裕あるんだ。顔はビックリするほど真っ赤だけど。私は右腕も回してガッチリホールドする。
「どう?」
「どう?じゃない?今度は胸まで当たってる!ヤバイ!殺される!」
失礼な!ギルさんを殺すわけないじゃん!でもまだ決定打になってないみたい。
私は左腕をギルさんの顔に回し、視覚を塞いだ上で首を左に倒して堕とそうとした。
ギルさんの顔が私の胸に押しあたる。
「セレフィー!!!これ以上ひっついてはいかーーん!!!」
ギルさんなぜ絶叫?ギャラリーがとうとう騒ぎ出す。
「おい、ギルバート、何が起こってる!」
「クソっ!霧で何も見えねえ!」
「セレフィオーネちゃん!セレフィオーネちゃん!」
「せ、セレフィ!しっかりしろーーー!」
いやニック、私、かなり正気だけど?
「ま、まおうに、こんどこそ、ころ、さ、れ、る……」
ギルさんは唐突に後ろ向きに倒れた。
ドーーン!
お尻イッターい!
「セレフィオーネ!今すぐ霧を晴らしなさい!!!」
おばあさまの切羽詰まった大声が響く。なんて珍しい。もう何が何やら……
私は静電気のような雷魔法を空気中に流した。
すーっと霧が消えた。
私はぶっ倒れたギルさんの首に両手両足絡ませて絞めたまま、おばあさまとジークじいを見上げた。だって昇格したいんだもん。ホールドキープしとかなきゃ。
おばあさまと、ジークじいは真っ青な顔をしている。
「どうかしたの?」
試験官の二人は私とギルさんを交互に見比べて……急に鬼のような顔で殺気を放ちだした。
「セレフィオーネ、ギルバートから離れなさい」
「へ?だっておばあさま、まだ決着が……」
「いいから!!!」
おばあさまがあまりに語気を強めて言うからしぶしぶギルバートさんを解放した。ちっ、せっかくうまく一本勝ちできたと思ったのに。
私が離れるやいなや、観客席のコダック先生がありえないスピードでジャンプし、気絶しているギルさんに飛び蹴りした。ワオ!生ライダーキック!
ドカーン!!!
ギルバートさん壁にぶち当たる。
「はあ?」
「ギルバート!お前お嬢に何してくれてんだコラあ!!!」
いや……気絶してるだけじゃないの?
いつの間にか、マットくんもニックもララさんもそばに駆けてきた。みんな地の人相が悪いからそんな怒るとマジ怖いって!
「ギルバート!見損なったぞ!お嬢の脚で、脚で首を締めてもらうなんて!」
「ギルバートさん!オレ、尊敬してたのに!セレフィーの胸に、胸に……」
「イヤー!セレフィオーネちゃんの妖精のお顔に、き、傷が!」
「……どけ」
きゃー!大魔神ジークじい降臨!!!また背中に竜巻背負ってるぅ!
大魔神ジークは気絶したギルさんの首ねっこ掴むとズルズルと外に引きずっていった。
「…………おばあさま、ルー、どういうこと?」
「はあ……セレフィーちゃん。今後先ほどの絞め技は禁じます」
「なんで?」
『セレのため……ではない。皆の平和のためだ』
さっぱりわからん。
私は念願のAランク、ゴールドプレート所持者になった。
……なんで?なんで素直に喜べないの?
50話です!
たくさんの方に読んでいただいて励みになってます。
今後ともよろしくお願いします。