158 【3巻告知記念!】ギレンが風邪をひきました
本編終了から十カ月後の年末、という設定です。
年の瀬、トランドル邸にて年末の収支報告書をおばあ様と一緒に眺め、来年度について意見を交換していると、私の足元でスヤッピーだったルーの耳がピクリと動き、のそりと起き上がった。
「ルー、どうしたの?」
『アスからの連絡だ。ギレンが風邪で寝込んでいるらしい』
「え……」
ギレンが寝込んでる?珍しい。いやこれまでもあったけれど、私に知らされなかっただけ?おばあ様に通訳しながら、考える。
「あらまあ、鬼の霍乱だわねえ……ふふふ、セレフィーちゃんが怪我で倒れた時、随分と陛下は足を運んでくださったわ。お見舞いに行ってらっしゃい」
「お、おばあ様、ありがとう。まだ仕事途中なのにごめんなさい!ルー、すぐ準備するから待ってて!」
「暖かくして行くのよ!って、もう心配しすぎて、聞いてないわね……ふふふ」
あれこれ厨房で準備して、ルーに飛び乗り、ガレアの皇宮に着いたのは夕方だった。
前もってアスに到着を連絡していたので、正門にサカキさんが待ち受けてくれていた。
「姫、ご来訪感謝いたします!」
サカキさんが膝をつくことに両脇の衛兵がギョッと目を剥き、目の前の簡素な旅姿の私が「姫」らしいと気づいて、慌てて敬礼をする。ありがと。
私は軽く微笑み、モフサイズになったルーとともにサカキさん先導で中に入る。
「具合はどう?」
「それがな……昨日体調を崩されたあと、宰相閣下に執務を委ねられ、自室に入られたんだが、陛下は強力な結界を自室に多重にかけられていて、中の様子は伺えないんだ。フィオが来てくれて助かった」
なるほど。ギレンの結界は跳ね返すにとどまらず反撃アリだからね。弱ったところに暗殺者でも入られないようにってところか。まだまだ私たちには敵がいるらしい。実際寝込みを襲われた経験あるしね……。
私は歩きながら自分とルーに清浄魔法をかける。これ以上バイ菌を持ち込まないように。入り組んだ通路を進み、皇帝の居住区に着いた。
「フィオ、くれぐれも陛下をよろしくな」
「了解。サカキさん、なんか用事があったら遠慮なくノックしてね。アスー!看護師が来ましたよ〜!」
カチッと音がして、アスの赤い結界がドア周辺のみ切れた。私はサカキさんに手を振って中に入った。再び結界がかかった。
歩きながら、リビングやら書斎やらを通り抜けつつ大気に常時清浄魔法をたれ流す。最奥の寝室にたどり着き、そっと扉のノブを掴むと、ビリビリっと激しい電気が流れる!
「うおっ!」
『ったく、めんどくさいやつだな、全く。アスもいるのに警戒しすぎだ』
ルーがペタリとノブに肉球を置き、結界の反撃を物ともせずドアを開けた。
「く……誰だ……セレ?」
ギレンはベッドから起き上がり、短剣を引き抜いて、右手に過激な風を纏っていた。殺気が肌に痛い。やれやれ。
「はーい、あなたの婚約者のセレがすたこらやってきましたよ〜物騒なモノ、片付けて〜」
「……セレ、何故来た?……アスか!」
ギレンは私とアスを交互に睨みつけるけれど、全く怖くありません。ツカツカとベッドの横に行き、剣を取り上げ、ぽすんとギレンの胸を押し、身体を倒す。風魔法が霧散する。
『セレ、よーやく来たか。これで我も少し休憩できる』
アスがふわわ……とあくびをする。
『セレの気配にすら気がつかんとは、よっぽど弱ってるな』
ルーがぴょんとベッドにジャンプした。
「セレ、この風邪は厄介だ。感染るまえに帰れ!」
ギレンが息も絶え絶えのくせに言い放つ。
「いーやーだ!婚約者権限でギレンが元気になるまで離れませーん!どれ、熱は?」
私はベッドに片足のせて乗り上げ、ギレンの顔の両脇に手をついて、お互いの額を合わせる。
「なっ!セレ!」
うわー、めっちゃ熱い。これ39度はあるんじゃない?続けて頰と頰を合わせるともっと私との温度差を感じる。季節的にもインフルかな。うわっ!ギレン顔真っ赤になってる!相当キツそうだ。
「アス、この一週間、ギレンと同じ症状の人に会った?」
『越冬できるように配った食料が、行き渡っているか、アーサーとともにお忍びでスラムに入ったとき、数人いたな』
「おい!アス!黙ってろ!ゴホゴホ……」
胸を押さえ前のめりになるギレンの背中を慌ててさする。これは重症だ。
「ってことはアーサーも……まあアーサーは家族がいるから大丈夫か。ギレン、まず楽な服に着替えて。アス、着替えどこにあるの?……何今更恥ずかしがってるの!男の裸なんてトランドルの脳筋どもで見慣れてるし!はいはい剣は枕元に置いとくから心配しないのっ!ねえ、吐き気ある?ないならこれ飲んで。これ?自家製経口補水液。ゆっくりゆっくり……。アス、部屋の温度上げて。ルー、蒸気出して!乾燥は大敵だから」
『ほう、思った以上にセレ、役に立ちそうだな』
『末っ子の甘ったれと思われがちだが、意外とたくましかろう?』
アスとルーを軽く睨みつけると、2モフとも言われた魔法を展開した。
私はギレンの襟元を布団でパンパンと抑えて、冷気が入らないようにして、
「ギレン、目を瞑って。いっぱい寝ないと治らないよ」
「セレ……」
「ギレンが眠ってる間、何者からもギレンを守るわ。私が信用できない?」
「……信用……しているさ」
ギレンは諦めた顔で笑った。
「じゃあ、おやすみギレン。ずっとここにいるからね」
私は(痛いの痛いの飛んでけ〜)を念じながら、ギレンの頬とまぶたにキスをした。顔を離すとギレンは顔色は最悪だけど、穏やかな顔で眠りに入っていた。
こんな無防備なギレン、初めてみるかもしれない。
そっと、頭痛が紛れるようにギレンの頭を撫で、彼の銀髪を手櫛で梳かしながら、
「病気であっても気が抜けない……か」
『仕方あるまい。為政者とは多かれ少なかれそうしたもんだ』
ルーがマジックルームから氷の袋を取り出し、ちょこんとギレンの額に乗せた。
『しかし、これからはセレがギレンの荷を半分背負ってくれるのだろう?』
アスがフワリと微笑む。
「うう〜そうしたいけれど……かえってお荷物な気がする……」
せっかくの機会なので、ギレンの目につく傷全てにおまじないをかけていく。
ギレンが朦朧と目を覚ますたび、身体を拭いて、着替えさせて、水分を取らせ、自家製栄養ドリンクを無理矢理口に突っ込み、再び休ませた。
ギレンは度々魘されたが、胸をトントンして、何となく前世のうろ覚えの子守唄を歌うと顔から苦悶が消えた。子守唄もおまじないになるのかな?
三日目には微熱になり、マツキ直伝のスープも少し飲めるようになってホッとした。
◇◇◇
目を覚ました瞬間、頭にキーンと痛みが走り、ギレンは自分の病状を思い出す。しかし視界も思考もはっきりしており、随分熱は下がったようだ。
室内は一定の温度湿度で過ごしやすく保たれており、赤い格子状の見慣れたアスの結界と、砂の結界、そして眩い光の結界がベッドをグルリと過保護な繭のように取り囲んで見える。
視線を動かすと、枕元でアスが、足元でルーが眠り、最愛のセレフィオーネが宵宮で過ごすときの簡素な木綿のドレスに着替え、自分のすぐ首元の掛け布団の上ですやすやと眠っている。ギレンの頭を両腕でふんわり包みこみ、あたかもギレンを守るようにして。
「……こんなに甘やかされたのは、生まれて初めてだな」
ギレンは目尻を下げ、一人と2モフを起こさぬように、再び静かに目を閉じた。
お久しぶりです。
来年2/10、いよいよ三巻発売(詳しくは活動報告で)となりました。
皆様の応援のおかげです。ありがとうございますm(_ _)m
インフル中の作者が布団のなかでタミフルで朦朧としながら書いた番外編です。
読者の皆様は元気に、良いお年をお迎えください。
来年もセレとルーをよろしくお願いします!わっしょい╰(*´︶`*)╯♡
 




