29 ジークギルド長のひとりごと
トランドル平原の小高い丘の上、ワシは一つの墓標の前で佇んでいた。今日はすでに先客がいたらしく、美しい百合が供えられている。
そして、その脇には錆びついた短剣が突き刺してあり、その剣には真っ赤な薔薇でできた花環がかかっていた。
「エルザ、早いな……」
ここはトランドル領主の墓所。先代トランドル領主である我が友人ガインツが眠り、ガインツの愛娘、リルフィオーネを偲ぶ場所。可愛いリルフィオーネの墓はここにはない。リルフィオーネの夫が手放さなかった。
◇◇◇
ワシはトランドル領のきこりの息子として生まれ、トランドルに住む者の習いで強くなることを求め、色々な経験をして、10代でいっぱしの冒険者となった。そんなワシはギルドで出会った黒眼の男と意気投合。時間があえばチームを組み、共に依頼を受け、いつのまにか〈トランドルの風神雷神〉と呼ばれるようになった。
親友が実は領主であり、軍に帰属することをのちに知ったが、ワシはあまり気にしなかった。トランドルでは力が全て。強いからこそガインツを認め、強いガインツが領主であることを誇らしく思う、それだけだ。
やがてガインツは短剣使いの恐ろしい女と結婚した。ワシだったら100万ゴールド積まれても無理だろう。あの女の隣で眠れる親友を尊敬した。
年を重ねるうちにガインツは将軍として領を離れることが多くなり、代わりにギルドを束ねてほしいと頼まれた。ワシは冒険者を廃業し、後進の指導に力を注いだ。
ある、晴れた日、
『こんにちはー!』
ギルドに可愛らしい明るい声が響いた。カウンターから振り向くと、知り合ったころの親友を幼くして、もっともっと愛らしくした、栗色の髪で黒眼の女の子が大振りの太刀を背中に背負ってニコニコしていた。
『お待ちしていましたよ。黒眼の妖精ちゃん』
先代のギルド長が片膝をついた。
充実した日々は前触れもなく終わった。トランドル全ての民が敬愛する姫が嫁ぎ先で死んだ。ガインツの嘆きは凄まじく、一気に瘦せ衰え、あれほど強かった男があっけなく死んだ。
ワシはガインツとの約束通り、栄えあるトランドルギルドを守り続けた。ある年の瀬、一年間の収支報告書と冒険者の最新のランク名簿を持ち領主と面談した。
久しぶりにあったエルザは……目が生き生きと輝き、ハツラツとしていた。こんなエルザを見るのは……ガインツと姫が剣を交えるのをお茶を飲みながら応援していた、姫の結婚前の懐かしい日々以来。
『エルザ様、何か楽しいことでもありましたかな?』
『ふふふ、ジークには隠せないわね。……私、この歳で、ようやく本願成就したの』
『本願成就……でございますか?』
『ええ、ようやくトランドルとしての使命を全うできる』
エルザの瞳がギラリと煌めく。ワシの心がざわつく。
『それは一体?』
『ジーク、時期尚早よ。時が満ちれば……向こうから走ってやってくるわ。だからジーク、早死には損よ。うちの夫はバカだった。これまで以上にギルドを強くなさい、ジーク。命令よ。我々は強くあらねば守れない』
あれから五年、エルザの命に沿ってワシはギルドを経営、力両面から隙のない組織に叩き直した。エルザはエルザで領の私兵を地獄の特訓で無敵の集団に仕立て上げていた。
「ジ、ジークーーーー!!!」
若さゆえ軽率ではあるがなかなかに見込みのある若者のマットが大声で呼んでいる。ギルド長室から表に顔を出す。マットの指差す方向を見ると、天井近くに掛けてあった〈魔剣ザガート〉が正面の壁にめり込んでいた。
ザガートの剣は破壊力バツグンだが持つものの魔力を際限なく吸い尽くす。大の大人であっても5分と握れば干からびる。何十年前か、扱いに困った持ち主がこのギルドにおいていった代物。
誰だ!魔剣を使いこなせた冒険者は!
そこには……ワシの人生で二度目の黒眼の妖精がいた。
…………ワシの目に親友が死んだ日以来の涙が浮かんだ。
「ようこそ……トランドルギルドへ」
セレフィオーネ姫の強さはめちゃくちゃだった。たった11歳でB級であるコダックの30キロはある剣をいなし、スピードで翻弄し、母親譲りの短剣でトドメをさした。リルフィオーネ姫の幼馴染であるギルバートが震えるのも致し方ないことだ。
エルザに鍛えられただけではない、天性以上の神がかったオーラを感じる。ザガートの剣を振るっても尽きない膨大な魔力。名前の通り畳一畳ある亀の甲羅を懐にしまえる不可思議な魔法。
しかし、どういうことなのか、類のない強さをひけらかすこともなく、どちらかというと、自分を卑小に見せたがり、困ったような笑みを浮かべる。強さと奥ゆかしさが両立するとは思わなかった。
「私が次期領主だなんて……ありえませんわ。皆さん認められないでしょう?」
「認めるぞ!姫は強い!」
「強さが全て!」
「強さこそ正義!」
「強い姫さまバンザーイ!」
「はあ…………脳筋どもめ…………」
はて、のうきん、とは何であろう?
「私は皆様の後輩の駆け出しの冒険者、姫なんて呼ばないでください?」
なぜこれほどに自分の力、立場をかくすのか?
『我々は強くあらねば守れない……』
かつて聞いたエルザの言葉が蘇る。
そうか、我らの姫は、その特別な力、その立場ゆえに狙われているのか…………
B級のシルバープレートを握りしめて、ピョンピョン飛び跳ねるセレフィオーネ姫を見送った後、ワシは緊急のギルド幹部会議を招集した。
「我らの姫は非常に奥ゆかしく恥ずかしがりやであった。姫の望むように本人には親しみを込め呼び捨てや愛称で呼ばせてもらおう。しかし、セレフィオーネ姫はトランドルの希望、唯一無二の姫、皆、勘違いするな!」
20余名の幹部連中が黙って頷く。
「姫の武力、魔力共に歴代最強であることは間違いない」
「なんと!」
「素晴らしい!」
「ガインツ様……」
「だが、そんな姫を脅かす者がいるようだ。今日までエルザ様が姫を秘匿してきたことがその証!」
「我々の姫を害するだと……」
「許せぬ……」
「ジーク様、討伐の許可を!」
「まあ待て、エルザ様はとりあえず静観し、各自、力を蓄え備えておくことをお望みだ。姫は強い!だがまだかわいらしい子供でもある。今後我がギルドはセレフィオーネ姫を死守することが最重要の使命であることを確認する。姫の情報を外部に漏らしてはならん!そして姫の危機には何をおいても駆けつけて、身を呈して戦う。この方針に異議のあるものは今すぐトランドルを去るがよい。快く好みのギルドに紹介状を書こう」
「「「「「異議なし!」」」」」
◇◇◇
「お前、ホンットにバカだな」
ワシは親友の墓に向かってニヤリと笑った。
「あと、ひと暴れできそうじゃぞ?はっはっは!」
ワシの人生が俄然面白くなった。
今回の話のテーマは『忖度』です。