49 寝込みました
最後の最後におばあさまの家で飲んだお茶、私のものだけ毒入りだった。通算10種類目。今回は毒を飲んだ!と認識してしまったからか、カラ元気を出す気もおこらない。一応寮に戻ったものの、起き上がることが出来ず、今日は学校を休む。
ベッドの住人の私。窓の外はシトシト冷たい雨が降っている。
冬がやってくる。
「全くエルザ様もとんでもねえな……。ほら、解毒剤」
コダック先生が様子を見に来てくれた。
「先生ありがとう。でも解毒剤止めとく。昨夜あれだけきつい思いして、からだに馴染ませたのに、毒消しちゃったら元も子もない」
はあ、とコダック先生はため息をつき、私の頭をわちゃわちゃ撫でる。
「お嬢も真面目だな。昼は消化のいいもの運ばせるから、しっかり寝てろ。なんかあったらすぐ呼べよ」
先生に聞くところ、エリスササラ先輩とアルマは元気に登校したそうだ。私は身内だからいいとして、勝手に他所さまの子供に毒を盛って、後遺症でも残ったら投獄だから……、ね?おばあさま?
私は一人、天井を見て過ごす。私は『野ばキミ』の世界では欠かすことのできない人物だけど、リアルではただの女子中学生もどき。毒殺される恐れなんてないっつーの。私が前世ガラミで殺られるとしたらそんなひっそりなわけがない。派手に公開処刑だよ。
不意に部屋に力のあるオーラが充満した。私は右手を布団から出して、幻術、認識阻害、防音魔法をかける。
『セレ、珍しいね。具合がわるいのか?』
私は顔だけ動かして、久々の羽毛モフモフに挨拶した。
「アス、久しぶり。雨だから羽が濡れたんじゃない?」
アスの眉間?にシワがよる。
『…………セレがこんな状況なのに、ヤツは何をしている』
「ふふ、ルーは私が昨夜あんまり吐いたから、だるまの泉?の水を汲みに行ってくれてる」
『……ドルマの泉か……まああれを飲めば落ち着くだろう。とりあえず応急処置だ』
アスは私の胸に飛び乗った。重さなど感じない。そしてポロリと一粒片目から涙を落として、私の唇を湿らせる。スーッと身体が軽くなる。
「アス、ありがとう。さすが〈不死鳥〉ね。」
『……よく知ってるな。我の首を落としてそこから血を飲めば不死になれるぞ?試すか?』
私はなんとか身体を起こし、ベッドの背に寄りかかって座った。
「やめとく。一人ぼっちで生き延びても虚しいだけ」
『賢明だな。さすが〈前世持ち〉だ』
「聞いたの?」
『盗み聞きだ』
「開き直ってるし」
私はマジックルームからクッキーを取り出して右手に乗せて差し出す。ケーキは出さない。バレたとき、聖獣対聖獣の大戦が勃発する!
私がこれ以上動くことのできないことを察したアスはベッドの上でモフサイズになり、クッキーをくちばしで咥え、私の胸元でムキュムキュ食べる。
美しい七色の羽を左手で撫でながら、アスに尋ねてみた。
「アス、北の四天様とお会いしたことある?」
『……久しく会っていない。何故だ』
「うちの兄の調査では、誰かに最近〈使役〉されたっぽい」
『……初耳だ。それ故にセレは浮かない顔をしてるのか?』
「聞いたのなら、知ってるでしょ?私の予言書での運命を。北の四天様と、その〈使役者〉。このタイミングで現れるなんて、予言に関係しているとしか思えない。私をサシで倒すことのできる実力者がどこかで私を狙っていると思ったら、憂鬱にもなる」
『ルーは何と?』
「例え敵としての登場だとしても、予言書に出てきたわけではないから、不可思議な力でねじ伏せられる恐れはないだろうと。戦って勝てば問題ないって」
『……どうかな?』
「アス?」
『タールは我々の中で最古参。正面からあたって、勝てる相手ではないぞ。まあ使役者の力次第ではあるが……しかしタールを使役できたのなら、ギレンと同格だな』
「……私より、強いってことね」
『この話、ギレンに通すぞ』
「アスと陛下に隠し事が出来るとは端っから思ってませーん!」
私は下唇を突き出してそう言うと、再び窓の外を眺めた。雨はますますひどくなる。私のルーは大丈夫だろうか。ずぶ濡れのルーを思い描いて、はあ、とため息をつく。
『セレ』
「ん?」
私は止めていた手をまた動かして、アスの羽毛を何とは無しに整える。
『ギレンが皇帝になった。第一皇子も前皇帝も蟄居した』
「……速い」
『前世よりも?』
前世では陛下25歳、私が15歳の時に即位した。そして27歳でジュドールに侵攻。私はその戦いの中、断罪され、陛下に請われ17歳でガレ帝国に亡命。18歳で捕虜になる。魔力を吸い取られ続け……20歳まで生きたのだろうか?
前世より2年弱ペースが速い。これは予言書からズレたことになるのか?結果的に皇帝になったのだから予言書通りというべきか?
「……陛下は、星に早々なる即位を願ったのかしら?」
『ガレに君臨することは時期の早い遅いがあれど、ギレンの力があれば決定事項だった。星の力に頼るまでもない』
「確かに」
では、あの時何を願ったのだろう。天才の考えることなど凡人にわかるはずないか。
「陛下は、お変わりない?」
『相変わらず、強い。誰も寄せ付けぬ』
誰も寄せ付けぬ…か。もう現人神扱いね。今では前世同様の氷の瞳になってしまっているだろうか?皇帝という立場、事情はどうあれ自分で望んだのだから、結果の孤独も甘んじて受け入れているだろうけど……そうね、せめて……
私はベッドの脇に置いている小物入れから、青い石のネックレスを取り出し、両手でソッと包み念じた。
ラッキーラッキーラッキーラッキー…………
家内安全家内安全家内安全家内安全…………
金運金運金運金運…………
石はほのかに光った。
「これ、私の自作のお守り。陛下に祝皇帝!のお祝いですって渡して」
そう言ってアスの首にかけた。
『これは?』
「前世で幸運を呼ぶと言い伝えられてる瑠璃って石。そして、石の上の紐には小龍の抜け殻を少し編み込んでる。ちょっとだけ金運があがるよ。あ、でも陛下は金運いらなかったね。そもそも陛下に手に入らないものなんてないか。いらないみたいだったらアスがもらって!」
『セレの魔力が染みている。身につけていたのか?』
「うん、ルーやお父様達にもあげたけど、瑠璃の色や形は一つずつ違うから、それぞれデザインが違う。あ、見て!この石、あの日の夜みたいな濃い群青。金の筋が入って、流れ星みたい。そう思わない?」
『……確かに』
「今日、アスは陛下の即位を告げに来てくれた、でいいの?」
『約束の10年まであと2年だと、親切に教えに来てやったのだ。セレももうすぐ14歳になるのだろう?』
陛下が16歳私が6歳の、出会いの魔法大会からやがて8年。私を迎えに来ると宣言した16歳まで約2年。
「あの約束って、まだ有効なの?もう皇帝陛下だよ?位の高い賢姫、美姫よりどりみどりでしょ?こんな小娘いらないでしょう?」
まあ、もれなく惰モフはついとりますが。
『無論。ギレンの隣で寛げるのはお前だけだ』
褒められてる?さりげなく心臓の強さをディスられてる?
「2年後ね……ふふ、そもそも私、生きているのかしら」
心に思いついたまま、呟く。
アスがスッと両眼を眇めた。
『……セレ、今のようなこと、口が裂けてもルーに言うでないぞ。〈契約者〉の喪失は我々の魂も喪失する。ほのめかすだけで、穏やかではいられない』
「ルーに言うわけないじゃん。アスだから、ボヤいたの」
『セレ……お前は16で決して死なん。ギレンがお前を脅かす敵の前に大きく立ちはだかるさ』
「アス、皇帝陛下はそんなに暇じゃないから。人の世に疎すぎるよ」
『疎いのはお前だ。ギレンにギレンの欲しいものを与えられる人間は、この世にお前しかいないんだよ、セレ』
魔力のことでしょう?前世からだもん。わかってますって……




