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34 アイザック.グランゼウスの後悔

王城にて書類を一枚一枚確認し、指示を出していると、窓の向こうがピカッと光った。珍しい、エンリケの伝令魔法だった。胸騒ぎを覚えツカツカと窓を開けて受け取る。蝶の形をしたそれは受取人の魔力を確認すると一瞬で手紙に変わる。


『聖獣様、大怪我を負い帰還。セレフィオーネ様、自室に閉じこもり治療中。すぐに戻られたし』


ガクっと膝の力が抜ける。朝、元気よくニコニコとギルドに向かったセレフィオーネ。何があった!



◇◇◇




「旦那様、よくぞお戻りになられました!」

「エンリケ、どういう事だ!今どうなっている!」

セカセカとマントを脱ぎ早足で娘の元に向かいながら尋ねる。


「二時間ほど前、お嬢様がお戻りになられました。血まみれの聖獣様をお抱きになり、涙に濡れた憔悴しきったお顔をされて。足早に自室に向かわれ、決して邪魔するなと……」


「セレフィオーネ……それからまだ出て来ないのか?」

「アイザック坊ちゃま、たった今、お嬢様に食事を取るように声をかけてきました。でも、今夜はいらないと……」

マーサはエプロンをぐちゃぐちゃに揉み絞り涙目だ。幼き頃より母親がわりのマーサをはねつけるとは……。


どれだけの重大な事態が起きたのだ!

私は二階に駆け上がり、セレフィオーネの部屋の目の前で、ただなすすべもなく立ちすくむ。


ボソボソと話し声が聞こえる。どうやらルー様は話せるまでに回復したようだ。少しだけ心が落ち着く。しかし聖獣に怪我を負わすなど一体何者の仕業だ?そもそもセレフィオーネは今日ギルドでどのような依頼を受けて、このようなことになったのか?疑問ばかりが浮かび、結論は出ず、ただただ混乱していたその時、


「う、う、うわーーーーーーあ!!!あ、あ、あぁ…………」


魂から絞り出されるような……慟哭……


「私の……お嬢ちゃまが……泣いてる……」

隣にいたマーサがペタリと床に座り込んだ。


セレフィオーネが泣いている。初めて聞く娘の嗚咽が屋敷中に響き渡る。

セレフィオーネは泣かない、手がかからない子供だった。いや、今もそうだ。自分の気持ちを自分の中でさっさと片付ける。親を頼らず、自分が手に入れることのできるものだけでひっそりと静かに、しかし強く生きている。時折大人びた苦悩をにじませた顔をするが、尋ねても大丈夫だ、大した事ないとはぐらかされる。


悲痛な泣き声が胸に突き刺さる。今まで聞いたことのなかった自分にあきれ返る。娘の泣く理由が全くわからない自分に幻滅する。


最愛の娘が泣いているのに、何もできない自分に吐き気がする。



悶々と唇を噛み締めていると、切ない号泣は徐々に静まり、小さな話し声がポツポツと聞こえる。そして何も聞こえなくなり…………ガチャリと扉が開いた。


「せ、セレフィオーネ!は!」


そこには初めて見る……巨体の聖獣様がいた。身体中から威圧が放たれ顔つきはこれまでになく厳しく……神々しい。これこそが本来の姿なのだ。我々は甘えていた。自然と跪いた。


聖獣様はセレフィオーネの部屋の扉を静かに閉めた。


「ルー様!お怪我は?セレフィオーネは大丈夫なんでしょうか?」

ルー様は顔をしかめたまま頷いてくださった。

「ルー様!一体何があったのですか?」

ルー様は目を眇め私を見つめる。

「ルー様、教えてください!セレフィオーネは何故あのように泣いていたのですか!」

ルー様が私を一瞥して階段を降りようとした。私は這いつくばってルー様の後ろ脚に追い縋った。

「お待ちください!私は私は、もう間違いを侵したくないのです。娘が幼き頃、妻の死に腑抜けになりセレフィーを大事にすることができなかった!今度こそ寄り添いたいのです!」


そうはいうものの、ルー様の声は契約者でない自分には届かない。私は今更ながら非礼に気づき、両手をルー様から離し、呆然と(くう)を見つめた。


ヌッと目の前にルー様の顔が現れた。そして一つ、頷いた。

私は慌てて立ち上がり、階下に降りるルー様に続いた。




たどり着いたのは私の書斎。ルー様は私にソファーに座るように促し、牙を剥き、グルッと唸る。私は覚悟を求められているのだと思った。静かに頷いた。


一瞬で間合いを詰められ、首筋に噛み付かれた。ルー様の魔力が流れ込む!


「う、うううっ!」

何百本もの針で突き刺されるような痛みが襲う。全身が痙攣する。あまりの痛みに吐き気がする。思わず口元を抑える。ソファーに倒れ込み頭を抱える。

「はあ、はあ……うっ……はあ……」




時間の感覚がわからなくなったころ、おかしなことに痛みが馴染み、うっすらと眼が開けられるようになった。

『ほう、気を失わなかったか。大したものよ』


ルー様の言葉が……頭に響く。

『我の魔力は穢れがあればあるほど毒となる。大人ともなれば誰しも穢れが積もっておる。ましてお前は先の戦争で人を殺しているであろう?この程度で済むとは、さすがセレの親といったところか』


「ルー様……」

声がかすれる。


『セレは我の魔力を雪山のように清涼だと言うぞ?とても心地よいと。お互い様じゃな。セレは本当に……澄んだ娘よ』

「セレフィオーネ……」


『お前が我との会話を望むゆえ、魔力を与えた。この程度では一時的だがな。異存はあるか?』

「格別なる配慮、ありがたき幸せ」

『これから話すことは他言無用。父親だから伝えるのだ。お前との付き合いも長いからな……情が移った。良いな?』

「御意」


聖獣様と話すことのできる栄誉、そして最愛の娘の秘密がこれから明かされること、その両方に私は震えた。





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