165 【stay home企画】アルマ・マクレガー少尉の憂鬱 (前)
お久しぶりです。
騎士学校を卒業し、少し傷の癒えたセレがバタバタと国外を駆け巡っていたころのアルマの話になります。
バシン!と音を立てて、私の剣が振り払われて、青い空に向かって高く飛んだ。呆然とその様を見送る。
「参りました」
「アルマ。まだまだだな。技は親父譲りで見事だが、いかんせん軽い。筋トレを毎日一時間増やせ」
「……承知いたしました」
「よし、では執務室に戻るぞ!」
陛下……ギルバート国王は鼻歌を歌いながら剣をくるくると回し、室内に戻っていく。
私は陛下の身体が実戦の勘を失わないための、気晴らしという名の立ち合いに付き合い、疲労で重い足をひきずってついていく。
「トランドルのSに、新人兵士がかないっこないじゃん……」
「アルマ〜なんか言ったか〜!」
「な、なんにも言っておりません!」
騎士学校を卒業して入隊した軍はシュナイダー殿下の引き起こした内戦により人間、物、箱物、全てにおいてボロボロだった。
立て直そうにもトップであるアベンジャー将軍も服役中。代わりの人材はまだ見出せない。
と言うことで、普段は名誉職であるはずの将軍の上に立つたった一人の人間、国王陛下が自ら軍の陣頭指揮にあたり、立て直しに力を注いでいる。
そんな中、マクレガー家が代々要職についていた近衛が解体された。近衛が守るべき王族は陛下とガードナー殿下しか残っておらず、ガードナー殿下はセシルを連れてガレに留学中。そして目の前にいる陛下はトランドルのS。陛下にとって自分の目の前に力量がガクンと下がる人間がウロウロしているのは邪魔でしかないらしい。
とはいえ、陛下の供に武官が一人もいないのは体裁が悪い。だが突然やってきた破天荒な国王は正直仕えにくい。ということで私にお鉢が回ってきた。騎士学校一応首席卒の幹部で、同じトランドルで旧友の娘でマクレガー。
まあ、私も覚悟して軍に入った。命令ならば何でも従う。ましてギルさんはトランドルの全ての冒険者の厳しくも優しく公平な……伯父さんのような存在だもの。
マクレガー家で愛を知らなかった私にとって、トランドルこそが家族。ギルド長がおじいさま、エルザ様がおばあさま、ララさんやマットさんたちはお兄さんお姉さん。そう思ってる。
コダック先生は……先生かな。そしてセレフィーはセレフィー。ニックはニック。
「アルマ、午後の予定はどうなってる?」
「二時より閣議です。昼食を取られたあと、それに備えて読んでいただきたい資料が何点か……」
「クラークが事前に連絡をよこさないのなら問題なく通していいと思うが……すぐ持ってこい」
「はっ!」
これって、文官の仕事とおもうんだけど?
◇◇◇
国王付きになった私の休日は当然陛下の休みと合わせられる。よって週末は休み。私は軍に外出許可を取り、馬を借りてトランドルに行く。
「アルマ!おかえり!あら?目の下にクマができているわ。大丈夫?」
ララさんが心配そうに私の頰に手を当てる。くすぐったい……心が。
『あるまー!』
『あるーまあ!』
カウンターの奥から小熊……型の精霊が二匹、猛ダッシュで飛び出してきて、私の胸に向かってジャンプしてきた!二匹一緒に抱きとめる。でも精霊だから面白いほど軽い。いつまでたっても慣れない。
「マル!シュー!ごめんね最近来れなくて!」
『あるま!…………あるま………?』
『ある?…………………ある!』
残念ながら、私はまだ魔力の練度が足りなくて、自分の名前くらいしか聞き取れない。でも全力で寂しかったと不満をぶつけられていることくらいわかる。二匹して私の首筋をアムアムと甘噛みする。セレフィーによれば、マルもシューも魔力をご飯がわりにしているとのこと。私のほんのちょっぴりの魔力で申し訳ない。
「あらあらマルもシューも甘えちゃって」
「あの、ニックはまだ帰ってませんか?」
「うん、商隊の護衛、手間取ってるみたいねえ。えーっと……あら、予定日より四日過ぎてるわ。まあマットと一緒だから心配することないわよ」
「そうですか……」
今日は会えると期待していたのに。もう出発して一ヶ月?これまでも同じくらい会えなかった事はあるけれど、国外と思うと……遠い。ぶんぶんと頭を振って、気持ちを切り替える。
「ララさん。このCのポポロン草の採集、マルとシューと行ってきます」
「はーい。気をつけてね」
私はセレフィーに教えてもらったマップを開き、危険がないことを確認して馬で駆ける。マルとシューは両脇を同じ速さで苦もなく走り、ついてくる。
途中、由緑の沼を通ったので、一旦止まって手を合わせてトランドルの守り神、小龍様に祈る。
すっと水面が割れて、珍しく銀のお姿を現された。
マルとシューは何故か、二人の持ち技?水鉄砲を小龍様に披露?する。すると小龍様は長い身体を伸ばし、マルとシューの額にキスをして、再び沼に消えられた。
「わあ!祝福をもらえたの?今日はラッキーだったねえ!」
『うん』
『◯◯かっこ◯い』
ん?ちょっとマルとシューの言葉が拾える?ひょっとしたら小龍様が手助けしてくれたのかもしれない。
目的地に到着すると、私はしゃがんでポポロン草を探し、これまたセレフィーに教えてもらったマジックルームに放り込む。ポポロン草は鮮度が命。鮮度を落とさず持ち帰ることが難しいために難易度Cの依頼なのだ。
マジックルームは本当に便利だ。何の苦もなく荷物を新鮮な状態で持ち運べる。重いものも、かさばるものも、大事なものも。
私の住む軍隊舎は古く、鍵もあってないようなもの。残念ながら盗みも横行している。大事なものを取られるところに置いておくほうが悪いのだ、という従来の軍全体の認識が根付いている。だから私の荷物は全てマジックルーム収納だ。
薬草は取り過ぎてはいけない。依頼の二十束を摘み終えると、ひとときの休息。大木を背に腰掛けて、大事なもの……に分類されたマジックルームから、ニックの手紙を引き出す。
少し前に届いたその手紙には、初めての国外に興奮する様子や、護衛中盗賊が出て、初めて命のやり取りの伴う戦いをした恐怖がしたためられていた。とても怖かったと。
「はあ……」
ニックはB級。B級で怖いと思う仕事、C級の私にできる日が来るのだろうか?そして怖いことを怖いと言えるニックが眩しい。実戦でメキメキと力をつけるニック。
そして、大怪我が癒えるや否や、トランドルの王として世界中を駆け回るセレフィー。
私だけ、同じ場所で足踏みをしている……。
『ある?にっくぅ?』
シューがニックの手紙に駆け寄って、すんすんと鼻をならす。ニックの魔力が残っているのだろうか?シューに手紙を渡す。シューならばしょうがない。シューはスリスリと手紙を頬擦りする。シューはニックが大好きだ。
「早くニックと一緒に旅に出れるようになればいいね」
ポケットに手を入れて、ニックのガラス玉をギュッと握り込んだ。
『あるまー!』
マルがぴょんぴょんとジャンプしている。頭上の木に蔓がはい、赤紫でこぶし大の実がなっていた。
「あれが欲しいの?食べられるの?大丈夫?」
マルがぴょんぴょんジャンプしながら頷いた。森の恵みに関してはマルの方が詳しい。
私もジャンプしてその実を二つちぎり、マルに渡した。
『ありがとー』
マルは美味しそうにかじりついた。ああ、セレフィーが精霊の主食は魔力だけれど、嗜好品として、フルーツやお菓子を食べることがあるって言ってたっけ。
マルの口に果汁が滴るのを、タオルを取り出してそっと拭う。
すると、マルが果実の一つを私の口元に差し出した。
『あるまの〜』
そっと一口かじってみる、色からして渋いものと覚悟していたら、ほとんどが水分で、ほんのり甘み。
「……ジュースみたい」
『おいし?』
「うん、美味しい。優しい味ね。ありがと、マル」
マルの短いシッポが嬉しそうにぴょんぴょん動く。
『ある〜!しゅーも〜』
シューが私の手から食べかけの果実を奪いとり、丸ごとパクリと食べた。
『しゅー!あるまのなの〜!』
マルが牙を剥き、シューに威嚇!シューは慌てて逃げる!
私の周りをぐるぐる回りながらケンカする二匹のために、私はまたジャンプしてその実を取って、今度は仲良く三人一緒に食べた。
安心したのか、二匹は私の膝に顔をつけ、お尻を高く上げて寝てしまった。
「ふふふ、可愛い」
両手で二つのフワフワした頭を撫でる。ようやく寂しさが落ち着いたかな?
私は二匹をそっと抱いて馬に戻り、落ちないように気をつけながら、ゆっくりとギルドに帰った。
前、中、後 の三話になります。
皆様の在宅の暇つぶしになりますように。




