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35 アイザック.グランゼウスの決意

私が情けないことにソファーから起き上がれずにいると、聖獣様はそれを気にする風でもなく、私の前で大きな身体を長々と横たえた。


『そうじゃな……結論から言うと、セレフィオーネは〈前世持ち〉であった』

「前世持ち?ですか?」

『うむ……今日のところはあまりに憔悴していたゆえ細かく聞き出すことはしなかった。泣きじゃくり、途絶え途絶えの話だった故、我の想像で行間を埋めるがそう大きく外れてもおらんじゃろうて。セレフィオーネは前の生の記憶を宿したまま産まれた。前世ではこの世界とは全く違う価値観の世界で、早逝したという。賢女であった故に神に召され……この戦ばかりの行き詰まった世界に転生させられたのかもしれぬな』


想像だにしなかった事実に、うまく相槌も打てない。


『セレは、その前世で予言の書を読んだという』

「予言……」

背筋が寒くなる。


『予言の書はこの世界について事細かに記してあったそうだ。この世界でセレフィオーネとして生を受けなおし、家族や我と出会い、厳しく自分を律し、膨大な魔力を持ってして、この世界の安定に寄与する……ここまでは、現状概ね予言通りのようじゃな』

「はい。」

『問題はその先じゃ。予言では、魔法学院に行くやいなや、セレフィオーネは何者かの陰謀に陥り、それまで親しくしていた全てのものに裏切られ……無残に殺される、とあったそうじゃ』

「そ、そんな!」

私は体を起こそうとしたが、またばたりと崩れてしまう。


『セレはその予言を我と出会ったあの雪の日に思い出した。それ以来、その運命を打破すべくあらがい、そして常に怯えて生きている。いつ裏切られるのか、いつ殺されるのか。斬首より残酷な死に目の予言に絶望し、諦め、しかしなんとか道を作ろうともがく小さき童』


ルー様が昔を思い出すかのように遠くを見つめる。


「そんな!そのようなこと許すわけがない!セレフィオーネを脅かすものは私が自ら殺す。最愛の娘を守るために魔力を使わずして、いつ使う!」

『…………』

ルー様が黙って私を見つめた。

「…………まさか」


『お主も裏切るのじゃ。アイザック』


「そんな……セレフィーを裏切る?私が?」

『ふん、安心せよ。お前だけじゃない。皆裏切る。エルザも、ラルーザも、我もだ』

「…………セレフィオーネは私が裏切ると信じているのですか?」

だから……何も相談してはくれないのか?あんな苦しい顔をしながら笑うのか?


『信じているというより……諦めていると言ったほうがしっくりくるな』

「何故!どうしてそのようなことに!ルー様!ルー様どうかセレフィオーネをお助けください!ルー様におすがりするしか!』

『我も裏切るのだ。予言ではな』


目の前が……真っ暗になった。


『あれの心の奥には絶望と孤独が深く根付いている』




◇◇◇




『……今日の話に戻そう。今日、ギルドの依頼で向かったトランドルと王領の境で、一人の子供に出会った』

急な話の展開にすぐにはついていけない。


『その娘をみるや否や、我は平常心を失った。身体全身がその娘を欲し、その娘の前に身を投げ出したい!その娘のためにならなんでも叶えたいという思いが瞬時に湧き上がった。初見というのにだ』


「ルー様が、御心を、乱された?」

『ああ、心は熱く、娘を求める一方。頭は疑問だらけ。会ったこともない人間にここまで惹きつけられるこの状況はおかしすぎる。我に何が起こっているのだ?と。このようなこと、数百年生きているが初めてだからな』


「なんということ……」


『気づいたら、セレが我の目の前にいた。けがれなき涙をハラハラ流していた。そして、『ルーが苦しむところなど見たくない。あの少女の元に行っていい。契約を解除しよう。ずっと……好きでいる』、と』


「セレフィー……」


『我は、ようやく気づいた。これは罠だ。我とセレを引き離すための。我は自ら己の脚を食いちぎり、正気に戻った』

「…………」


『予言書によると、あの女に王族をはじめ力を持つもの全てが惚れ込み、セレを断罪する。全てにおいて自分より優れ、聖女のようなセレは邪魔でしかないのであろうな。我はセレと契約を解消し、あの女にこの身を捧げるそうだ。今、先程のことを思い起こすと、なるほど聖獣への並々ならぬ執着をあの女は口にしていたな』

「そんな……そんな……」

『セレは……我を解放しなければならないと思ったと言った。我の平穏のため、我と共に生きることを諦めた。ぐちゃぐちゃに泣きながらも笑った。寂しい、行かないで、大好きなのに、大好きだから、その心の声が契約聖獣の我には全て届いているとも気づかずに』


また……セレフィオーネは我慢をしたのか……


『あの女が何者か?聖獣や王家の力を手にした後、何を成そうというのか?あの術の正体は?未知の部分が多すぎる。我をも翻弄する術……お前たち人間などひとたまりもなく魅了されようの。しかし、見たところあの女、セレフィオーネほどの魔力量も資質も備わっていなかった。となると、あの女の後ろにまだ誰がいるのか……それは人なのか……』


ルー様は眼を閉じ、物思いにふけられる。次の瞬間、目を開いたルー様は眉間にグッとシワを寄せ、瞳はギラギラと金に光り、強い意志が燃えていた。


『何であれ、許すまじ。我を嵌めたことはもちろんのこと、セレフィオーネは四天の一獣である(われ)が生涯唯一と定めた契約者。無垢な童の頃から手ずから育てた我が愛し子(いとしご)。大事に大事に見守り慈しんできたセレフィオーネをここまで追い詰め、界を跨いで苦しめる存在。万死に値する』


ルー様の覇気が一気に上昇する。屋敷全体がミシミシと軋む。人間ごときの瑣末な事象に心揺れることなどない神が……常に水鏡のような凪いだ心持ちであらせられる神が……激怒している。


『セレは我の魔力で眠らせている……セレは生まれて初めてあの膨大な魔力を枯渇しかけていた。我のためによほど急いで帰ってくれて、必死に治癒してくれたのであろう。朝まで目覚めまい。……あれは聡い。明日になれば今日のことに折り合いをつけ、無理に笑って見せるだろうよ。アイザック、今後セレフィオーネを魔法学院に近づけるな。そして、マリベルなる女の正体と動向を密かに探らせろ。お前自身はたとえ窓越しであっても見るな。狂うぞ』


「ルー様、せめてラルーザと、母上にはこの話…」

『ならん。ラルーザもエルザも直情型、不自然な動きをして、相手に悟られるわけにはいかんのだ。不用意に近づき、術に絡め取られるやもしれん。それにセレフィオーネがここまで秘密にしてきた意味を軽んじるな。家族には出来るだけ自分の問題に巻き込まず穏やかであってほしいと願う、あれの気持ちがわからんのか?』


「私どもは……セレフィオーネに心を守られていたと……」

『これからは、我とお主で守るのだ』


「ルー様……折り入ってお願いがあります」

ルー様が片眉を上げた。

「私が……もし私が術に負け、セレフィオーネを裏切ったときには、私を殺してください」


『聖獣の我に禁忌を犯せというのか?……ふん、それまでのお主の生き様次第だ』


もちろんだ。むざむざセレフィオーネを予言書の運命とやらに差し出すつもりはない。どんな不可思議な術をかけられようともそれを跳ね返す力を身につけなければ!早急に!














『〈前世持ち〉だったとは。どうりで魂が老成しておったわ』

私があれこれ考えていると、ルー様と別の、荘厳な声が頭に響いた。同時に窓辺がまばゆく光り、大いなるオーラがもう一つ増えた。

ルー様が立ち上がり唸る。光が収まると……南の四天様。


『立ち聞きとはいい趣味だな、アス』

『しょうがあるまい。セレフィオーネのあのような悲痛な叫びを聞けば、我が主人も動かざるをえまいよ』


主人?ギレン殿下か?

「どのような……意味でしょうか?」


アス様が私を一瞥する。

『ギレンはセレフィオーネに魔力を譲渡している。ギレンの魔力を持つものは我を除き本人以外はただ一人。セレフィオーネの中のギレンの魔力がセレフィオーネの魂の苦しみをありありと本体(ギレン)に伝えるのだ。〈契約〉者同士と似たようなものだ。ギレンほどの才能があること前提だが』

「そのようなことが……」


魔力を譲渡するほどに……セレフィオーネに執着していたとは……


『ここでの話、ギレンに伝えるのか』

『無論。答えを持ち帰らねばただではすまんよ。……セレフィオーネはギレンを人間に繫ぎ止める唯一の錨。そのセレフィオーネを陥れようとする輩がいると知れば、怒り狂うだろうよ』


『無駄に動くなと伝えよ!セレフィオーネが望まぬと!今騒げばセレフィオーネがますます動揺する!』


『フン、一応伝えるが……どうかな?我はただの〈使役〉だからな……』


アス様は優雅に虹色の羽を広げ、天井を突き抜けて飛び去った。








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