40 女子会に参加しました
寮は東棟と西棟2棟あり、西棟の3階フロアが丸々女性寮。女性専用の大浴場もトイレも同じフロアにある。食堂は1階で男女一緒。メニューは日替わりの二種類で決められた時間に行けば自由に食べられる。
私のこれから4年間のお城は308号室の角部屋。女子は少ないから一人部屋。男子はほとんどが二人部屋。むき出しの床にベッドと机があるだけの殺風景なものだけど、なんせタダなのだ。前世家賃にヒーヒー言ってた記憶があるものとしては十分すぎる部屋。
そうは言いつつも、女子なんで、カーテン無しは有り得ない。私は小さい部屋をキュッキュッと磨き上げたあと、マジックルームから、カーテンとフワフワのラグを取り出した。どちらも領地の女性たちが私の入学のために心を込めて作ってくれたもの。
私とルーが領地を駆け回るだけで何らかの土地の恵みがあるらしい。子供の怪我とかついついチャチャっと治しちゃうしね。きっとそのお礼。ありがたいことだ。
北国の青い山脈をイメージしたカーテンとふわふわの新雪のようなラグを敷くと、あら不思議、懐かしい部屋になった。ここ土禁決定!靴をドアのそばに置き、ラグにペタリと座る。
「ルーご飯にしよっかー!」
声をかけると数分でルーが現れた。
『食堂に行くのか?』
「今日はマツキがお祝い弁当作ってくれたからそれ食べよ、ここで二人で乾杯しようよ!」
『そーだな』
お弁当は尾頭付きの鯛もどきの塩焼きが真ん中にドーンと鎮座していて、周りはカラフルな野菜が飾り包丁で繊細に添えられていた。誰の結納料理?
『マツキ、腕が上がったな』
「そだね。どこに向かうんだろ?」
『向かう?ダメだ、セレ!マツキを離すな!』
「いや、そーじゃないから」
マツキに並々ならぬ執着を持ってしまったルー……
「今日のケーキはフルーツのロールケーキ。あとルーのためのチョコケーキ、週末までちゃんとマツキから預かってるからね。私の〈ナマモノ〉に入れてるから。私が食堂に行くときはそれを食べてくださいって」
『マツキ…………』
涙目になったルーと仲良く「いただきます」してご飯を食べた。ルーは今日一日学校の周囲を見回り、特に危険は感じなかったらしい。
「へー。今度海側に行ってみようか?なんかいい素材あるかもね。ギルドの依頼もチェックしといたほうがいいね」
トントン!
私はルーと顔を見合わせる。来訪者に何も思い当たらないけど……とりあえずルーに幻術をかける。
「はーい」
私がドアを開けると、知らない女子が二人と、その後ろにアルマちゃん……ってみんなデカッ!見上げすぎて首痛い……
「初めまして。私たちこのフロアの住人よ。あなたを含めたったこの4人。だから挨拶に来たの。少数だから力を合わせないと、ね!」
長い黒髪をキリッとポニーテールにして、水色の涼しげな瞳のその女子は口の端をあげて笑った。
さ、さ、さ、サムライ発見!
「あ、あの、何もないところですが、どーぞ、中に……」
噛んでしまったわ。
とりあえず〈めで鯛〉は片付けて、フルーツロールケーキを切り分けてお茶と一緒にお出しした。ルーからの殺意が背中にビシビシ当たって痛い。しょーがないじゃん。ケーキ、ガン見されちゃったんだから。ちゃんとケーキの追加のお願い、エンリケに出しとくって!
「こ、こんな宝石みたいなケーキ、初めて見た……」
サムライじゃないほうの、クルクルの金髪に赤い瞳のもう一人の女子が目を潤ませている。
そーでしょう?うちのマツキ、もう別の次元で戦ってるんです。
「待て待て、食べるのはあとよ。まずはやるべきことをやらないと!」
サムライが待ったをかける。やるべきこと?
「まずは、腕相撲、しましょうか?」
瞬殺しましたが、何か?
◇◇◇
「いやー、アルマ、疑ってごめんごめん。マジこの子強いわ。じゃあ私から自己紹介ね。私はエリス、今年4年生。うちは神官の家系でね。多分卒業後は神殿の護衛ね」
サムライさんはエリスさんね、メモメモ。
「私はササラ。同じく4年、長らくエリスと二人っきりだったから二人も新入生が来て嬉しい!私は平民よ。ここで勉強させてもらったお礼に軍で数年働いてから孤児院に帰ろうかなって思ってる」
金髪クルクルさんはササラさんね、メモメモ。
時計回りなら次は私か。
「私はセレフィオーネと申します。貴族ですが、ギルドで鍛えられてますので先輩方もアルマちゃんもセレフィーとお呼びください。あ、靴脱いでくれてありがとうございます」
「私はアルマ。私も貴族ですが、呼び捨ててください。将来は軍の参謀本部に入れたら…と思ってます。よろしくお願いします」
一通り挨拶が済むと三人は無言でケーキを食べだした。みんな幸せそうな顔して……おばちゃん嬉しい!だからルー!ゴメンって!
「はー美味しかった。それにしても居心地のいい部屋だねえ。同じ間取りとは思えない。そしてセレフィーのその……部屋着?気が抜けるわ」
ササラさんがさっと部屋と私を見渡して苦笑する。
へ、なんか変かな?私は自分の格好をチェックした。ブルーの柔らかいパイル地でゆったりしたAラインの膝上の上着に、ひざ下までのゆったりパンツ。一言で言えばザ、パジャマ!私が型紙おこして作ったよ。だってこの世界の引きずりそうなネグリジェは、私の寝相が悪くてルーにお尻丸見えではしたないって怒られたのだ。で、共布で作ったヘアバンドを巻いて髪を下ろしてる。
目の前の三人は、制服の詰襟を脱いだだけ。白シャツに制服のズボンのまんまだ。
「部屋着に着替えてはダメなんですか?」
「いや、ダメじゃないけど……なんていうかな、男子に隙を与えないために、あんまり気を抜くことができないっていうか……バカにされたくないのよ。女っぽい格好とかして」
エリスさんが歯切れ悪く言う。
私のカッコ、気が抜けてるのはわかる。
でも女っぽくはないぞ?レースもリボンもないもの。
「うーん、気にしすぎでは?誰より強いおばあさまも愛用してるんですよ?そうだ、私のこの部屋着、着てみませんか?とってもラクですよ!」
私は隅に引っ込んで、作り置きしているパジャマをマジックルームから取り出した。
「セレフィー、気持ちはありがたいけどサイズが……」
「大丈夫です!先輩方のサイズもあります」
「なんで?」
「おっきくなる予定だからです!」
「「「…………」」」
私は目の色に合わせて水色をエリスさんに、エンジ色をササラさんに、生成り色をアルマちゃんに渡して無理矢理着替えさせた。
「すっごい……ふわふわ」
「気持ちいい……力が抜ける……ダメ人間になるやつだ、コレ……」
「…………」
「ふふふ、三人ともお似合いです。うちの無敵のおばあさまが言うには強くなるためにはメリハリが大事だそうです。自分の大好きなこと……例えばオシャレするとか、美味しいケーキ食べるとか、それを楽しみつつ鍛錬しなければ強くならないのだそうです。ツライ窮屈な気持ちで稽古しても、成長しない、と」
私が得意げにペラペラと話していたら、唐突にアルマちゃんが立ち上がり、私を睨みつけた。
「あ、あなたに何がわかる!そもそも才能があって、可愛くて、愛されているからそんな自由なことが言えるんだ!そもそもそんな適当なこと言ってるあなたのおばあさまって誰よ!ムカつく!」
「ア、アルマ!」
エリスさんが慌てて止める。
……失敗した。知り合ったばかりなのに説教じみたこと言った。ついつい何十年ぶりかの女子会が嬉しくて、調子にのってしまった……反省……
にしてもアルマちゃん……なかなかに屈折した思いを持ってるようだ。
「……アルマちゃん、偉そうなこと言ってごめんなさい!私の祖母はエルザ・トランドルです。私に才能があると言うのなら5歳からスタートしたエルザ式トレーニングの成果です。今度一緒にトランドルに行きませんか?おばあさま、騎士学校の後輩が訪ねたらきっと大喜びします」
「凶姫エルザ……」
「トランドルの鬼子母神……」
「エルザ、さま?……無敗の……軍師の?……うちのお爺様がとうとう勝つことができなかった……最高の……私の……目標の……ううううっ!うわーーーーん!あっあっわーん…………」
「アルマちゃん……」
「アルマ……」
「アルマ……」
アルマちゃんも、きっと一人で肩肘張って戦ってきたのだ。
そして、騎士学校に来てる女子なんてみんな似たような境遇だ。
何かを打開するために、普通の女子がしないでいい苦労を何倍もして、決死の努力でここに辿り着いている。
アルマちゃんが泣き終わってから、私はお茶を入れなおし、みんなにチョコケーキを振る舞った。アルマちゃんは吹っ切れたのか、はにかんだ笑みを見せてくれた。私たちはケーキが好きでパジャマが好きで、それでいてめちゃめちゃ強い女子を目指すのだ!
騎士学校女子会パジャマパーティーは大成功で幕を閉じた。
『セーーーーレーーーー!!!』
怒り狂うモフモフが一匹…………
9/2 どもってしまったわ→噛んでしまったわ に訂正しました




