149 マルシュの元王族と対峙しました
「……それは責任を取れ、ということですね」
これまで黙っていたヤジマ王子が口を挟んだ。滑らかな黒髪はトモエ姫と同じ、マルシュの王族のもの。
「上に立つものが民よりも所得が多いのは……いざという時責任を取るためです」
「お兄様!お兄様はずっと病気で、革命にも何にも関わっていないではないですか!」
トモエ姫の兄なんだ。ってことは元第二王子か。第一王子は亡くなられて第三王子はトモエ姫の年下だったはず。
「ここから村に降りれば、人々の生の声を聞くことができた。新聞を買うことで最低限の情報は知ることができた。そのような簡単なこともせずに与えられる都合のいい情報だけで満足していた私達は、随分と愚かに見えるのだろうね」
私は否定も肯定もしない。
「あなた方全員、未成年誘拐および恐喝の罪で拘束します。マルシュの王族が絡む案件、ガレにて裁きます。サカキ!」
「はっ」
サカキさんのカエルがピョンっと跳ねて消えた。すぐにマルシュ駐在のガレの警務部隊が来るだろう。
私の仕事は終わった。ソファーから立ち上がり、昨日壊して開けっ放しのドアに向かって歩きだした。
何か冷たいものが首に巻きついた。それはグイグイと隙間なく引き絞ってくる。
「ゴホッ!ゴホッ!」
首元のそれを掴み、視線を下げる……水だ。水をロープ状にして私の首を締めている。
振り返ると、ヤジマ王子がロープで縛られながらも、右手人差し指をせわしなく動かしていた。
「くっ!」
「ふ、ふふ、ふあーーっはははは!こんなところで捕まってたまるか!何のためにここまで病弱のふりして大人しくしてたと思うんだ!はん、トランドルは脳筋の集まり。このような繊細な水の魔法など解けぬだろう!」
「の、脳筋の集まり……言い返せない……」
『セレ……』
「お、お兄様!セレフィオーネに手を出してはなりません!」
「うるさい!気位ばかり高くて出来損ないの妹よ!お前も流石に皇帝の報復が怖いのか?ふん、俺一人ならどこへでも逃げられるさ!」
「っ!違います!セレフィオーネは……」
「あーうるさい!まあでも、お前が生きててくれて助かったわ。お前が王家代表として、全ての罪を償い、責任取ってくれ!あ、最愛の皇妃であるセレフィオーネ様を殺した罪もなっ……グエッ……」
ドカーーン!!!
私は右の二の腕で、コダック先生直伝のラリアットをかました!
ヤジマ王子はもちろん吹っ飛ばされて、後ろの壁に激突した。
『セレ、何故ラリアット?』
私は随分と鈍ったなあと思いながら腕をグルグル回す。
「お父様がまだジャンプしちゃダメだって」
「あんだけ勢いよくルー様に乗って弾むように走っておいて、そこ気にするのか?」
サカキさんがやれやれと肩を竦めながら、王子の元に行き、失神していた彼をビンタで容赦なく、起こす。
「う、ううう、そうだ、何故!何故私の水魔法が!!!」
彼の水魔法のロープはマフラーのようにゆるーく私の首周りにふわふわ浮いている。
「悪いんだけど、水魔法、私効かないの」
水のマフラーは私が指でピンと弾くと、霧になって消えた。
これは女神様の加護……じゃなくてミユの方だね。ミユは水を司る東の四天かつ東海王者。契約者である私への水の攻撃を許すわけがない。そして、この水、ご丁寧に毒が混じってる。ナンバー2、キイロドクウツボの麻痺毒。
「トモエ姫〜、マルシュって、油断させといて毒を仕掛けるってのが定番の殺しなの?」
トモエ姫は呆然と空を見つめている。
「……だから止めようとしたのに……セレフィオーネの現在の権力なんか知らなかったけど、この人の強さだけは本物だと……それだけは、私は体験して、身に染みていたから……部屋から出ず、実践不足のお兄様にかないっこないのに……」
トモエ姫の瞳から、静かに涙が溢れた。兄に人身御供にされかけたのだ。
兄に裏切られる……。
「私、王族相手には決して油断しないのよ」
真っ青な顔のヤジマ王子から視線をはずさないまま弾みをつけて、彼の脳天にエルボーを落とす!ガン!床に沈ませる。トモエ姫の痛みはこんなもんじゃないから。
私は改めて全員に歩く以外の自由のない金縛りをかけた。それと同時にガレの制服を着た兵士が十人あまり、統率した動きで入ってきた。彼らは私に一礼すると、サカキさんの指示を仰ぐ。
王族を煽って国家転覆を企てたと見られる、ほぼ間違いなく首謀者の男二人を睨みつけた。
「ガレの拷問は容赦ないらしいわ。さっさと自白するほうが身のためよ」
恐ろしい顔で睨みつけられたけれど、ごめん、恐い顔には免疫ついてるの。
準備が整い、兵士たちが全員立ち上がらせて連行する。王子だけは気絶しているので肩に担がれた。
「トモエ姫!」
「…………」
「これからの人生、何をすればいいかわからないなら、牢にいる間、たくさん本を読んで道を探すといい。私のオススメは……少し土魔法の素質ありそうだからお花を栽培、なんてどう?元王女の作ったお花、売れるわよ?」
彼女は未成年。きっとそのうち恩赦される。
トモエ姫はガウン姿で背筋をピンと伸ばして、自らの足で歩いて、去った。
今日、〈オニギリ革命〉がようやく終結した。
マルシュの夜が明け、新しい一日が始まった。
◇◇◇
「フィオちゃーん、依頼お疲れさまー!」
私が二年間過ごした下宿である、トウクン第三ギルドは、しばらく不在した間に拡張していた。一階から三階まで、全部ギルドのスペースに!食堂はそのままだけど。
「ジュンコがね、悩める若き冒険者の相談にのってたら、なんだかとっても繁盛しちゃってねえ。新人からベテランまでうちのギルド選んでくれるんだよ。ごめんね、泊めてあげられなくて」
ヨーコさんが困ったように笑った。
ジュンコさん!目指せルイー◯の酒場!思惑どおりになってて嬉しいです!
久しぶりにヨーコさんの温かいマルシュ料理を食べる。ヨーコさんやヤマダくんには作り置きのサツマイモケーキを振る舞った。
ヤシロさんがカウンターを出て今回のデキレースの報酬を持ってきてくれた。
「あれ?多いよ?」
私が受け取るべき金額は100ゴールドのはず。なのに手渡されたのは十万と100ゴールド。
「ああ、俺が追加の依頼をフィオ指名で出したんだ。それの報酬」
ヤマダくんがケーキでいっぱいの口元を押さえながら話す。
「どんな依頼?」
「誘拐という卑劣な方法で、マルシュを再び騒乱に戻そうとした極悪人の捕縛」
ヤマダくんが冷たい声で言い切った。
ヤマダくんは以前も……トモエ姫に怒りをあらわにしていた。きっといろいろあったんだろう。
「……誰に聞いた?」
私は今朝の話、誰にもしていない。タブチさんにも、全て終わった、としか話してない。
「ナイショです」
まあここはヤマダくんのテリトリーだからね。情報源があるんだろう。
「この十万ゴールド、ヤマダくんのポケットマネーなの?」
だとすれば、もらえない。
「僕も出しましたよーフィオちゃん!」
と、ヤシロさん。
「私も出したわよ〜初めて依頼者になっちゃった!うふふ!」
と、ジュンコさん。
「もちろん私も出した。みんな、今、復興に向けて頑張ってるマルシュ、悪くないと思ってるのさ!」
と、ヨーコさん。
オレもオレも〜!と私がここに住んでたときから、メシ友だったお兄さんたちや、全く知らない皆さんまで、あちこちから声が上がる。
「タブチ首相は、今日から早速、出勤しているそうだ」
サカキさんが行儀悪くも頬杖をついて、ケーキを食べつつ教えてくれた。
『セレ、ありがたく貰っとけば?』
イモケーキ3個目を私の胸元でこっそり食べながら、ルーが言う。
マルシュでの生活、最初は特に寂しくて、辛かった。でもここにいるみんなとタブチさんが支えてくれた。私は少しだけ、マルシュに恩返し、出来たかな?
「みんなありがとー!私ことセレフィオーネ・G、トランドルのSランカーとして、依頼を無事に完遂いたしました〜!報酬いただきまーす!!!」
「「「「「トランドルのSぅ〜!!!」」」」」
トウクン第三ギルドから、音が消えた…………
次回の更新は週末です。




