44 アルマ・マクレガー侯爵令嬢も生まれ変わる
血の滲むような努力の末、騎士学校に合格した。
ホッとした。あの針のムシロのような家からようやく離れることができる。卒業後、マクレガーに戻る気も近衛に入隊する気もサラサラない。私は軍の運用幹部を目指すのだ。セシルも同時に入学したが、知ったことか。
エルザ様も学んだ学び舎に足を踏み入れる。
そこには、
「新入生代表、セレフィオーネ・グランゼウス」
華奢な、清楚な、剣も握ったこともなさそうな、小さいお姫様が立っていた。
怒りで目の前が真っ赤になった。
その日のうちに、私は彼女にプライドをポッキリ折られた。
まず、腕相撲で瞬殺された。
そして、あくまでもカワイイ「女」であるままで、騎士学校で生活しようとする彼女の甘えにムカつき、自分との境遇の差が身にしみてますます腹がたち糾弾すると、セレフィオーネに優しく諭された。ありのままでいいのだと、好きなことをしていいと。強くなりたいと願い、その努力を、義務を、怠らないのであれば。
そんなことできるの?許されるの?
その考えは、憧れてやまないエルザ様のものだった。
男女の別なく今世紀最強の御仁の思想……その正当性、疑う余地などない。
……だからエルザ様もセレフィオーネもうんとしなやかで、タフなのだ。
私との違いはそこだ。私はストンとセレフィーの考えを受け入れた。
セレフィオーネのくれた部屋着は柔らかく裾が可愛く開いており、甘い花の石鹸の香りがして、私はこういう服に憧れていたのだと、自分の抑え込んでいた気持ちに初めて気づいた。
私はたくさん泣いて……女であることを受け入れ……ちょっぴり自由になった。
そんな私の横には似たような女子が三人もいて、一緒に涙ぐんで笑ってる。
一人じゃないって、何て楽なんだろう。
◇◇◇
セシルの嘲りを含んだ視線に気づいたセレフィーは、この二日見せていたふわふわした面持ちが思い出せないほど、無表情になり、身体中から殺気を放った。横で立っていることがやっとだった。
セレフィオーネが本当の姿を垣間見せる。
恐ろしい笑顔でセシルを倒していいかと問う。
私はいよいよセレフィーの力を見せてもらえる期待と、セシルのセレフィーの真の強さを知った後の顔を思い浮かべて、即座に笑顔で了承した。
大人と子供……いや、赤子の試合だった。助走なしの跳躍でセシルの身長の二倍近く飛び上がり、反動をつけてのかかと落とし。セシルは反応すらできず顔が地面にめり込み失神している。残酷と言われようが私は笑った。
そんな私にセレフィーは俯いて、
「つらい……」
と言って、苦しそうな顔をした。
ああ……セレフィオーネは私のカタキを取ってくれたのだ。賢いセレフィーはたった二日の付き合いで私の全てを見抜き、セシルのこれまでの仕打ち、私達の確執に気づき、私のために怒り、普段隠している本性を出してまでセシルをぶちのめしてくれた。友達だから。そしてこれまでの私の苦労を思い、今もまだ切なそうな顔をしてくれる。
友は私の100倍強く、100倍優しかった。
その後もセシルはくだらないことを言って絡んでくる。セレフィーは心底鬱陶しそうにしていて、心の底から笑える。セシルは一般的には侯爵令息で優良結婚物件のはず。しかしセレフィーにとってはただの弱っちい勘違い野郎。セレフィオーネの態度を見るにつけ、セシルのことも家のこともどうでもよくなってくる。
ただ……セシルと長らく疎遠ではあったけれど……想定外のなんとも残念な性格?に育っていて、双子として複雑だ。
そして、先生方や、クラスメイトと過ごして、世の中にはうちの家族より何倍も強い上に優しく面白い男の人もいるのだとわかった。父が侯爵家を『狭い家の中』と評していたのを思い出す。
その父は私の入学と同時に侯爵家を出ていた。父は父なりに私を守ってくれていたのだとわかった。
◇◇◇
学園祭に勇気を出して父を招いた。
1年1組の出し物は喫茶店。私は学校の白シャツにネクタイをして、セレフィーが作ってくれた黒のひざ下の、回ると広がるスカートを穿き、白いレースのカチューシャをした。喫茶店ではこれが正装で、「お帰りなさい。ご主人様!」と言って客をむかえるのがルールらしい。世の中は広く、知らないことばかりだ。
ネクタイを持っていないと言うと、クラスメイトの男子がいきなり全員闘技場に走り、総当たり格闘をはじめ、勝ち残った二人(ニックとなぜか?コダック先生)のものをセレフィーと二人借りることになった。騎士学校のルールをもう一度生徒手帳で確認しておこう。
〈喫茶コダック〉、なぜか私とセレフィーが接客の時間に客が集中する。目が回る忙しさ。メニューは通しで一緒なのに何故?と思っていたら父が来店した。
「お、お帰りなさい!ご主人さま!」
あれ、父の後ろに並んでた3人が鼻血噴射!熱中症かしら?
「アルマ……とっても可愛い。白百合の花のようだ」
父が満面の笑みでそう言った。父は……おべっかを言える器用な人ではない。
恥ずかしくて、父をまともに見られない。下を向いて席に案内し、同じカチューシャをしたセレフィーの手を引っ張って連れてくる。
「父上、紹介します。私の友人のセレフィオーネです」
「アルマのお友達!?はじめまして、アルマがお世話になっています。これからもアルマと仲良くしてね」
セレフィーが漆黒の大きな目をますますまん丸にする。
「うわー!あのマゾセシルとおんなじ顔なのに、なんでこんなにイケメンなわけ?しかも常識人!」
まぞ?いけめん?
「アルマちゃんと一緒でめっちゃ優しそう!やっぱ男は優しいのが1番だよね!あと信頼できること!お父様、アルマちゃんの大大大親友セレフィオーネです!よろしくお願いします!」
父が顔を真っ赤にしてコクコクと頷いている。
そーだね。男は優しくて信頼できるのが1番!女が強ければいいんだから。




