164 【3巻感謝記念!】ジークギルド長のひとりごとーpart2
我ながら、なかなか波乱万丈な人生だった。
武のトランドルに生まれ、力を求めて冒険者となり、世界中を駆け回った。
ガインツと出会い、魔力があることを教えられ、我流で風魔法を鍛えて風神と呼ばれるようになった。
無茶ばかりしながら世界中を回り、呼ばれればギルドに戻って、親友とタッグを組み、討伐に出た。
体にキレがなくなったと自覚したころ、ガインツにギルドを託され、冒険者を廃業し、ギルドの運営に入った。
借金こそなかったが、金はなかった。両親の生活を支える必要があったし、ワシは装備に金をかけるタイプだったから。そのせいか全く女にモテることもなく、とうとう縁もなかった。
力試しに挑んでくる女冒険者はこの年になってもあとをたたないが。
両親が死んだあとは、ギルドそのものが家族となった。トランドルギルドは力こそ全て。領主の娘だろうが、不遇な王子だろうが、出自など誰も気にしない。強さのみ。強さを求め努力をするものだけがこのギルドに籍を置くことを許され……例え今現在弱くとも、愛されるのだ。
「姫はどうして大剣に手を出した?」
ワシは道場でランク上げする娘同然のリルフィオーネの戦いぶりを見ながら、親友に問いかける。
「やがて黒剣を使いこなすためだとよ!」
親友は髭面でにぱっと笑った。
「ギルが養子になって、領主になるんじゃないのか?」
「……めったなことを言うな。ギルは第一王子だ。リルフィーが王妃とトランドル領主を兼務することで王と話はついている。確かにトーマス殿下の周りはロクなやつはおらんが……」
「ギル……面倒なことは全部捨てて、こっちの人間になりゃいいのに」
「……そう簡単に済めば……ギルもどれほど幸せか……」
力が拮抗し、なかなか決着のつかない姫とギルバート王子を見つめ、かわいい子どもらの行く末を案じる。
空気を変えるようにバサッとエルザが扇子を開く。
「トランドルを継ぐのは、心身ともに一番強い子よ?そうでしょう?あなた?ジーク?」
「……おう!違いない!よし、リルフィー頑張れー!」
「じゃあワシは、ギルー!負けんな〜!」
「うっさいなあ!」
「黙って見てろ!」
まだ幼さの残る二人の剣が激しくぶつかり、火花が散る。
「ふふふ、どちらでもいい。どちらが継いでもトランドルは安泰ね」
エルザは目尻を下げ、愛する子どもたちを眺める。
そんな和やかな時間があったことが嘘のように、トランドルは暗黒の時代に突入する。
◇◇◇
厳しい冬はリルフィオーネの子どもたち、ラルーザと……セレフィオーネの登場で終わりを告げた。
二人とも愛らしく、素直で謙虚。そして最強!
セレフィオーネは親友とリルフィオーネと同じ朗らかで真っ直ぐな黒瞳なのだが……たまにその瞳に陰りが射すのが気にかかる。
「ジークギルドちょー!ララさーん、見て見て〜珍しい草見つけたから持って帰ってきた〜」
「どれどれ……こりゃ〈鬼切草〉じゃな」
「わお!期待のできるネーミング!なんの薬草?」
セレフィオーネがぴょんぴょん跳ねながら聞いてくるが……すまんのう。
「鬼硬い肉にまぶすと柔らかくなる、不味い肉をゴマかす香辛料じゃ」
「…………ルー、50,000ゴールドの価値があるって言ったよね?」
『…………』
「50,000?何言ってるのよ。せいぜい1束100ゴールドってとこね」
「……まあまあの谷底まで降りたってのに……」
ララの追い討ちに、ガックリ床に膝をつく姫。その姫の周りにわらわらと集まり、肩を叩き、ジュースを奢って励ます冒険者たち……全員姫に忠誠を誓った強者揃い。
そんな姫の頭の上は、常に薄ぼんやりと光っている。注視してもはっきりはわからぬが……おそらく精霊。生態系をできうる限り守るトランドルの森は、古来より多くの精霊に愛されている。精霊は清き人間にしか寄り付かない。我らの姫はどうやら精霊付きのようだ。何たる慶事。
とにかくギルドに笑いが戻った。
少女から乙女に成長する、花がほころぶような年頃に、我らの姫は試練にみまわれた。ワシも老いぼれながらも全力で戦い、あのクソ将軍を蹴散らしてやった。ガインツよ。ワシが姫を守ったぞ⁉︎カッカッカ!
苦難を乗り越えて、満身創痍となりながらも、姫は自らの手で勝利と平穏をもぎ取った。セレフィオーネ姫こそが、我らトランドルの長。
◇◇◇
「……じい、ジークじい、ジークじい!」
……懐かしい夢を見ていたようだ。ゆっくりと目を開けると、すっかり大人になったワシの最愛の姫が泣きじゃくりながら、ワシの頬を両手で包み、小難しい魔法を唱えている。
そうだ、ワシはあの決戦以来、ゆっくりと衰え、床についているのだ。
あのジジイ同士の戦い、この年ではほんの数分で魔力など尽きた。残りは無理矢理引き出した。体力生命力あらゆるものを削って。その判断に間違いはない。後悔もない。姫を守ることはトランドルギルドの総意であり決定事項。
もう十分に生きたのだ。
ギルドはマットに託した。若いがワシが手塩にかけて育てた。それにララや皆がこぞってサポートする。トランドルは未来永劫一枚岩。問題ない。
「……セレフィオーネ、回復魔法は効かないわ。寿命なのよ」
エルザの囁き声がする。
「いや!そんなの嫌よ!ジークじい、お願い!元気になって!痛いの痛いの、飛んでけ!飛んでけ!」
姫がワシの胸にすがりつく。なんと……贅沢なことよ。
視線をゆっくり上げると、相変わらず何故か歳を取らない、美しいエルザが姫の背をさすり宥めていた。ワシと目が合うと、いたわるように微笑み、頷いた。
そうだな、ワシたちは戦友だ。随分と長い間、共にトランドルのために戦った。
「姫……」
そっと手を持ち上げ、姫の頭を撫でる。
「ジークじい、死んじゃダメ!絶対許さない!ジークじいは、ジークじいは私の唯一の、おじい様なんだからーーーー!!」
なんと……そうか。姫がワシの孫が。結婚をしなかったことに後悔はないが……そうか、ワシにはちゃんと孫がおったのか。僥倖。
「姫……」
「じい……じい……」
はあ、孫が出来て欲が出てきた。コダックとササラの結婚式は美しかった……姫の花嫁姿も……見たかったものだ。
ヌッと視界に、姫の尊い聖獣様が現れる。驚く力もないワシの額に前脚をペタリと付け、見つめられる。
『良き生であった。あっぱれ』
ああ……体が軽くなる。
姫が顔を上げた。ワシの大好きな黒眼をじっくり眺める。この涙の溢れた瞳に看取られて、逝けるとは……。
「姫……健やかであれ……可愛くてたまらん、ワシの……孫姫……」
「あああっ!うわあああああぁぁ…………………」
◇◇◇
『ジーク〜〜〜〜〜!きさま〜〜〜〜!俺の可愛い孫に抱かれて死ぬだとおお?』
『…………ふん、とっととくたばったお前が悪い!』
『うがーーーーっ!』
『ふふふ、ギルド長……私の娘を守ってくれて、本当に……ありがとう』
礼には及ばない。最高に愉快な人生だったのだから。
無事作者の住む地方にも三巻が届き、書店に並んでるのを見ることができました。
感無量です。
今後ともWeb、書籍、コミックスのセレとルーをよろしくお願いします。




