157 【Twitter感謝企画】ママンをちょっぴり知りました
セレ8歳、領地での一コマ。パパンとアニキの補充回です。
私の誕生日の翌日、そっとお兄様は数時間消える。それはどんな冷たい雨が降ろうとも、雪が降り積もっていようとも。
私は愛され過ぎていて、自分のことしか頭になくて、そのことに気がつかなかった。
毎年毎年やってくるその日は、私の母、リルフィオーネ・グランゼウスの命日だ。私が生まれて数時間後、日をまたいだ深夜、死んでしまった。
前日のどんちゃん騒ぎの後、まだ私が普段目が醒める前に、マントを羽織り、静かに屋敷を後にするお兄様。八歳の時に偶然気がついて、気配を消して、ルーと一緒に後をつけて知る。
『墓……セレの母親か?』
「うん……」
お兄様はお母様と静かに対話しているようで、とても声をかける雰囲気ではなかった。この時間はお兄様だけのものだ。
私は音を立てず、屋敷に戻る。ルーが私たちの足あとを消してくれた。
冷たいようだが私はお母様に際立った感情を持っていない。だって知らないのだ。そして母の愛を渇望せずともいいくらい、父と兄、おばあさま、マーサにエンリケ、たくさんの愛で満たされている。
しかし、お兄様は違う。
おばあさまとお父様が和解して、トランドルネタがタブーでなくなった今、この私が一肌脱ごうじゃないの!
その夜から私は、母の命日の夜は、無邪気に母のことを父に尋ねるようにした。はじめはお兄様のためにと思っていたけれど、存外私の心も温まった。
◇◇◇
「お兄様、お母様はキレイでしたか?」
「ええっ⁉︎私も幼かったから、母上をそういう目で見たことないからなあ……やはりおばあさまと似ているよ」
「じゃあ超絶美人じゃないですか!」
60オーバーであの美しさのおばあ様。それに20代の若さまで加わったら……
「お父様、お母様との馴れ初めを教えてください!」
「ええ⁉︎……うーん、セレフィーもそんなこと聞きたがる歳になったか……
私は文官だろう?だが、先の戦争で戦力として召集されてね。とはいえ魔法師団の甘ったれたレベルに揃えるのは苦痛だ。しかし戦時に一人で戦うのは愚。ということで、私は軍に組み込まれることにしたんだ。サポート要員としてね」
「へーえ?」
お兄様がクッキーを頬張る私を、その頭でクッキーを頬張るルーごと膝に乗せて揺らしながら面白そうに笑う。
「私は既に伯爵位を継いでいて、やたらなところに配属出来なかったのだろう。将軍閣下のサポートの魔法師という役割を与えられた」
「おじいさま?」
「そう。今考えるとトランドルギルド長も軍属という立場で天幕に顔を出して、閣下の相談に乗っていらしたね。ラルーザはもう御挨拶を済ませたのだろう?まあそれは置いといて、で、その隣に美しい軍服の女性が立っていた。はじめは秘書かなと思ったけれど、すぐに考えを改めた。私に向かって、珍しい黒眼で睨みつけ、強力な覇気を放ってきたからね」
パパンが当時を思い出したのか、クスッと笑う。
「で、『この天幕でともに戦うのであれば、私と勝負しろ!』と挑まれた。お義父上……閣下が頭を抱えていたよ」
『そっちか……』
ルーが残念そうにため息をつく。ため息とともにボロボロとクッキーカスが私の頭に降り注ぐ……
お兄様が間髪を入れずに清浄魔法をかけてくれた。
……出たよ、脳筋!お母様、トランドル純粋培養だもんね。
ルーはお腹いっぱいになったようで、ぴょんっと私の頭から降り、暖炉の前で丸まった。ネコにしか見えない。ネコだよね?前世のツ◯ッターではネコが絶対王者だったよ!
「それでそれで!」
「リルフィーはもちろん強かったよ。あのご両親の娘なのだから。でもまだ若かったし、真っ直ぐで私のように意地の悪い手をつかえない。ということで、まあ、私の勝ちだ」
うーんパパン上官の娘相手に負けてやらなかったのか……でも脳筋相手に手加減したら、もっと怒り出しそうだよね。わかってらっしゃる。
「でも、リルフィーと戦ったおかげで、私の軍本部での待遇はグンと良くなった。それは結局周囲に私が使い物になると知らしめる機会で、強さを軍に認められたんだ。味方同士が不和であれば、連携など取れるわけないだろう?それを見越しての勝負だったわけだ。私は感謝したよ」
「はい……母上はとても賢く潔くて……子ども相手であっても負けたことを認められる人でした」
お兄様が懐かしそうに……口元を緩める。
「その後は、同じ釜の飯を食ううちに……といったところだ」
「えええええ!お父様!そこが肝心!そこを一番詳しく!どこに惚れたのですか?」
「もちろん私はお母様の全てが好きだったよ……ああ違うな。一つだけ大嫌いなところがあった」
お父様の顔が険しくなる。
「劣勢に見える接近戦の最中、彼女は私の前に飛び込んできて敵に切られた。私はまだ力を温存していてタイミングを見計らっていただけだったというのに。リルフィオーネは『魔法師を守るのは戦闘職の役目だ』と笑いながら崩折れた。ふざけるなと思ったね。自分がどれだけの人に愛されているかわかっていない。リルフィーが死ねばどれだけの人が悲しむか、わかっていない。私も……リルフィーが死ねば、生きていけないと、心臓が凍りついた」
……女性なのに!とか思っちゃだめなんだろうな。兵士として戦場にいるんだもの。まして強者であれば、愛する人のピンチなら、身体が動くのか……
「あとで彼女にそう言うと逆ギレされた。自分の能力を隠していたお前が悪いと。そして、どれだけたくさんの人に愛されようが、たった一人の愛する男に愛されなければ意味がない!と」
「うわぁ、お母様、強いねえ」
「うん、とってもカッコよかったよ」
「そのとおり。私は、カッコいいところを全て持って行かれる前に、プロポーズした、というわけだ……ああっ、思った以上に恥ずかしいね。リルフィーそっくりのセレフィーにこんな話するのは!」
「へ?私、お母様に似てるの?」
私とアニキはそっくりで、アニキはパパンとそっくりだ。黒髪なので尚更に。
「……その嘘のつけない、誠実そのものの黒い瞳に、私はいつも居ずまいを正すよ」
「言えてる。父上と私の瞳は、こう見えて色々とあくどい思いがよぎっているよ?家族を守るためならば、汚いことでもなんでもするからね」
お兄様が私とコツンと額を合わせ、私の瞳を覗き込んで目尻を下げる。
「嘘よ!お父様も、お兄様もこんなに美しいグリーンの瞳じゃないですか!」
私はお兄様の目を親指と人差し指でビヨンと縦に開く。
「緑にも色々あるだろう?宝石のような緑もあれば、ヘドロのような緑もある。私はラルーザとセレフィオーネのためならば、どれだけでもこの瞳を濁らせるよ。……私が生きているうちは、もう二度と奪われる気はない。相手が王族であろうが死神であろうが」
お父様がグイッとグランゼウスウイスキーをあおる。氷がカラン、と鳴る。
アニキの膝から飛び降りて、お父様の首に手を回すと、お父様はグラスをテーブルに置き、優しく私を抱き上げる。パパンのまぶたにキスをする。
「そんなの嫌!お父様もお兄様も、今のままの、澄みきったグリーンでいて!お願い」
お父様は私の額にチュッとキスを返し、お兄様も優しく笑ってくれて……でも、二人とも返事をしなかったことに気がついたのは、ベッドに入ったあとだった。
◇◇◇
翌日、談話室に、小ぶりの絵が飾られていた。美しい栗色の髪に黒眼の若いその女性はお父様の瞳そっくりなエメラルドグリーンのドレスを纏い、おばあ様とお揃いの扇子を開いて、私に向かって微笑んでいた。
右足で、血まみれのジャンクベアーを踏み潰しながら。
『……怖っ!これは写実なのか?この構図を画家に指示する感性がまーったく理解できん!』
「そう?めっちゃ面白いじゃん?」
ルーは尻尾を隠してプルプル体を震わせたけれど、私はお母様の茶目っ気に親近感を持った。
そして、虫の知らせでもあったのだろうか?残していく家族に笑いを残した先見の明に、ちょっと切なくなった。
私はお母様のように、愛する人に守られるだけではなくて、愛する人を守ることができるだろうか?命を投げ出してでも守りたい!と思う人に出会えるだろうか?
『悪役令嬢』である私にたった一人の愛する人と結ばれる未来など、あるのだろうか?
そういえばチビッコの私に婚約なんか申し込んだ、物好きなギレン陛下、元気かな?アスとともにガレに戻って久しい。
陛下の瞳は前世、断罪後の私の感情の消えた瞳に似てる。迷惑だろうけど勝手に仲間意識を持ってしまう。
陛下が星に何願ったか知らないけれど、その願いが希望のある未来で、その隣に誰かがいればいいなと思う。
『何でアイツらをそんなに気にかけるのか知らんが、ふてぶてしい似たものコンビじゃないか!ほっとけ!』
前世、確かアスはいなかった。少なくとも私は見ていない。今世、陛下はアスとコンビなのか。
「そっか……そだね」
私とルーのコンビのように。
……それは一体いつまで?と考えそうになった思考を、遠くに追いやる。
とりあえず、前世のように、手を合わせて祈る。
「お母様、私の愛するお父様とお兄様を天国から全力でお護りください」
ママンは、いつも暖炉の上から私たちを安心させるように、微笑んでいる。
クマ踏んづけたまんま……。
地味Twitterキリ番企画です。ちなみに作者は読了ツイートは見つけしだい♡押す派です。よろしくお願いします。
感想欄で、アニキが不憫すぎるというお声をよくいただくので、幸せな家族の一コマを。
読んでくださる皆様に感謝を込めて。
まだまだ見つかる誤字報告、助かっております!
Web、書籍、コミカライズともども、今後ともよろしくお願いします。
_φ(*´꒳`*)




