167 【stay home企画】アルマ・マクレガー少尉の憂鬱 (後)
父と話して、気持ちが吹っ切れた。
一人で焦ってしまったけれど、現実的に、私はこの間卒業したばかりの新隊員でしかないのだ。
セレフィーやニックの躍進は眩しいけれど、どんな道であれ苦労がないわけがない。二人が安心して活躍できるように、母国に不安を残して働かなくともすむように、そっとここで私なりに地道に自力をつけていこう。きっと同じ性分の父が、これからは相談にのってくれる。やけ酒?にも付き合ってくれる。孤独にはならない。
お父様がいてくださってよかった、としみじみ思う。
そう、あのとき……勇気を出して、文化祭に呼んでよかった……ひじょーに恥ずかしかったけど。
肩の力が抜けて、ベッドにコロンと寝転がると、コツコツと窓を叩く音がする。カーテンを開けると、窓枠にオレンジの小鳥。慌てて窓を開けて、外を見る。
「アルマ!」
眼下には、軽く片手を上げた、約一ヶ月ぶりのグリーンのマント姿のニック!私は慌てて部屋を出て階段を下り、玄関から飛び出して、
「ニック!」
門の扉を開けた。
ニックは私の背に手を回して、グイッと抱き込んだ。
「はあ……ただいま、アルマ」
「お、おか……えり」
こんなこと初めてで驚きすぎて、言葉が上手に出ない。
「あーアルマだ〜!よーやく帰ってこれた〜アルマーいい匂い〜!風呂上がりだ〜」
ニックが体を丸めて私の肩にグリグリと頭を擦り付ける。珍しくいつもの余裕がないように見える。相当キツイ依頼だったのだろうか?
ニックは埃っぽくて、髪はボサボサで顔も何もかも薄汚れてて……真っ直ぐに私の元にやってきてくれたとわかった。
「ケガはない?痩せた?」
私は少し体を離してニックの全身にざっと視線を走らせる。
「うん、まあ心配ない」
「それってケガしてるってことじゃない……」
「そりゃマットさんのA依頼に頼み込んで連れていってもらったもん。少しは無理するよ」
「ええ?何でそんな無茶なこと!?」
ニックは急に口を尖らせた。
「そうでもしなきゃ、アルマと俺なんか、釣り合わないだろ!マクレガー侯爵家で宰相の娘で、秀才で努力家で、おまけにめっちゃかわいい……。孤児の俺なんか……一日も早くSにならなきゃ……権力を笠に掻っ攫われる……」
「え?」
ニックが、私に引け目……?
「に、ニックのほうが、私の数倍強いし優しいし……」
「いい加減にしなさーーーーい!!」
いつのまにか玄関から鬼の形相の父が腕を組んで睨んでいた。
「私の玄関先で何ひっついてるんだ!ニコラス君!こんな非常識な時間に女性の家に訪ねてくるような男にアルマは預けられないよ!」
「す、すいませんでした!」
「アルマ!パジャマで外に出るなんて非常識だろう!ああ、もう!ご近所迷惑です!一旦、家の中に入りなさい!」
「「は、はいっ!」」
私たちがドアの内側に入ると、父はプンスカ怒って書斎に籠もってしまった。
「アルマ、お父上の言う通りだ。改めて会いに来る。明日もここにいるの?」
「うん。今日、隊舎に戻らずこっちに帰っててよかった」
「俺もアルマの部屋に明かりがついてるの見て、すっげえ嬉しかった!一目でいいから今アルマに会いたかった。叶ってよかった」
私も今日会いたかった。私の願いも……叶った。
「明日は久々に学生街に行ってポルポルでランチしようぜ。今回の報酬でご馳走するよ。今回の仕事のこととかいっぱい話すことあるし、アルマの近況も聞きたい。ギルさんが他の男から守ってくれてるとは思うけど……」
「ん?」
他の男から守るって、ほぼ文官仕事で模擬戦すら最近やってないのに何言ってるんだろう?
それにしてもニック、恐れ多くも陛下をギルさん呼びって……まあしょうがないか。ニックにとってもトランドルギルドは第二の家族だ。
あれ?だとすれば、
「報告がてらギルドでランチのほうが都合がいいんじゃないの?」
「やだよ。たまには二人きりになりたい」
ということは、明日は……デートなんだ。初めてかも……顔にブワッと熱が集まる。
私は恥ずかしさをごまかすように、
「こ、これお土産!小龍様の沼の近くでマルが見つけたの。オリエンの実って言うんだって」
残り一つを差し出し、ギルド長の説明を繰り返す。
「マジか!すごいな!そんな貴重なものもらっちゃっていいの?」
「私は森で食べたもの。父にもあげたし、ニックが食べればマルとシューが喜ぶわ」
「そっか、ありがとう!せっかくだから親方とトムさんと分け合って食べるね。……アルマはほんっと欲がないな……俺やセレフィーや他のみんなを優先させてばっかで……でもそんなさりげない気遣いができるアルマがやっぱ……ホッとする。大好きだ」
大きなニックが私の腰を引き寄せて、上から覆いかぶさって……そっと優しいキスを落とした。
「ねえアルマ、たまには俺にも甘えて?いい?」
私を覗き込むニックのオレンジの瞳はいつもの倍の熱量を含んでいて……私は高速でコクコクコクっと頷いた。
ニックはオリエンの実を大事そうにハンカチに包み、来たときの何倍も元気になって、手を振って帰っていった。
そんな彼の後ろ姿を父が書斎から顔を出してジト目で睨んでいる。
そっと指先で唇に触れる。私ってば、単純だ。明日、何を着ればいい?
◇◇◇
「アルマちゃーーーーん!会いたかったよーーーーお!」
翌朝、思いつくかぎりのおしゃれを済ませてダイニングキッチンに降りた途端、セレフィーに力まかせに抱きつかれた。
「うぎゃっ!セレフィー、首絞まってるって!タップタップ!」
『あるまー!』
『ある〜!』
マルもシューももれなく付いてきていた。ちょっと気が遠くなった。セレフィーの肩から私の肩にジャンプして、両頬をペロペロと舐められて、化粧が綺麗に剥げた。朝の一時間の努力が二秒で消えた。
「おはようセレフィオーネ様、精霊様。ようこそいらっしゃい!」
朝食のために腕を奮いながら大歓迎の父!
「もーアルマパパってば、セレフィオーネ様なんてやめてください!私はマイスイートハートアルマたんの大大大親友ってご存知でしょう!」
セレフィーが父の腕を親しげにパンと叩く。
「ああ……気さくなところもリルフィに生き写しだ……ふふ、そうだね。セレフィオーネちゃん!」
父が目尻を下げて微笑む。大好きな父と大大大親友が親しくしてくれて……嬉しい。
「おう……イケオジが朝から微笑んでキラキラマシマシになっとるぜ……でも顔の作りはセシルと一緒……やっぱり解せぬ……」
『セレ……まず鼻血拭け。ギレンに言いつけるぞ……』
私のラブラブ(になるかもしれなかった)デート計画は、こうして一瞬で頓挫した。
でも、セレフィーと会うのも二か月ぶり?こうして会いに来てくれて、全身で愛を伝えてくれる。やっぱり嬉しい。
今の私に大層なことができるわけがない。
でも愛するニックとセレフィーが安心して私のもとに戻ってこれる、揺るがぬ存在になれるよう頑張ろう!と改めて誓った。
「セレフィー!おかえり!」
「ただいまっ!アルマちゃん!」
ちょっと意味合いは違いますが、アルマはstay home で頑張ります。
アルマパパはニックとの交際を認めてます。ただ父親として面白くないんです(^_^;)
改めまして「転生令嬢は冒険者を志す」をご愛顧いただきありがとうございます。
こんなご時世ですが、一緒に踏ん張って乗り切りましょう!わっしょい٩( 'ω' )و




