46 お兄様が帰宅しました
またもやトランドルギルドに最後の最後にしてやられ、泣きながら今夜は王都の自宅に戻った。明日も学校休みだもん!やけ食いしてやるー!
「おかえり、セレフィオーネ」
珍しくアニキが帰宅していた。アニキは相変わらず図書館勤務の公務員だけど、有給目一杯消化して世界中の僻地や遺跡を巡って珍しい素材や稀覯本を探し集めている。忍者からインディー◯ョーンズに趣旨がえしたもよう。
で、私が騎士学校入学してから初めてじゃないか?我が家に帰ったのは?
「お兄様、おかえりなさい。お父様からしばらくは帰らないと伺っていたのでびっくりしました」
「うん、私もそのつもりだったんだけどね、セレフィオーネが男連れでギルドに現れたって聞いて、居ても立っても居られなくなってね、飛んで帰ってきたよ?」
「…………」
チクったやつ、出てこいやあ!
◇◇◇
随分と久しぶりに親子三人で食卓を囲む。お兄様の好物が所狭しとならぶ。
「お兄様、この度は北のダイセツ連邦に密入国して氷河の観測をされていたんですよね?」
そっからどーやって小一時間でここまで帰ってこれるかなあ?
「うん、少し探し物があってね。それに永久凍土の氷と同じレベルの氷を魔法で作って検証してみたかったし。マイナス200度の壁がなかなか超えられない」
超えたらどーなるん?
「まあでも副産物として、いろいろと氷河や氷山から掘り出したものがあるから、後で見てごらん。マンモス丸々一頭は領地で展示でもしましょうか?」
「そうだね。領地の子供たちが喜ぶだろう。ラルーザ、元気そうで何よりだ」
そう言って微笑むパパンとアニキは……親子というより兄弟のようだ。アニキは今年20歳、とっくに成人している。宮仕えらしくスッキリとしたいでたちのパパンに対し、髪が肩まで伸びて、無精髭を生やし、疲れを見せつつもうちに帰って表情が緩むアニキ。タイプは違えど黒髪緑眼のイケメン二人組が酒を酌み交わす。私が鼻血吹かないのを誰か褒めてほしい。
「で、セレフィー、男友達とギルドに行ったって?」
パパンよお前もか!
「友達ですから!あまり自由になるお金がないようなので、ギルドを紹介してあげただけです」
「セレフィオーネが格別な配慮をしてあげたって聞いたけど?」
「せっかく仲良くしてくれるので、ギルド生活の滑り出しが円滑になるようにサポートしただけですよ」
「大熊丸々プレゼントして?」
「だー!お兄様全部ご存知じゃないですか!もう!」
もうホント誰よチクったの!
「ふふふ、友達のプライドが傷つかないように、安易に剣を譲るのではなく、敢えて血と爪をプレゼントしたんだってね。相変わらず私のセレフィオーネは思慮深い」
そう言ってアニキは私の頰にちゅっとキスをした。
ヒゲが頰に当たる。その感触を、頰に手をやり確かめる。
前世と……違うよね?
前世のお兄様はヒゲなんて生やしたことなかった。私が学院に通い出すと話す機会も減り、唐突に距離を取られ、断罪の日、今と全く同じ完成された大人の顔でマリベルの横に立ち、私がセシルから暴力を受けていたときは私の無様な姿をマリベルに見せないよう壁になっていた。私のことなど眼中になく、ただただマリベルを気遣って……
同じエメラルドグリーンの瞳。あの時は凍てつくかと思った。今は暖かく爽やかな風に包まれるようだ。
「どうしたの?セレフィオーネ、私の瞳をそんなに覗き込んで」
「お兄様の瞳は宝石みたいに綺麗だなって。……私もお父様とお兄様とお揃いがよかったと昔から思ってる」
黒眼でないセレフィオーネはもはやセレフィオーネではない。黒眼でなければ……私の人生はもう少し単純だったに違いない。
「……私はセレフィオーネの瞳が好きだ。闇夜無しでは人は休まらない。セレフィオーネの穏やかな黒は私の安らぎそのものだ」
お兄様は私の頭を優しく撫でた。
◇◇◇
談話室に移り、大人の二人は上質のグランゼウス産ウイスキーを嗜み、私とモフモフはマツキがお兄様の好きなナッツで作ったケーキをうまうま食べる。
アニキが自分のマジックルームから、〈丸ごとマンモス〉以外の氷山土産を出してくれたので、一つ一つ手にとり、ルーと吟味した。
……この茶色くてまん丸のボール、これ恐竜の卵じゃない?これをもし孵化させたらジュラ◯ックパークナンチャラ物語が新しくスタート?『野ばキミ』なんてぶっ飛ぶんじゃ?いっちょやってみっか?
私は一個懐に入れてぎゅっと抱きしめ「産まれろ〜産まれろ〜」と念じてみる。だってほら私、チートだから!
『セレ、盛り上がっているところ悪いが、それはナウマンゾウのウ◯コだ』
「…………」
え、えっとお、ん?この石の群青は……
「これ、ラピスラズリ?」
「さあ、私も見たことない石だ。とても美しいけれど魔力はうまくまとえない。観賞用だね」
ラピスラズリ、和名瑠璃、前世的には絶大な人気のパワーストーン。幸運をもたらす石だ。
「お兄様、特に使われる予定がなければ私がもらってもいいですか?」
「いいけど、何に使うの?」
「これで、お守りを作ります。お父様とお兄様に」
おまじないをかけて渡そう。〈幸運〉と〈平常心〉。どんな〈補正〉にも惑わされないように。石の力が少しでも助けてくれると信じたい。
「私に?セレフィーありがとう!」
お父様が穏やかに微笑み、グラスを傾ける。
「父上、セレフィオーネ、ちょっといいかな?」
お兄様がグラスを置き、両手を組んだ。
「はい?」
「私が今回、北の極地に向かったのは、ある文献に出会ったからです」
「何の文献だい?」
「聖獣です。ルー様」
ルーがケーキを食べるのを止めて、顔をあげる。
「その文献は一柱の聖獣様について事細かに書かれておりました。おそらく以前の契約者が書き記したのかと……住処のだいたいの場所も特定できるほど」
「探しに行ったのかい?北へ、聖獣様を?」
「はい」
北の聖獣……前世の知識で考えると……玄武。
『……確かにあいつはひとところから動かないやつだ。しかし、聖獣は人間が求めるものではない。聖獣が人間を選ぶのだ。探すなど不敬であるぞ、ラルーザ』
ルーの声が厳しい。ビクビクしながら通訳する。
「お叱りは覚悟の上。ですが、ギレン殿下とアス様を見てわかるように、聖獣と契約者、使役者にはセレフィオーネを隠せない。もしいらっしゃるのであれば、実際にお逢いして何らかの対策を取りたかったのです。悪意のある他者に渡すくらいなら私が!と思ったことも否定しません」
……お兄様は、学院時代から今日まで、そういう目的で本を読み漁っていたんだ……。力をつけること、有益な情報を得ること、全ては私とルーの平穏を守るため。
ルーが覇気を抑えた。
『ふむ。一理あるな』
「……お会いできたのですか?」
「そう上手くは行かなかった。探し訪ねた聖域にはいらっしゃらなかった。でもあの場所で間違いないだろうね。ルー様の住まうこの屋敷と似た、清浄な空気がにじみ出ていたから」
会えなかったのか……残念。
「しかし……その聖域には最近と思われる足跡が残っていてね。私と同じようにたどり着いたものが……おそらくこの1年以内にいると思う」
「え?」
「先を越された、ということ?ラルーザ?」
「はい」
私の身体に悪寒が走る。
「誰かが、最近、北の四天様を見つけて、使役、してるってこと?」
「可能性はある。ギレン殿下がいい例だろう?ルー様、ご意見をお聞かせください」
『さっきも言った。アレは滅多なことでは動かん。アレがいないということならば……そういうことだな』
「聖獣と契約となればセレフィー同等の魔力、素質が必要だ。この世界にまだそんな力をもつ人間がいるのか?」
パパンが眉間に皺を寄せる。
マリベルだろうか?
もちろん玄武は『野ばキミ』には出てこないけど。マリベルは聖獣に並々ならぬ思い入れがある。
逆にマリベルではない場合のほうが怖いのでは?誰が、一体、何のために?想像もつかない。
敵なの?味方なの?
私は膝に肘をつき、両手で顔を覆う。目を閉じて、次々と浮かぶ最悪のシナリオを押し出していると、フッと身体が浮き、暖かい温度でくるまれる。
「どうしたセレフィオーネ?私がついているだろう?安心して、セレフィオーネとルー様の面倒は私が一生みてあげるから、ね?」
顔をあげるとアニキが私の眉間にキスをして、幼子をあやすように膝の上の私を優しく揺する。
お兄様の笑みの中にあるのは揺るぎない努力に裏打ちされた己への自信と……私への愛。
考えるのは明日でいい。今夜はこのまま……お兄様と仲良しの記憶を……脳裏に刻んでもいいだろうか?




