41 授業が始まりました
「おい……なんでそんな朝から覇気がないんだよ」
「うん……ちょっと寝不足……」
ニックの問いに、机に突っ伏したまま答える私。
私は昨晩寝ていない。目の前の自分のためのケーキを次々と少女達に平らげられる様を見ていた四天の聖獣はわかりやすくブチ切れた。
哀れな下僕でしかない私は夜中泣く泣く忍び装束を着て、身体強化して闇夜に跳躍し、我が家に帰り、マツキとマーサを叩き起こした。ありったけの材料でチョコケーキ、チーズケーキ、紅茶のケーキをオーブンノンストップで焼きまくり、生クリームを3時間泡だて続けた。そして、二人に片付けずに帰ることをジャンピング土下座をして、夜が明け切る前に帰ってきたのだ。
『セレ、これに懲りて二度とこのような過ちを起こすでないぞ、モグモグ……』
うん、絶対しない。これからはルーに在庫はバラさない。無心に食べるルーを置いて登校した。
「おーい、一時間目、闘技場で格闘に変更だー!着替えて集合ー!」
コダックさんの声が響く。私はムクッと起き上がる。
「せ、セレフィー、更衣室に、行こ?」
「アルマちゃん!」
アルマちゃんから私に声かけてくれるなんて…………私の気分はちょこっと上がった。
で、闘技場ナウ。格闘は全員必修。いざというとき武器が無い状態でも戦えなければ意味がないから。他の武術は選択制。つまり武術において格闘のみが全員漏らさず序列がつく。
武術授業は各々動きやすい服を着ている。体操服までは国も支給してくれなかった。半袖短パン風な男子もいるけど、大方着慣れた長袖長ズボンって感じ。ニックもその辺ブラブラしてもよさそうな格好だ。アルマちゃんはご兄弟のものなのか少し大きめの貴族がよく来ているカーキ色の稽古着だ。
私は当然忍び装束……ではない。綿素材の黒の長袖長ズボン。洗濯のしやすさ重視です。見た目その辺に売ってそうだが、お兄様の防御魔法がこれでもかと張り付いている。
「年頃の女の子なんだから、かすり傷一つつけちゃダメだよ!」
だそうな。
「ニック、こっちはマイスイートハートアルマちゃん。アルマちゃん、こっちは太陽の男ニック!」
「よろしく。セレフィーそのクダリ止めろ!」
「こ、こちらこそよろしく。アルマとお呼びください。セレフィー私もそのクダリ勘弁して」
「え……お前んとこは……呼び捨てマズイだろ?」
へ?
「なんで?」
「おまっ、そんなことも知らないで……ってトランドル縁者には関係ないか。アルマ……さんのとこは代々近衛騎士団長を輩出する武の名門マクレガー侯爵家だ」
「か、関係ありません!私より数段強いセレフィーが呼び捨てなのに、私に敬称なんて恥ずかしすぎます!」
「うーん、そうかあ?」
近衛騎士団……マクレガー……兄……侯爵……
私はアルマちゃんをマジマジと見る。
若草色の髪……すらっとした上背……キャラメル色の瞳……
「アルマちゃん、ひょっとしてプライドクソ高くて槍術大好き、ガードナー第2王子大好きのアルマちゃんみたいな髪の色したご兄弟いる?」
「プライドクソ高くて槍術大好き王族大好きな兄は三人いる。でガードナー第2王子大好き私と同じ髪のやつはそのうちの一人で……あそこにいる。」
アルマちゃんの視線の先を見ると……アルマちゃんをもっと大きくした上から目線で私を睨みつけてる……知ってる顔がいた。
「はあ、双子なの。ゴメン、隣のクラスだけど私といると絡んでくるかも」
とうとう来た……およそ7年ぶりの攻略対象者との対面。
セシル.マクレガーだ。
記憶を必死にたどる。セシルは近衛騎士団長の息子であり第二王子と年が近いということで幼い頃から王子の取り巻き……もといご学友だ。侯爵家という家柄とそこそこの実力のためにひっじょーにプライドが高い。
なんで実力はそこそこかというと……
近衛騎士団は王族を守る集団。貴族の坊ちゃんが入るただのハクヅケ、名誉職。実際に前線で戦ったやつなんていないのだ。軍の下部組織ということになっているが事実上独立。軍も面倒な集団を手取り足取り世話する暇なんてないから放置。それがますます自分たちを特殊と思わせつけ上がらせた。プライドだけ突き抜けてるお飾り団。
お兄様、第二王子に続く第三のヒロインの攻略対象者……しくじった。みんな魔法学院にいくものと思い込んでいた。近衛希望ならそりゃ騎士学校だよ。不覚。
関わりたくない……でも、今更アルマちゃんと距離を置く?無理!アルマちゃんとはたった二人だけの女子同級生。先輩達が卒業したらなおさらだ。嫌だ、初めてのこの世界の女の子の友達、離れたくない。
瞬時に前世の画像が頭に浮かぶ。
魔法学院で糾弾される私。セシルは私の髪を掴んで引きずり、私の顔を地面に押し付けた。
『お前みたいな残酷なやつ、殿下のそばにふさわしくない!』
『戦時の殺人が罪というならば軍事法廷で裁いてくださいませ。私は陛下の命令に従ったまで。戦場ではないこの場で何の罪もない女を痛めつけるあなたに罪はないの?近衛とは最も気高い集団と聞いておりましたが?』
『血まみれ手のくせにぃ!黙れぇ!』
顔が変わるまで殴られ、踏みつけられた。
残酷で、バカな男。
『セレ!どうした!』
ルーが慌ただしく真剣な顔で駆けつける。
息が……上がる……深呼吸、する……
「おい、めっちゃ恐ろしいオーラ出してるぞ?」
咄嗟の遭遇で、またしても気持ちをコントロールできなかった。思わず天を仰ぐ。
「ゴメン、ニック。アルマちゃんのお兄様に睨まれてつい過剰に反応しちゃった。私、売られたケンカは買うことにしてるんだ。誤解はとっとと解くに限るってね。アルマちゃん、私、お兄様と仲良くできないかもしれないんだけど、いい?」
思いがけずアルマちゃんは笑った。
「セレフィー、私も仲良くないから気にしないで。ふふ、セシルを嫌いって女の子、初めて。ちょっと感動!」
あらよかった。
コダック先生がやってきて私の頭をポカッと叩く。
「何、殺気垂れ流してんだ!ったく。ガス抜きだ。お前が一発目な。みんな集合!今日は1年次合同で格闘だ。武器はなし。ギブアップか、落とすか、場外で終了。今日は指導しないから思いっきりやってみろ!1組の一人目はセレフィオーネ!2組、誰が出る?」
「私が参りましょう。」
もったいぶってセシルが一歩前に出た。
私の表情をルーが覗き込み、
『リストの人間?』
「うん……後でね」
「アルマちゃん、私、今日眠くって手加減できないかも。ゴメンね」
「だから気にしないでいいよー!」
アルマちゃんがこれまでで最高の笑みで見送ってくれた!
「おんな……怖えよ……」
中央のコートに向き合う。
育ちの良さそうな生意気な少年が口の端を上げて笑っている。おんなじ顔なのにさっきのアルマちゃんのカワイイ笑顔と大違い。双子なのにアルマちゃんより上質な服着てるのは何故?ますます腹たつ。アルマちゃんには私とお揃いのを速攻仕立てよう。
現世のセシルに恨みはない。
でも完膚なきまで叩き潰す。二度と歯向かおうと思わないように。二度と私の前に顔を出さないように。
私の保身のためよ。ごめんなさい?
ピーッ!
開始の合図とともに私はダンっと跳躍した。190センチあるセシルの遥か上までくると、加速をつけて落下し右足を大きく振りかぶりセシルの脳天に……かかと落としを放つ。
ズンッ!
セシルの顔が地面にめり込む。着地した私はピクリとも動かないグリーンの髪をひっ掴みグイッと頭を上げさせ、首の脈を取った。
「生きてます」
ピー!
「終了!救護、セシルを医務室に連れてけ。セレフィオーネ、ちゃんと加減できるじゃねえか。みんなわかったな。この調子でサクサク行くぞ!次!………、………」
『……よく、我慢したな』
「ま、ね。でも……ホントは顔見るのもつらい……」
私は自分のつま先を見つめる。
『つらい……か。ようやく吐露するようになったか……任せろ。オレがいたわってやる!』
?ルーがなぜか優しく微笑んだ。どして?
いたわるって……私がさっきまで作ってたケーキでしょ?
38話から〈第3章〉に分けました。騎士学校編です。




