163 【3巻発売感謝!】建国祭⑤ ベルーガは最高でした
トン、っとギレンが着地した振動が抱き上げられた体に響く。
「セレ、目を開けていいぞ?」
緩やかな風をまとうなか、見えた景色は森林限界を突破した、火山岩むき出しの山の中腹の平たい地だった。
そっと、地面に下ろされる。と同時に、ルーも現れた。
『オレまで結界で弾くとか、アス、いい根性してるな、おい!』
『ほう、聖地の結界を破ったか?ルーもまあまあやるようになったな』
「へー、ここがベルーガ」
アスの聖地。うん、ミユのレーガン島の祠と同じくらい清浄な空気に満ちている。
「頂上に小さな神殿があり、そこで幼いころアスと出会ったのだ」
そう言ってギレンが山頂を見上げる。しかし、モクモクと吹き出す煙は見えるけれど、全くテッペンはここからじゃ見えない。あと1,000メートルはある?
「まさか登るの?」
『ふふ、セレの体調が全快したら、我の神殿に是非来てほしい。が、今日は少し歩くだけだ』
アスが飛ぶ後ろをついていく。ギレンは私を気遣って手を繋いで私のペースで歩いてくれる。
足場の悪い道なき道を15分ほど歩くと……岩場の窪みからむくむくと水蒸気が上がり、懐かしい硫黄の匂い!
白く濁った10畳ほどの大きな湯だまりが現れた!
「うそ⁉︎温泉?」
『これに浸かればセレの傷の治りも早くなるだろう』
温泉……前世以来だ!
「さ、最高よ最高!うわーい!ありがとう!アス〜」
私はアスをギュッと抱きしめて、勢いよくマントをポーンと脱ぎ捨てた!
『こ、こら!セレ!ちょっと待て!ギレン!水を出して湯の温度を調整しろ!だからセレ、脱ぐな!ルー!お前はセレに恥じらいを教えておらんのか!』
『恥じらい?何で?風呂はヒトの営みの一つ。恥じらうことあるまい?さあセレ!由緑の沼でいつもするように泳ぐぞ!競争だ!』
「うん!」
『いつもぉ⁉︎小龍はなぜ許す!』
オカンが珍しく慌てて我らの前に立ち塞がる。
『待て待て待て待てーい!ギレンが固まってるだろうが!セレ、素っ裸禁止!マジックルームからタオル出してきちんと巻け!ギレン、ちょっとその大岩の陰で待っとけ!』
ギレンが頭を抱えてよろよろと岩陰に消えた。
「えー?でも前世ではタオルは湯船に入れちゃだめなんだよ?」
『どこの世界のルールだ!ここの主は我だ!いい子だから我の言う通りにしなさい!』
「ふあーい」
『口うるさいやつだな』
「ルー、オカンは口うるさいものって決まってるのよ。でもそれはありがたいことだと後で気がつくの」
『ほー、含蓄あるな』
『…………』
私は胸からお尻までキチンと隠し、アスの厳しいチェックを受けて、そっとお湯に足を入れた。
ああ……いいお湯加減……体の芯までジーンと温まる。
ルーもモフ姿のまま飛び込んで、わちゃわちゃ泳ぎ出した。
「幸せ……ギレン〜!ギレンもおいでよ〜!」
「はあ……セレはなぜこうも無防備で……俺を試すのだ」
「ん?」
「俺はいい。俺はいつでも来れるからな」
岩陰から恐る恐る?出てきたギレンは首まで濁ったお湯に浸かった私を見て、はあ……と息を吐き、すぐ側の岩に腰かけた。
「アスは入らないの?」
『我が水浴びするには、ちょっと温度が高いのだ』
私は体に巻いたタオルの上の傷痕に、治れ〜治れ〜と念じながらお湯を擦りつけ、ギレンのすぐ側まで行って、湯船の縁になっている岩に頬杖をつき、同じ景色を見た。
下界を覗くと雲の間から、麓の街、そして海が見える。海の向こうのマルシュ大陸やレーガン島はさすがに見えない。ミユは今頃レンザくんと修行に精を出しているかな……。
「ギレン?」
「何だ?」
景色から私に視線を移す。
「アスが護る山があって、賑わった街がここだけでなくたくさんあって、海があって、資源があって、貿易が出来る。ガレはこれからもっともっといい国になるわ」
「……そうだろうか?」
「絶対そう!」
『温泉もあるしな!』
ルーは仰向けでぷかぷか浮いている。
「セレは……手伝ってくれるのか?」
「もちろん!あ、でも脳筋トランドルの発展も手伝ってね!」
「脳……?まあいい。そうして……ずっとともに生きていければ……いいな」
ギレンはそっと笑って私に手を伸ばして、私の手を握った。
『あつい……』
ルーの呟きにアスは得意げに答える。
『ふふふ、やがて夫婦になるのだ。滅多に会えぬことだし、ちょっと熱いくらいがちょうどよかろう!』
『ちがーう!お湯が熱いんだよ!おい!この風呂ドンドン熱湯、底から湧いてるじゃないか!』
「何?」
ギレンが目を見開き、再び左手から水を湯船に注ぐ!
「おい?セレ?セレ!」
「あちゅい……ギレン……もうダメ……」
「セレ⁉︎しっかりしろ!」
『ギレン!湯あたりだ!いかん!急いで湯から出せ!風を流せ!水を飲ませろ!』
「目が……まわる〜う」
『まわる〜ん。にゃ〜ん……』
◇◇◇
結局、私は温泉でのぼせてギレンに介抱され、素っ裸見られて、着替えさせてもらって、抱っこで皇宮に連れ戻されて、治癒魔法師の世話になり、翌朝までグッタリ寝た。女として終わった……。
「婚姻前に……グランゼウスに殺されるな……いやトランドルか?三人相手では……」
枕元から深ーいため息が聞こえる
「セレといると全く……気が休まらん……ふふ」
さらりと、額を撫でられた。
ひんやりした感触が気持ち良くて、その手に頬をすりつけた。
建国祭はこれで終了です。
次回は明日か明後日(作者が近所の本屋で三巻を確認した日)、更新になります。




