150 ミユたんのひとり言
レーガン島、カビラ滝の神殿、奥宮にて、真剣にお勤めをしていると、脳にピンと刺激が走り、邪魔される。
『またですか?』
レンザが半ば呆れたように呟いて、
『ミユ様、しばらく休憩にいたしましょう』
と苦笑いし、他の雑務のため、別室に消えた。
お勤めはとても大事。敬愛してやまないキラマ様にそう伝えられた。大好きで大好きで大好きなセレちゃまと離れても為さねばならぬ、この世界のために必要なこと。
私は東の四天の一獣。この世界の東の一面と水辺の生き物全ての営みを守護することこそ本来の勤め。
ちなみに南のアス様は南の一面と天空、天空に住まうもの、そして火山を守護されている。
西のルー様は西の一面とこの世界の獣全てを守護されている。
北のタール様は北の一面と、南北双方の極地、そして地下を含む土地を守護されている。
当然私が一番の新参者だ。ルー様やアス様は自らの神殿を離れても、勤めを果たすことができる。でもまだ経験不足で非力な私にはそんな器用なことできない。レンザに教わりながらやっとだ。
運命とはなんと不思議なものだろう。
あの日、父と二人死を覚悟した。
ルー様と契約者セレフィオーネに出会い、命を救われ、お二人に全てを捧げる決意をした。
突然全く違う未来が開け、アス様とも出会い、恐れ多くもルー様とアス様の二柱に可愛がっていただき、アス様のお導きで主人と定めたセレちゃまと旅し、『東海王者』となり、この地に辿り着き……東の四天となった。
そんな私に、頻繁にテレパシーが入る。
相手は……タール様。
『ミユ、元気かな?きちんと勤めを果たしているようだね』
『ミユ、我の土地の泉のものらが、ミユの祈りに感謝しておるぞ?』
正直なところ鬱陶しい。だってタール様は私の大好きな大好きな大好きな、無理やり契約してもらったセレちゃまを、二度も殺しかけたんだから。
例えシュナイダーのバカに〈使役〉されていて自我を消されていたからといって、善良そのもののセレちゃまを攻撃するなんてあってはならない。あのクソマリベルの片棒も担いだのだ!そしてあの戦いの終盤はタール様は自我がほぼ戻っていた。戻った上でシュナイダーを擁護した。
私は契約者を失い、悲しみに内から壊れて死ぬところだった。
タール様は己の所業を悔い、今禊を受けられている。そして自分の過ちと、自分が不在の間、北の四天のお勤めを肩代わりさせてきたことを、アス様とルー様にただただ詫びる。しかし、当然のようにお二方が許すはずがない。最愛のセレちゃまは実際一度死んだ。そもそも四天であるのにシュナイダーにあのように完璧に〈使役〉されたことへの怒りも大きい。同じ使役でもアス様は愛するギレンの性格を鑑み、敢えて〈使役〉されている。故に、どれだけタール様が呼びかけても、完全に無視。
ああ、私もそれが出来ればどれだけいいか?
しかし悲しいかな、私とタール様では四天としてのキャリアが違う。こちらはたった数年。タール様は現四天の最古参。経歴数千年だ。四天は平等ではあるけれど、実力の差はどうにもならない。
ということで、タール様は私にテレパシーを送りつけ、あれこれ知りたいことを聞く。私はお勤めの途中であってもやむなく手を止めて返事をする。無碍にできない。
ルー様とアス様は、そんな私を非難せず、
『大変だな、ガンバ!』
『ミユ……面倒な目にあって……ドンマイ!』
とまるっきり人ごとだ。イラっとする。
◇◇◇
『タール様!私、お勤めの最中だったんだけどお?』
『おや、それはすまなかった。何か不明なところがあれば教えるよ?』
『レンザがいるから大丈夫でーす』
『そ、そうか……ところでセレフィオーネの体調はどうだ?』
『傷は完治しましたよ。でも体力は戻ってない』
『そうか、ひとまずよかった……』
『はーい、それではタール様も禊ガンバ』
『待て、早い!』
『えー?』
『その……アスはまだ怒ってるか?』
『怒ってるし呆れてまーす』
『ルーは?』
『私とアス様の百倍ブチ切れてまーす』
『そうよの……はあ……そうなるよのう……砂は苛烈にして一途。砂は自分と同じ高潔さを人に求める。故にマガンは生涯契約者を得られなかった。生半可な人間を選ぶくらいならば孤独を選ぶ……。それ故にいざ認めた場合、自分の懐に入れた場合の愛情は限りない。セレフィオーネはルーダリルフェナの全てであろう』
『……』
『一人じめせず、ミユとの契約を許すとは、ルーもいつのまにか大人になったものよ』
『ルー様は……心の広いお方です』
『そう怒るな!ルーをバカにしているわけではない』
『当然です!情けなくも〈使役〉され自我を奪われていた方よりもずっとずっとカッコいいです!』
『ふふふ、容赦ないことよ。全くミユの言う通りだ。……だが我は……あやつの心の奥の真っ黒な絶望に……身動き取れなくなったのだ。これまでの〈契約〉者の誰よりも……悲痛な瞳で見つめられ……』
それは……わかる。私もセレちゃまの奥底に横たわる……絶望に魅せられた。朗らかななかに常に漂う影。己が苦しみゆえに、穏やかな日常が特別であることを知っていて、ひたすら周りに感謝し温かい。何がなんでもこの人の陰りを取り除きたいと焦った。このひたすら甘く優しい魔力のヒトを支えたい、一人にしたくない、と。
知れば知るほどセレちゃまは気高く美しく……私たちのために命を投げ出すほどに。
セレフィオーネこそが我ら四天に相応しい。
『シュナイダーは?』
『心穏やかに、生きているようだ』
〈使役〉されている以上、今もタール様とシュナイダーは繋がっている。
『いずれ、戻るの?』
『さあ?いつになることか……』
女神の禊は百年超えることもザラだ。
『ねえ、こうやって話し相手になってやってるんだから教えてよ!マリベルどうなったの?』
『…………』
『ルー様とアス様に伝言してあげてもいい。仲をとりなしてあげる』
なんのかんの言って、ルー様もアス様も私には甘いのだ。
『……案ずるな。もうこの、大地神と女神の世界からは、消失した』
我々の世界からは消失?殺したってこと?それとも別の世界に送り返した?
『……戻って来たりして?あの女、デカイ世界の神の加護持ちだし?』
『戻ってくることはない。万全を期した』
殺していないにしろ、なんらかの縛りをかけたってこと?二度と我らの世界を踏めないように。
『女神ではなく、タール様自ら禁忌を犯したと?』
『それがけじめだろう。そうだな。呪いにまみれたあの女を消したことで、我は一身にその呪いをかぶっている。そして地球とやらの神の加護持ちを手にかけたことで、もっと縛りの大きい天罰で吊るされている。ミユ、お前の呪いなどかわいいと思えるほど……』
『うそ……』
私は慌ててマリベルにかけていた、自分にできる最強レベルの呪いを解いた!
『ああ……随分と楽になった……ミユは優しいな……お前の魔力のように……』
本当に、私の呪いを受けてた!本当にマリベルを消したのだ。その結果、
『タール様は……地球の神の報復を……その身一つで受けていると?』
女神すら簡単に手を出せなかった相手。無事で済むわけがない……ああ……。
『……我は間違いを犯した。そして我が一番長命だった。この役を若きお前たちにさせることはできん。女神にも理解していただいた」
契約者セレちゃまの受けた仕打ちに対し、怒り心頭に発する私とルー様の代わりに手を下し、報復を受けている……こうなることを見こして……。
『ミユ……我は後継を育てる時間がなかった。キラマが本当に羨ましい。ミユとレンザ、二人もの明るく才能ある若者に恵まれて……。ミユ、お願いだ、我の知識を継承してほしい。そして、次代が誕生し代替わりした時に、新しき北の四天に、伝えてくれ、頼む……』
うそでしょ……もうきっと……時間がないのだ……。
タール様の……バカ……
『……タール様、このミユ・ゲルド、若輩ものではありますが、全力でタール様の叡智を次代につつがなく繋ぐことをお約束いたします』
『ミユ……ありがとう』
◇◇◇
その日からテレパシーによるタール様の授業が始まり、私の日常はますます忙しくなった。
そして私がこんな重大なことを内緒にできるはずがなく(別に口止めされてないしー)、直ぐにアス様とルー様にご報告したら、その瞬間に空が真っ暗になり、バリバリッと雷が雹とともに降り注ぎ、大風が吹き荒れ、火山が噴火した。二柱の神が激怒した。
『世界ってこうやって荒れるんだー』
『ミユ様、とりあえずレーガン島に結界を張ってください』
『神々って心をみだりに動かさないんじゃなかったっけ?』
『すぐ泣いちゃうミユ様が何言っちゃってるんですか』
お二方が女神の元のタール様を突撃し、女神が取りなし、地上は二週間ぶりに晴れ間がさした。
◇◇◇
『まあでも、タール様の知識はミユ様のお役に必ずたちます。東の知識と合わせてたゆまず勉強いたしましょう』
『ほーい』
とりあえず、タール様が直ぐにもいなくなってしまう事態はルー様アス様のご尽力で避けられたようだ。でもご高齢であることに変わりはない。
『今日のお勤めが終わったら、セレフィオーネ様と合流していいですよ』
『マジで?やったー!ありがとうレンザ!』
『ふふふ、どういたしまして』
私は東の四天の一獣ミユ。
たくさんの強くて優しい人々に支えられている。
この恩、いつか次の世代に返せるように……キラマ様!わたち頑張ります!
いつもお読みくださりありがとうございます。
150話目を迎えたところで、しばらくお休みします。
後日談、もう少し書きたいと思ってます。ガレとかガレとかガレとか……
のんびり更新ですがよろしくお願いします。
お休みの間、ストック分の新作を投稿予定です。そちらもよろしくお願いします(*^▽^*)




