169 【コミックス二巻発売記念!】お見合いしました……お父様が(前)
コミックスの時系列と合わせて、セレが騎士学校一年生のある週末です。
週末、騎士学校から帰宅すると、邸の中が少しざわついていた。
「マーサ、お客様来てるの? 珍しいね」
楽しそうに私の着替えをタンスから出していたマーサの顔が、一瞬で曇った。
「ラリック伯爵です。先ぶれもなくやってきて、本当に困ったこと」
「誰? 聞いたことないよ。お父様のお友達?」
「あちらはそう思ってらっしゃるようですが、本当のお友達ならば、こちらの都合も考えるものでしょう?」
『言えてる』
ルーがぴょんっと私の肩からベッドに飛び移り、クルンとまるくなった。
「どのような御用件かしら?」
「見合いです」
「……お兄様の?」
「旦那様の」
「お父様の?」
「はい。ラリック伯爵の妹様が、昔から旦那様にご執心で、奥様が亡くなられてすぐから再婚をと、なんどもなんども……」
「それは……また……」
お母様が亡くなってすぐに、再婚話を持ちかけるなんてアホなの? と思ったけれど、それは〈前世持ち〉の私の感覚なのだろう。この世界の貴族ではきっと珍しい話ではないのだ。
でもうちの両親はこの世界の貴族ではとっても珍しい恋愛結婚だ。最愛の妻を亡くしてまだ心の傷が癒えてない男に、新しい女性をあてがうなんて悪手中の悪手。
それにグランゼウス家にはマーサ、エンリケ、マツキをはじめ信頼できる家族同然の使用人が何人もいて、資産もある。女親を亡くして、幼な子を育てられない可哀想なヤモメ……という図式は当てはまらないのだ。
「で、今回はどういうきっかけでやってきたの?」
「はあ……どこからか、お嬢様が騎士学校に入学したのを聞きつけて、もうコブがいないのだから、旦那様も幸せになっていいのだ、とかなんとか……ご兄妹で言いたい放題されてます」
「ええええ? 私を口実にしちゃったの〜!」
『セレをコブ付きのコブ扱い……そりゃ、火に油だな。なんでそんな厄介な奴らを邸に通した?』
ため息混じりのルーの質問を通訳すると、
「王妃様の推薦状をお持ちだったのです。そのためいつものように門前払いするわけにもいかず……」
思わず目を細める。
「ふーん……そのラリック伯爵って第二王子の派閥ってこと? ラリック伯爵に恩を売る組織固めに、我が家は利用されちゃったのかしら?」
『ますますアイザックに嫌悪させる要素しかない』
「お父様はどういう戦法でお断りしようとしてるの?」
「王妃様の体面もありますので、私は亡き妻しか愛せないと言ってお断りされてるのですが、『亡き奥様を大事にしている伯爵ごと、私の愛で包みますわ』などと言って、まあしつこいこと……」
マーサも静かに激怒している。だってマーサはお父様が小さい頃から仕えているのだ。
『話が通じない相手か……面倒くさー』
本当に面倒くさい。私はフィールドワークやらなんやらあって、3週間ぶりの我が家なのに!
「マーサ、お兄様はいつ帰るの?」
「予定では夕食は共にできるとおっしゃいました」
「マーサ、確認するわよ? お父様は本当にその女性と結婚したくないのよね? 私やお兄様に遠慮してるわけではないわよね?」
「あり得ません! 私がアイザックぼっちゃまを何十年見守ってきたとお思いですか? 旦那様のお心はあの人にはありませんし、あの人も旦那様の容姿と財力が目当てです。子どもを産むと体力使うし、子育てもめんどくさいから、後妻でも問題ない! とお茶会で漏らしていたそうですよ。宝石商のパシューによると、グランゼウスが払うからと、ダイヤのネックレスとイヤリングを注文してきたとか?」
『マーサの情報収集力、侮れんな。グランゼウス家の中枢を長いこと支えてきただけはある』
「マーサ、ルーが褒めてるよっ! ではオーケーオーケー! 私がちょっとワガママ娘すぎて、この縁談ぶち壊しても、問題ないね?」
「まあ……うふふ。さすが私のお嬢ちゃま。存分になさいませ? そうだ! マツキにイチゴのケーキを作ってもらっておきましょうね」
「うわーい! ご褒美確約〜!!」
『な、なぬ!? イチゴのケーキ? セレ、オレにも!オレにも役割持ってこいっ!』
「よっしゃーあ! 作戦会議よ〜!! お兄様が帰ってきたら血の雨が降りそうだから、その前にチャチャッと片付けるぞー!」
「『おー!』」
◇◇◇
応接室の扉をノックすると、エンリケが扉を開けて、私を見て目を見開き、おやっと笑った。
「旦那様、セレフィオーネお嬢様が戻られました」
私はエンリケの陰から、室内に足を踏み入れる。
「お父様、ただいま戻りました」
「おかえり! セレフィオーネ!」
父は魔王のオーラを一瞬で消し去り、軽やかな身のこなしで立ち上がって、私を腕に閉じ込めて、額にキスをした。
「セレフィー素敵なドレスだね」
父が耳元でささやく。
「お父様、今から一芝居打ちますので、お楽しみくださいませ?」
「ん!?……そう、わくわくするね」
ヒソヒソとささやきあって、抱擁を解くと、見たことのない男女が私たち親子に向かって振り向いて、唖然としていた。
男性……おそらくラリック伯爵は金髪を後ろに撫でつけて、肩のあたりで緩く結んでいる。服装はやや派手で、私と趣味が合わなさそうだ。
女性のほうも髪を高い位置で結いあげて、ピンクに金糸をふんだんに使ったドレスを着て、全力でドレスアップしてきました! 感。まあ、ずっと父のことを好きだったらしいから、その心意気はわかるけど、父の好みとは真逆……。
そして私の装いは、マーカス商会のラベンダー色の薄いフリルをスイートピーのように重ねたこの春の最新モデルだ! まだどこにも流通していない。そしてマーカス商会はラベンダー色のドレスを特定の顧客にしか作らない。それは王妃であっても手に入れることができない色。
「この優しい色はセレフィオーネにぴったりだ。作っていただいたの?」
「はいお父様! おばあさまってば、本当に私の好みがわかってて……大好きなのっ!」
『へー! まずはエルザをチラつかせるわけだ。既に無敵で無双な母親代わりがセレに付いてるから不要だぞ! と』
『ドレス一着で……先制攻撃としてはなかなか……む? 物騒な髪飾りをつけているな』
ん? なんでアスの声が? と思ったら、本棚の上の高い場所から、ルーと並んでミニサイズになってニヤニヤ見下ろしていた。
本当に面白そうな匂いを嗅ぎつけると、すぐに飛んでくるし……。
「あら? お客様でしたの?」
私はそう言いながら、完璧な淑女の作法で父にエスコートされて父の隣に品よく座る。
『お、セレは随分と上品なマナーが身についたな。これはギレンに報告せねばなるまい』
『あー、アイザックの公の場でのパートナーも、娘がこなせますのでいりませんアピールか。セレ、最初からたたみかけるな』
「ああ、知り合いのラリック伯爵と、その妹さんだ」
「はじめまして。セレフィオーネ・トランドル・グランゼウスですわ」
私は優雅に見えるようにお辞儀をした。
『おっとー! 普段使わないミドルネームぶち込んだか〜! バカじゃなければ、セレがただの、いつかどっかに嫁ぐ令嬢ではなく、未来のトランドル領主とわかったはず』
『ダメ押しか? セレ、思ったよりも慎重ではないか。ふふっ成長したねえ』
ルーとアスの会話がけっこう耳障りだ。私にしか聞こえてないってわかってるから、二匹とも好き放題ピーチクパーチク……。
「あ、ああ、はじめまして。いや……グランゼウス伯爵、驚いたよ。娘さん、こんな立派になっていたんだね」
「ありがとう。子どもたちは私の宝だよ。私から妻だけでなく、子どもまで引き裂こうとする輩が現れたら、私は一瞬で屠るだろうね」
「「えっ!!」」
『……セレの父親、思ったよりも物騒だな。これもギレンに連絡。未来の義父だからな』
『アイザックもいい加減、限界なんだろ〜』
「ところで、ラリック伯爵様、この冬の寒さの厳しい折にわざわざお出向きになったということは、やはり、先日のミュラー地方の豪雪災害のご相談なんでしょう?」
「は?」
「たくさんの皆様が大雪のせいで家を潰されて、物流も止まり、助けを求めているのですもの。父は財務相として、寝る間も惜しんで救済のための財源を探しております。何か、アイデアが浮かんだのですね! 素敵っ!!」
『うおー、セレが目をキラキラさせて下から客の顔を覗き込んでるぞ? これはあざとい! セレを知らねばコロッといく健気さだ! なあ、アス?』
『しょーもない見合いのために押しかけたとは、無垢な少女を目の前にして言いづらくなったな。ところでそのミュラー地方とやらはどうなった?』
『グランゼウス領から近いからな。大方明日あたりオレとセレとラルーザで救援に行くことになるんだろ?』
『お! ルーも四天の役割がわかってきたな?』
『うるさいな』
いや、うるさいの、君たちだよ?
お久しぶりです。
いよいよコミックス二巻が発売されました!皆様応援ありがとうございます!
今日から三日間、祭りにお付き合いください!わっしょい\( ˆoˆ )/




