20 ギレン陛下と対峙しました
「……ガレ帝国のギレン皇子殿下とお見受け致します。私はジュドール国グランゼウス領伯爵アイザック。ここにおりますものは私の家族でございます。私どものような小貴族にどのようなご用件かお聞かせ願えますでしょうか?」
「手加減など舐めた試合を仕組んだ1年生の顔を拝みにきたのだが……もっと面白いものを見つけた、というところだ。お前、名は」
そう、この方は声を張り上げたりしない。落ち着いた、低い、人を従わせる声。
……見つかってしまった。今世では接触したくなかったのに……この方は運をも手繰り寄せるの?私は静かにお兄様の腕から降りて膝をついた。
「……皇子殿下、はじめまして。グランゼウス伯爵が娘、セレフィオーネ.グランゼウスと申します」
「セレフィオーネ、お前の肩のものの姿を現せ」
「!」
見えるわけがない。三重に幻術を重ねがけしているのだから。抑えに抑えた聖獣の気配に勘付いたってこと?
私はルーの乗る肩、乗らない肩を交互に見やり、コテンと首を傾げた。
「私の肩、何かおかしいでしょうか?」
「ふふふ、私相手にとぼけるの?いい度胸だ。セレフィオーネ、お前にこの国はもったいない。俺のもとに来い!ジュドールよりもお前にふさわしい居場所を作ってやる」
……息が止まるかと思った。前世……小説だけど……にくださった言葉と酷似。
「陛下……」
「で、殿下!その者はただの〈魔力なし〉ですわ!」
声のするほうを振り向くと着飾った学院の女学生が私を指さしている。私も夢から覚める。
彼女は……ギレン陛下を狙ってるのかな?悪いこと言わない。やめなっせ。あなたの手には余りまくる。
「ふーん、〈魔力なし〉、この歳でもう魔力操作完璧ってことか……ますます欲しい」
ギレン陛下は幼い私の手を取り、イッパシの淑女相手のように立ち上がらせた。
魔力の才能限定であっても私を欲しがってくれた陛下に、胸が詰まる。その手を握っても不幸しか待っていないとわかっていても。私を前世今世の両世で欲しがってくれたただ一人の人間。
「殿下、娘はまだ六歳。目立った才能もなく静かに拙宅にて過ごしているだけでございます。お戯れはご容赦ください」
「戯れているのはどちらだ?トランドルまで控えさせて。まあ良い。あぶり出すまで」
物騒なことを言うや否や、陛下は左手を軽く3度切った。その法則はわからない。
唐突に上空から光が射した。光はギレン陛下の左肩に注ぎ……形創る。
虹色の羽と黄金の鶏冠を持ち炎のごとき尾羽が陛下の肩から地面にまで届いている。雄々しい紅き鳥。前世で言うなれば…………朱雀!
…………この場にいるものでどれだけの人間がこの光景を目撃しているのだろう。私の家族、父、兄、祖母、エンリケ、全て真っ青な顔をして膝をつき首を垂れた。視線に入る範囲でひれ伏すものは他にない。ここ〈魔力あり〉のみの集う魔法学院だよね?他の観客席のギャラリーには眩い光だけが目に入っているのだろうか?陛下はそれがわかってて特に隠蔽や幻を施さなかったってことか。
いや違う。この機に乗じて一瞬でこの大人数を振り分けたんだ。朱雀が見えるものと見えざるもの、ジュドール王国において膨大な魔力を持ち将来的に厄介な存在になるものとただの烏合の集。大胆で効率的。ルーだけではない、私達もあぶり出された。
それにしてもギレン陛下が聖獣持ちだったなんて知らない。
聖獣持ちだったからこそ、同じ私を見つけられた?私が聖獣持ちだから欲しかった?そうだったの?勝手な失望が心を走る。
『セレ、アレが来た以上もう誤魔化せない。ー出るぞ』
私は周囲に強固な幻術を張った。こちとら陛下ほど強気では生きていけない。ここでルーと私を無関係な人々にカミングアウトする気などないのだ。どうやらここにルーが見える人間はいそうにないけれど。でも油断は禁物。
ギャラリーには私たちが霞の向こうにいるように……そして興味も引かない存在であるように操作した。そして、ルーに頷いた。
一陣の風とともに白銀のルーの姿が出現する。
『……マガンは身罷ったか』
ルーと別の成熟した雄の声が頭に響く。
『俺がしばらく前に跡目を継いだ』
朱雀のほうが先輩のようでルーは淡々と言葉少なに答える。ただ仲が良いわけでもなさそうだ。
「へえ?お前らは〈契約〉だな。珍しい」
「……陛下は違うのですか?」
「俺はこいつを捕まえ屈服させた。〈使役〉だ。楽だぞ?俺の意のままだ」
やはり、〈契約〉と〈使役〉の違いはそこなんだ。
私は〈仮〉朱雀を見つめてみた。瞳は澄んで落胆は見えない。
「特に無理を強いられたようにも見えません?」
『私はこの者の力を気に入っているからね』
私と聖獣2体、揃って陛下を見ると……少し顔を赤らめた。あら、これこそ珍しい。
「フン……西の四天だったか。改めて聞くぞ。俺のもとに来い」
陛下との遭遇は災難の予兆でしかないけれど、若く人間っぽい陛下を見ることが出来てちょっとラッキーだった……と思うことにしよう。
「陛下に認められたこと……必要とされたこと……心から嬉しいです。でも、陛下のお側に行くことは、今より幸せになれるとは思えません。私は……案外今、満ち足りているのです」
小説と違って。本心なので私は自然と微笑んだ。
「……セレフィオーネ、お前の「陛下」と呼ぶのはわざとか?」
「私にはその未来しか見えません」
陛下の瞳に一瞬切ないものがよぎった。それを隠すようにしばらく目を閉じて、再び見開いたそこにはいつもの何も悟らせない冷え切ったものと真逆のギラギラとした決意がみなぎっていた。
「…………10年だ、セレフィオーネ。猶予をやる。お前が16になったとき、お前を奪う。お前が皇妃だ。覚悟しておけ」
…………は?
あまりに予想外のことを言われて開いた口が塞がらない。
陛下の妃?えと、小説では誰だったっけ?……ない!なんの記述もなかった。小説では私、あんたのクソ扱いの捨てゴマだったよね!何をこの人言い出すの?そもそも家格も違いすぎる!そんなに私にもれなく付いてくるルーが欲しいんか?
絶賛混乱中の私の前にお兄様がスッと出た。
「セレフィオーネは我が宝。天使のごときセレフィオーネを欲することは自然の理としてもセレフィオーネの意思なく奪う?ははは、今すぐ私の手加減なしの術を披露いたしましょうか?」
アニキが空間から毒毒しい手裏剣を取り出す。それと呼応して、お父様も立ち上がり私を左手で抱き上げ頰にキスすると、右手親指と人差し指を恐ろしい速さで展開した。危なげな魔法は起動待ちのようだ。もはや陛下にチートを隠す気はないらしい。
それを見たギレン陛下は心底可笑しそうに瞳を輝かせた。
「俺の嫁取りは、存外賑やかになりそうだ。楽しみだな」
年相応に笑うと……くそっ、かわいいじゃん!
おばあさまが閉じた扇を陛下に向けた。…………どっかポチッとしたらきっと先っぽからミサイルが出るに違いない!
「もうそろそろ、この場でのやり取りは限界ですわ。ギレン殿下、我が主セレフィオーネは〈契約者〉。殿下とあらゆる面で同等であり、殿下の命令を聞くいわれなどないのです。セレフィオーネを娶りたければそれ相応の努力をすることをお勧めいたしますわ。主の言葉お聞きになったでしょう?今のところ殿下の妃になることに何のメリットも感じないと。セレフィオーネにとっては殿下の代わりなどいくらでもいることをお忘れなく。せいぜい嫌われないようになさいまし!オホホホ!」
煽っちゃやだーん!おばあさまー!