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43 アルマ・マクレガー侯爵令嬢も振り返る

珍しく、まだ暗いうちに目が覚めた。窓を開けて新鮮な空気を入れると、目の端に何か動くものが入り込んだ。


「セレフィー……」


私の初めての親友がグレーの身を隠すためにあるような全身を覆う服を着て、見たことのない武器を両手に握り、一心不乱にシャドウトレーニングをしている。セレフィーの動きがあまりに細かく、相手がまるでそこにいるかのように見える。攻撃対象は小さめのジャンプ力のある獣だろうか?一体何を想定しているのだろう。


激しい息遣い、突然距離をとり、ジリジリと回り込む様子、目はギラギラと光り対象を睨みつける。真剣そのもの。


窓枠に頬杖をつき眺める。ふふふ、と笑ってしまう。

「こりゃ、勝てっこないよ」


私の親友は誰より強くてかっこいい!


親友への醜い嫉妬はとっくに霧散していた。




◇◇◇




私はマクレガー侯爵家に四人目の子供として産まれた。私が産まれたとき、侯爵である祖父は「女か、つまらん」と言い放ち、その態度は今も変わらない。


マクレガー家は代々王家に仕え、近衛騎士団という最も王族に近いところでお守りすることを誇りとする家柄だ。家のランクもあり、必ず騎士団長を拝命してきた武の家系。肩に団長の証である星が三つ並んでいるのが当たり前。


しかし、父は祖父の期待に応えることができなかった。騎士学校を首席で卒業しなかった父を祖父は激しく罵倒したらしい。それ以降祖父は父に話しかけない。この家で祖父は絶対。誰も異を唱えない。


祖父は簡単に父の婚姻を決め、さっさと結婚させた。そして長男が産まれると、この孫に侯爵位を継がせると宣言した。


長兄も次兄も優秀で、祖父の教えそのままに成長し、騎士学校を首席で卒業し、騎士団に入団した。父はもうこの屋敷の空気でしかない。双子の兄ですら、まだ何もなし得てない立場というのに父をバカにする。男子を三人も産んだ母の方がこの家での立場は上だ。


私は父のように、空気になりたくなかった。蔑ろにされたくなかった。だから全てセシルと同じようにした。セシルと同じだけ稽古し、同じだけ勉強し、同じように食べて身体を作った。しかし祖父も兄達も疎ましそうに眺めるだけ。セシルには武道も勉強も家庭教師がついたのに私にはなかった。


魔力検査、我が家は皆〈魔力なし〉。特に問題にもならないのだが、私に限って、

「女である上に〈魔力なし〉だと?本当に使えないやつだ。嫁の貰い手もないぞ」

そう祖父に言い放たれた。


騎士への道の指導はもちろん、侯爵令嬢にふさわしい嫁入りのための教育すら施したこともないくせに!女としても、男としても扱われない、とことん不要な存在の私。


悲しくて悲しくて部屋にこもり泣いたが……それでも見限られたくない。私は黙って一人、鍛錬を続ける。同い年のセシルが祖父や母に愛されるのを横目にみながら。




私の相手をしてくれるのは、皮肉なことに空気でしかない父だけだった。

「アルマ、こんなに可愛いのに騎士になるのかい?」


「あ、あなたのように、なりたくないからでしょ!」

私が顔を真っ赤にしてそう叫ぶと、父は悲しそうな顔をした。

「そうか……、ちょっと待って」


父はたくさんの蔵書の中から、一冊の本を探しあてた。

「騎士を目指すのなら、こんな狭い家の中の出来事を理由にするのではなく、素晴らしい騎士を模範にしたほうがいい。この本からお気に入りの英雄を探してごらん」




父のくれた本はこの国の近代戦史の入門書だった。近代に入ってからの、世界と我がジュドール王国との間で起こった戦争と内戦が時系列で説明され、戦ごとの兵力の分析、収束までの日数、総大将や指揮を取ったものの名前、戦術、勝因敗因……子供にはかなり難しいものだったが、私は必死に読みふけった。

そしてようやく私の英雄を探しあてた。


二つの大戦を勝利に導いた軍師、参謀本部に千人の敵がなだれ込んだときも、冷静に短剣一本で返り討ちにした腕も超一級の戦姫、エルザ大佐。大の男でも全く手の届かない、高みに立つ女性。


エルザが参謀本部に在籍していた時代はエルザの立てた作戦しか採用されなかったともある。当時の参謀本部の名簿には……祖父の名前。


「ふふふっ、ははは!」


私はエルザ様を目指そう。



その日から、私は日々の鍛錬を二倍に増やした。兄達は我が家の伝統ゆえに槍術を鍛えていたが、将来馬上で槍を振るう自分の姿は想像できなかったので、見よう見まねで片手剣を稽古した。


「私相手では物足りないだろうけど、手段は選べないだろう?」

父が相手をしてくれるようになった。父は日頃鍛錬をしているわけでもなく、体つきからして力などない。それゆえに、ヒラリヒラリとかわしてスキを突く、真っ直ぐではない…マクレガー的に言うならば…姑息な剣だった。私は悔しいながらも父の剣技を少しずつ盗んだ。手段は選べないのだ。


「女のお前なんかがどう鍛えたって俺には勝てないさ。いい加減諦めろよ。目障りだ!」


セシルがニヤニヤ笑いながら、剣を構え、飛びかかってきた。体が勝手に動き、セシルの懐に飛び込んで柄でみぞおちをえぐった。


「ご、ごふっ」


「え?」


この出来事はいつのまにか改竄され、私が卑怯な手を使ってセシルを嵌めたことになった。私は祖父から頰を張られた。セシルは窓の外を眺めていた。


私は双子ゆえに……最後まで家族と信じていたセシルも諦めた。


そうこうしているうちに私の身体は成長期を迎え、女らしく変化する。脂肪が付き、胸が大きく邪魔になり、ただでさえ動きづらいというのに月のものもやってくるようになる。対してセシルはグングン背は伸び逞しい身体になる。

目標はエルザ様とはいえ、妬ましい気持ちは抑えられない。


セシルの古着は足は長すぎて、胸囲はきつすぎた。






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